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魔王の娘は勇者になりたい。  作者: 井守まひろ
四霊/百花繚乱花嵐 編
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92.暴走

 その時、この場にいた全員が戦いを止め、同じ方向だけを見つめていた。


 戦いを止めたのは、皆が同時に魔力の使用が不可能になったからだ。


 メフィル・ロロは今、見境なく全ての魔法を阻害しているのだろう。

 先程まで俺と戦っていたディアスも、表情こそ変えてはいないが、どこか不快感を示しているように見える。


 メフィル・ロロが、シャロを殺したのだ。


「ああ……シャロ……ああ……ああ……」


 ベリィ……

 まずい、何とかならないのか?

 治癒は……


「ジャックさんポルカさん、早く治癒をっ!」


 ヴェロニカさんの叫び声で、二人が同時に駆け出す。


 否、無駄だ。

 魔力が使えないのだから、治癒魔法も使えない。


「なあ……ディアス。アンタが望むのは、こんな世界なのか?」


 血塗れで倒れたシャロから目が離せないまま、俺はディアスに問い掛けた。

 正気を疑う。

 こんな事が……許されていいのか?


「……問題ない」


 ただ一言、何が問題無いのか全く分からないが、ディアスはそれだけ答えてメフィルの元へと歩いて行く。


「ディアス、皆さん、帰りましょう。もうここに居る意味はない」


 メフィルはそう言って全身の傷を再生し、サーナに近付いた。


「……いやっ、来ないで!」


「大丈夫、今の私は機嫌が良い。酷いことはしませんよ、今日のことは水に流しましょう」


 抵抗するサーナの腕を掴んだメフィルは、ニヤリと笑い俺達の方に目を向ける。


「ああ、そうだ。今この瞬間に私が魔力阻害を解除したら、ベリィ・アン・バロルはどうなるのでしょうねぇ?」


 何を言っているんだ?

 まさか、奴がシャロを殺した目的は、シャロが邪魔だからという理由だけではないのか?


 敢えてベリィを怒らせ、彼女の膨大な魔力を暴走させる為……?


「ベリィ、気をしっかり持て!」


 俺は咄嗟にそう叫んだ。

 ディアス、ボフリ、フルーレ、そしてザガンがメフィルの元に集まる中、俺達は一斉にベリィへと向けて駆け出していた。


 サーナの救出……否、無理だ。

 それどころではない……!


 今、ここでベリィが暴走してしまったら……!


「それでは、せいぜい頑張ってくださいね」


 視界の端で、メフィル達の姿が消えたのが分かった。


「ああ……ああああああアアアアアアーーーッ!!!」


 直後、凄まじい爆発に身体を吹き飛ばされ、横転した俺は地面に激突する。


「キュイッ!」


 ベリィの傍にいたルーナも衝撃に飛ばされ、まるで近付けそうにない。


(ぬし)よ、無事か!?」


「平気だ、兎に角止めないと……!」


 俺はルミナにそう返し、全身に魔力を込めた。


「相手はベリィだ、傷付けたくない。なあルミナ、お前の力は魔王に有効なんだよな?」


 勇者は平和の象徴であると同時に、強大な力を持つ魔王に対する抑止力でもある。

 魔王が持つ闇の魔力は、光竜剣ルミナセイバーが持つ光の魔力に弱い。

 魔王の娘であるベリィが相手ならば、俺は勇者としての力を最大まで発揮出来るのだ。


「あの娘、とても主が言っていたような、勇者に相応しい者とは思えんな。余の力は確かに闇魔法を打ち消すことは出来るが、あの娘を無傷で止められるかは保証出来ん。主の腕次第だ」


「ああそうかよ、じゃあやってやる!」


 俺はどこか他人事のように話すルミナに少し苛立ち、ムキになって物を投げ付けるように剣へと魔力を込めた。


 闇魔法を暴走させたベリィは、荒れ狂う黒い渦の中心にいる。

 先ずはあの渦を消さなければどうしようもない。


「突っ込むぞ、ダンスヘイロー!」


 闇の渦が巻き起こす風圧に負けないよう、強く踏み込んで聖剣魔法を発動する。

 広範囲を攻撃出来るこの魔法ならば、ベリィの闇魔法を一気に掻き消せるはずだ。


「落ち着け、ベリィ!」


 ベリィに声を掛けながら、ひたすら渦の中へと入り込むように魔法を斬り裂いて行く。

 ルミナセイバーで斬ると、魔法は勢いを弱めて中の様子が分かるようになった。


「ベリィ……!」


 それは俺の知っているベリィでは無かった。

 表情すら見えないほど全身にドス黒い魔力を纏い、三日月のようだったツノまでもが黒く変色している。


 完全に意識が無い。

 この渦を聖剣魔法で相殺しても、ベリィが目を覚ますわけじゃない。

 本人を攻撃する他に手は無いのか……!?


「主、あの娘にウルティマを使え。そうでなければ止められん」


 何を言っているんだ?

 ウルティマなんて使ってしまえば、ベリィがただでは済まない。


「ふざけんな! 今すべきことはベリィを倒すことじゃねえ、ベリィを救うことだろうが!」


 ルミナからすれば、ベリィは本来自分が倒すべき魔王だ。

 その魔王が目の前で災害を引き起こしているのだから、殺してでも止めるのは当然かもしれない。


 だが……


「目を覚ませ、ベリィ!」


 渦さえ消滅させてしまえば、皆もベリィを止めに入ることが出来る。

 ベリィは絶対に殺させない。

 勇者は平和の象徴だ。

 沢山の人々を救ってくれたベリィを、ここで死なせるわけにはいかない。


「今だっ!」


 黒い渦を相殺した俺がそう叫ぶと、皆が一斉にベリィを止めに入る。


「アイスボルト!」

「ブラッドロウル・ウェブ!」

「ベリィさん、目を覚まして!」

「ベリィ様!」

「ベリィ殿!」


 ウール、ルカ、ルーク、ヴェロニカさん、ジェラルド騎士団長がベリィを取り押さえようと試みたが、やはり彼女から放たれる膨大な魔力に押し返されてしまう。

 おまけに、ヴェロニカさんとジェラルド騎士団長、ルークは既に魔力が限界だ。

 魔法無しで止めるのは、恐らく不可能に近い。


「ベリィ……」


 衝撃で目を覚ましたシルビアが、片腕を押さえながらゆっくりと立ち上がり、銀狐一閃の構えを取る。


「シルビアよせ! お前の身体が持たないぞ!」


「あーしは……何も出来なかったんだ……今ここで役に立たなきゃ、あーしは自分を一生許せない……!」


 駄目だ、シルビア……

 生身でベリィに突っ込んでしまっては、大怪我では済まなくなる。


「ルビっち、無茶すんな! 私とブラストに任せろ!」


「そうですよルビさん! お願いですから休んでいてください!」


「シルビア、俺達で何とかする。休んでいてくれ」


 そう言ってシルビアを止めたのは、アステロイドの冒険者であるバーナとブラスト、そしてシルビアの兄であるバーンだった。

 シルビアはバーンに腕を掴まれて構えを崩され、その場に座り込む。


「あーしは、何も出来てないのに……ベリィ、シャロ、くそぉ!」


 状況が悪過ぎる。

 三人が加勢したは良いものの、やはりベリィを止めることは出来ない。


「風刃防壁!」


 ブラストの風魔法で闇魔法を打ち消そうにも、ベリィの魔法は威力が圧倒的過ぎる。

 やはり勇者の光魔法しか無いのか……

 これ以上はもう……


「主よ、ウルティマを使え!」


「……エンジェオウド!」


 俺は光の手を二つ伸ばし、ベリィの身体を掴む。

 止めなければ……ベリィ、正気に戻ってくれ……!


「主、もう無駄だ!」


「お前は黙ってろ! ベリィは……おやっさんの娘なんだぞ! お前も知ってるはずだ! 今の魔王は悪い奴でも何でもねえ! 俺達と同じ、大事な仲間なんだよ!」


 止められない、気絶させるしかないのか……!


 聖剣魔法を直接当てれば、大怪我をさせてしまうかもしれない。

 ましてウルティマは駄目だ。

 しかし……もうそれ以外に止める術は……!


「そうでは無い! あの娘をウルティマの領域に入れるだけで良いのだ! 余を娘に干渉出来る状態にしろ! それで止められるかもしれん!」


 なんだと……?

 そうか、ウルティマの領域内ならば、聖剣の力そのものであるルミナが直接ベリィに干渉出来る。

 コイツ、最初からベリィを救うつもりで……


「……悪かった、ルミナ。ウルティマを構築する」


 皆が何とかベリィを食い止めている間に、俺はウルティマの構築を始めた。

 駄目だ、魔力が足りない……!


「ルミナ、魔力が足りねえ! お前の魔力でどうにかならないのか!?」


「今構築し直す!」


 ルミナに構築を任せ、俺は自身の魔力全てを聖剣に込めた。


「構築が完了した、詠唱しろ!」


 本来、聖剣魔法とは初めから全ての魔法が扱えるわけでは無い。

 ましてウルティマは聖剣魔法の最上位であり、これが扱える者は一握りしか居ないと言われている。


 だが、勇者は違う。

 勇者は光竜剣ルミナセイバーに選ばれた時点で、初めからルミナセイバーに刻まれた全ての聖剣魔法が使えるのだ。

 だから俺は、既にウルティマを発動できる。


「法陣展開、光明を差せ———」


 周囲が明るく照らされ、幾つもの光輪が一帯を囲い込む。

 発動の前段階を維持するんだ。

 頼むぞ、ルミナ!


「待て、様子がおかしい。何かの気配を感じる」


 不意にルミナがそう言ったかと思えば、どういうわけかウルティマの領域が僅かに揺らぐ。

 直後、ベリィの身体に細い糸が巻き付いて行き、瞬きをする間に彼女の姿が視界から消えたのだ。


 何が……起きたんだ?


 俺はウルティマの発動を止め、周囲を見回した。


 ベリィの姿がない……皆も彼女が消えるのを見たらしく、同じように動揺している。


「ベリィ、ベリィ!」


「キュイッ! キュイーッ!」


 当然のように返事があるわけもなく、嵐が過ぎ去った後の惨状だけが目の前に広がっていた。


 それから俺達は、取り残されたルーナを連れてやむを得ずシリウスへと戻ることになった。


 セシル様がこちらまで転移でやってくると、半分の人数を転移魔法で連れて行った。

 残った俺達は、ルカの転移魔法でシリウスまで返してもらったのだが、彼は自身の血を魔力に変換させて転移魔法を構築したらしく、転移するや否やその場に倒れ込んでしまった。


 不思議なのは、シャロの身体だ。

 あれだけ何度も刺されていた彼女の腹部にあった穴は、どういうわけか完全に塞がれていたのである。


 それでも脈はなく、少なくとも生きてはいないという事だけが分かった。


 だが気のせいか、シャロの身体を抱き抱えた時、まだ温かかったのだ。

 とても死んでいるとは思えない程に。


 さらに今回の作戦は秘密裏に行っていたにも関わらず、何処かから情報が洩れていたらしく、聖騎士団長や自警団が不在なのを良い事に刑務所が襲撃されたのだ。


 否、そもそも情報を洩らしてしまったのは俺達なのかもしれない。

 刑務所を襲撃したのは、メフィル・ロロだった。


 恐らく奴はどこかのタイミングで肉体を入れ替え、その一瞬でシリウス刑務所を襲撃したと思われる。


 その証拠に、捕えられた奴の肉体はまるで抜け殻のようだった。


「刑務所が襲撃され、そちらに気を取られて現場の状況を把握出来なかったわたくしの責任です。本当に、申し訳ございませんでした」


 セシル様はそう仰ったが、寧ろ凶悪犯が脱獄したにも関わらず被害を最小限に抑えられたのは、シリウスに残ってくれたセシル様やケイシーさん、そしてアストラ聖騎士団員達のおかげだ。

 脱走した受刑者の大半は捕まったらしいが、一部まだ逃走中との事である。


 メフィル・ロロ、とんでもない置き土産まで用意してくれたものだ。


 一通りの状況を報告し終えた後、俺は逃げた脱獄犯を探す為に街やその周辺の見回りを始めた。


 街に居なければ、もっと遠くを探そう。


 脱獄犯だけではない、ベリィの事も探さなくては……


 ああ、俺がもっと早く到着出来ていれば、こんな事にはならなかったのだろうか?

 否、それは驕りだな。


 ベリィ、どうか無事で居てくれ。

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