幕間 ルミナ
村人達のおかげで、万全の状態でアルボス迷宮に挑む事が出来た俺は、それから丸二日ほどかけて漸く迷宮の最下層である巨大樹地下空洞、通称アルボス樹殿へと辿り着いた。
ここは巨大樹の根が神殿のような形を作っている事から、その名が付けられている。
そうして樹殿の中で眠っているのは、植物のような翼を持った巨大な竜。
それは俺の気配に気付くと、目を開けてゆっくりと巨躯を起こした。
「待っておったぞ、ユーリ・アラン・アイテール」
懐かしい名前だ。
だが、もうその名は捨てた。
「ユーリは死んだ。今はエドガー・レトリーブだ。久しぶりだな、樹竜ナーガ」
彼女の名は樹竜ナーガ。
このアルボス巨大樹の守護者であり、ウィリディスの民たちが信仰する竜神だ。
かつて俺はアイテール帝国を飛び出した後、光竜ルミナが最も信用できると話した彼女の元を訪れ、ルミナセイバーを預けていたのだった。
「そうか、エドガー。ルミナは待ちくたびれてしまったようじゃぞ?」
俺の勝手な都合で放り出しておいて、今更共に戦おうだなんて言える立場ではない。
だが、皆の為には俺が再び勇者の力を手にするしかないのだ。
「ルミナに伝えてくれ。すまなかった、と」
「それは直接言うものじゃ。のお、ルミナ」
ナーガの言葉で、彼女の背後から光る何かが顔を覗かせる。
それはナーガよりも一回りほど小柄な竜、俺のかつての仲間だ。
名を光竜ルミナ、光竜剣ルミナセイバーに宿っていた神獣である。
「遅いぞ」
低く力強い声が樹殿内に響き渡る。
ルミナはこちらをじっと睨んでおり、いささか怒っているようにも見えた。
「ルミナ、お前を手放したことを今更謝っても遅いだろう。許されなくても構わない。だが、俺はもう一度お前の手を借りたい。皆を助ける為に、お前の力が必要なんだ!」
変に飾った言葉を使うつもりはない。
俺はただ、皆の為に戦いたいだけだ。
「何を言っている? 余は主が再び来るのを待っていたのだぞ? さっさと剣を手に取れ」
……本当に、俺を待っていたのか?
あの日、荒れていた俺はルミナに酷い事を言ってしまったはずだ。
「本当に、勇者を辞めるのだな?」
「俺には勇者の資格なんてもんは無え。お前は選ぶ奴を間違えた」
俺はルミナの選択を、その一言で全て否定してしまったのである。
俺が樹殿を去るとき、ルミナはじっとこちらを見つめているだけだった。
ずっと後悔していたんだ。
お前に言ってしまったあの言葉を。
そんな俺を待っていただと?
「ルミナ、どうして……」
「余は主以上に勇者の素質を持った者を知らん。さあ、行くぞ」
そう言ってルミナは、俺の元に一本の剣を投げた。
俺が拾ったそれは、光竜剣ルミナセイバー。
ルミナは小さな光の玉に姿を変えると、そのままルミナセイバーの中へと入って行った。
「久しいな、この感覚は」
懐かしいな、そう言えばこの剣はよく喋る奴だった。
「ありがとな、ルミナ。だが、やっぱりお前は見る目が無えよ」
「なんだと?」
俺の言葉に、若干不服そうな声でルミナがそう言った。
俺は俺なんかよりも、ずっと勇者に向いている奴を知っている。
「この世界には、もっと勇者らしい勇者がいるんだ」
「ほぅ、どんな奴だ?」
「どんな奴……か。他人の為に本気で怒って、目の前に困ってる人が居たら必ず手を差し伸べる、立派なツノが生えた女の子だ。直ぐに会わせてやるよ」
「フン、面白いではないか」
シリウスを出てから、随分と日が経ってしまった。
もう戦いは始まっているだろうか?
今はただ、早く皆の元へ急がないと。
「ナーガ、メトゥス大迷宮のアイテール側に転移できるか?」
「うむ、よいぞ」
それは助かる。
俺はベリィが憧れているような勇者では無いけれど、俺なりのやり方で勇者として戦うつもりだ。
「では、また遊びに来るんじゃぞ?」
「こんな険しい場所は二度とゴメンだ」
そう言い終えた頃には、既に目の前の景色が変わっていた。
「向こうで強い魔力を感じるな。既に戦いは始まっているようだぞ?」
ルミナの魔力感知によって、ベリィ達の居場所は直ぐに分かった。
「行くぞ、光竜剣ルミナセイバー」
俺は相棒を手に、仲間達がいる方へと駆け出した。