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魔王の娘は勇者になりたい。  作者: 井守まひろ
四霊/百花繚乱花嵐 編
123/220

93.深淵の守護者

 思考と視界が真っ黒に染まり、ひたすら湧き上がる怒りに支配された感情は、私の意識を飲み込んでいた。


 何に対して怒っていたのかも分からない。

 もう良いや、どうでもいい。


 全部壊してしまえば関係ない。


 そう思っていたのに、私の頭上に垂れ下がった一本の糸がやけに眩しく見えた。

 深い深い闇の中で白く光る糸を掴むと、その糸はゆっくりと上に引き上げられ、私を闇から出してくれたのだった。


 目が覚めると、やけに身体が痛い。

 目の前がぼんやりとしていて、ここが何処なのかよく分からない。


「……様」


 私の目の前に誰かが居るようだ。


 頭の裏に、少しひんやりとした柔らかい感触がある。

 それはどこか懐かしく、心地の良い感覚……


「ベリィ様……お目覚め、ですか?」


 今度はその声がはっきりと聞こえた。

 鮮明になった視界に映ったのは、もう二度と会えないと思っていた大切な人……いや、魔物の女性だ。


「ミ……ア……?」


「ベリィ様! よかった……本当によかった……」


 どうして……どうして死んだはずのミアが目の前に……?

 あの時、ザガンによってアンデッドにされたミアは、確かに私が殺してしまったはずだ。


 何が起きたか分からない私の頭を、ミアは優しく撫でてくれた。


「ここは安全ですからね、今はゆっくりと休まれてください」


 やっぱりミアだ……!

 不意に視界が悪くなったかと思えば、私は目から涙が溢れ出していた。

 痛む身体をゆっくりと起こし、ミアのことを抱きしめる。


「ミア……私、会いたかったよぉ……もう、死んじゃったかと思って……ミア……」


「ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。ミアは生きておりますよ」


 ひんやりとした鱗の感触……前よりも少し太くなった気がするけれど、それは言わないでおこう。


「ベリィ様が倒されたアンデッドは、本物のミアではありません。あれは何者かによって作られた複製です」


 ミア……?

 否、違う。

 気付けば他の気配がミアの後ろにあった。

 今の声は、その何者かのものだ。


「あなた、誰……?」


 異様な気配だ。

 それに、ここは何処?


 薄暗い洞窟のようだけれど、周囲は可愛らしく装飾されている。

 所々に見えるのは……蜘蛛の巣……?


「初めまして、ですね。ベリィ様」


 そう言って暗がりから姿を現したのは、赤い目の女性……否、蜘蛛だった。

 アラクネだ。


 それにこの気配、まるでお父様のツノに近いような威圧感……

 まさか、深淵の守護者……!


「私はアラクネ・アビスガードと申します。アビスとお呼びください」


 メトゥス大迷宮最下層に棲む深淵の守護者、アラクネ・アビスガード。

 恐らく、その名は殆どの者が知っているだろう。


 彼女は魔王と同じように畏怖の象徴とされており、その瞳から放たれる威圧感は見た者を恐怖させる。

 まるで私と同じだ。


「アビスはわたくしの古くからの友です。ベリィ様が城を出られた後、アイテール帝国の者が城へとやって来ました。その者はわたくしを含む従者達を殺すかと思えば、裏から逃してくださったのです。そうして必死に逃げていたところを、アビスに保護して貰って……」


 奥を見ると、暗がりのほうから数人のメイド達が現れた。

 城のメイド達……!

 みんな生きてたんだ!


「残念ながら、皆が逃げ延びることは叶いませんでした。ですが、わたくし達メイドは辛うじて助かったのです」


 私は様々な感情が溢れ出し、またミアを抱きしめて泣いてしまった。

 それにしても、アイテール帝国の者がミア達を逃したなんて……一体どういうつもりなんだ?

 一体、誰が何の為に……


「それと……先日の戦い、アビスの眷属を通して見ておりました……」


 その言葉で、あの記憶が一気に蘇る。

 そうだ、シャロが……シャロが殺された……

 メフィルに殺され……て……


「う、うぅ……あああ……いやっ、シャロ……シャロは! シャロがぁっ! ゲホッ……」


 大きな声を出すと全身が引っ張られるかのように痛む。

 シャロ……どうしよう、一体私はどれぐらい気を失っていたんだ?

 みんなは今どうしてる?

 シャロは……本当に……


「ベリィ様、大丈夫です。ミアがついております。どうか、どうかお気を確かに……」


 胸が苦しくてたまらない私のことを、ミアはぎゅっと抱きしめてくれた。

 つらい……つらいよ……

 目の前でシャロが……大好きな友達が……殺されたんだ……!


「許さない……メフィル……あいつは絶対に……許さない……」


 ミアの胸の中で、私は恨みの言葉を吐く事しか出来なかった。

 苦しい……痛い……

 サーナも助けられなかった。

 ルーナは……ルーナはどこ?

 サラマンダーも死んじゃって、ディーネは酷く落ち込んでいるかもしれない。

 シルビアとルカは?

 エドガー、シリウスに残ったセシルはどうなったの?


「みんな……は……大丈夫かな……?」


「他の皆さんは、現在シリウスに滞在しております。どうやらシリウス刑務所が襲撃されたらしく、逃げた者達を追いながら街の警備をしているようですね」


 私の問いに、アビスはそう言って眷属の視界を私にも共有してくれた。

 不思議な事に、それはまるで眷属が見ている景色がそこにあるかのように、壁へと映し出されたのだ。


「これは眷属から私に送られてくる視界を、トゥインクリスタルの光と水魔法によって投影しています」


 こんな事が出来るのか……?

 そこに映し出された風景の中には、広場のベンチに座るシルビアとルカの姿があった。

 二人とも、よかった……無事だったんだ。


 そうか、今思い出した……

 私はあの後、闇魔法が暴走して……みんなを傷付けたのは、私じゃないか。


「ミア、私……やっちゃった……みんなのこと、どうしよう……私のせいで、みんなが怪我したかも! ゲホッ……ああ……どうしよう……私……」


「ベリィ様、大丈夫ですよ。そうなる前に、アビスがベリィ様をここへ連れて来てくれたのです」


 アビスが……私を……?


「ベリィ様のことは、こちらまで強制的に転移させて頂きました。私の催眠で強制昏倒させてしまった為、身体の具合が優れないかもしれません。手荒な真似をしてしまい、すみませんでした」


 そうか、またアビスが助けてくれたのか。

 二度目のシリウス襲撃事件の時も、今回も……


「ありがとう、アビス……あの時、シリウスの民を助けてくれたことにも凄く感謝してる。でも、どうして魔物のあなたが、私達を助けてくれるの?」


 私を助けた理由が、ミアと友達だからというのはまだ分かる。

 シリウスの民を助けた理由も、私の戦いを見てそうしたのだと聞いた。

 でも、たったそれだけの理由で聖騎士含む初対面の人族大勢を、自分の巣穴に入れるだろうか?

 その(まなこ)から放たれる威圧感とは裏腹に、彼女からはどこか優しい雰囲気を感じる。


「ベリィ様は、ミアの大切な主人ですから。というのも有りますが、私は人族が好きなんですよ。だから眷属を使い、地上のあらゆる情報を集めているんです。そのおかげで、気付いたことがあります」


 先程までの優しい顔とは打って変わり、アビスの目付きが鋭くなったかと思えば、それに伴い威圧感も増す。


「創星教に、グレイという人族の男がいます。彼には注意してください、メフィルの仲間として活動していますが、時折姿を消して怪しい動きをしています。眷属の監視にも引っ掛からず、非常に気味が悪いです」


 グレイ……そう言えば、シリウスでルカがザガンと戦った時に現れた男がその名前だと言っていた。

 ああ、どうしてこんなに悪い事を企む者が多いんだろう。


「わかった……アビス、色々ありがとう」


 アビスにそう礼を言うと、私はゆっくりと立ち上がる。


「ベリィ様、まだお怪我が……!」

「大丈夫、みんなの所に戻らなきゃ。みんな、一先ずシリウスに行こう。聖騎士団長が味方に居るから、事情を話せば魔族でも魔物でも受け入れてくれる」


 ミア達メイドにそう伝えた私は、壁に立て掛けてくれてあったロードカリバーを手に取った。


「ベリィ様、お渡ししたいものがあります」


 不意にアビスが私を呼び止め、空間魔法の収納から何かを取り出して差し出す。

 それは透明な水晶で、非常に強力な魔力を感じた。


「これは……?」


「マギアクリスタル、なるものです。かつてファウナ……女王が必要無いからと言って、貰い受けたものなのですが、私も特に使いませんので。強力な魔力が宿っておりますから、きっとベリィ様の身を守ってくれると思います。大切に持っていてくださいね」


 女王……ファウナ……まさかそれって……


「あの……魔物の女王、ファラエナ・レギーナから?」


「ええ、彼女とも古くからの知り合いです。まあ、私にもその石の使い道はよく分からないので、気にせず貰ってくださいね」


 そう言って微笑んだアビスの顔は、これまでで一番優しい表情だった。

 シリウスの民は、きっと彼女の誠実さと優しさを信用したから素直に助けを求める事が出来たんだ。

 とても畏怖の象徴たる深淵の守護者とは思えない。


「ありがとう、アビス。大切にするね」


 魔物の女王が持っていたものだから、余程力の強い物なのだろう。

 私はそれを御守り代わりに持っておこうと、ポケットの中に入れた。


「どうか、お気を付けて。迷宮を守護する者として、長く此処を離れる事は出来ませんが、また何かあればいつでも頼ってくださいね」


 あれほど恐れられていた迷宮のアラクネは、こんなにも優しさに溢れていたのか。

 結局、彼女もお父様と同じだ。


 畏怖の象徴として恐れられてていながらも、その心根は決して悪者などでは無い。

 私も、そんな風になれたらいいのに。


「……それじゃあ、行くね。お世話になりました」


 アビスに別れを告げた私は、ミア達を集めて転移魔法を構築した。

 シリウスに戻ったら、先ずはみんなに謝ろう。


 そうして、もう二度と……みんなを傷付けさせないようにしよう。

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