87.不可思議な苦悩
「ボク、カルムさんが死んじゃったら、どうすればいいんでしょうか……」
「まだ先のことじゃない! 大丈夫、ルカちゃんは外の世界でもちゃんとやれるよ!」
絶対に無理だと思っていた。
ボクは吸血鬼である母様やお祖父様が大好きだけれど、外の世界で吸血鬼は呪われた種族だ。
だから、どれだけ幻術で吸血鬼の特徴を隠しても、ボクの姓を聞けば分かってしまうかもしれない。
「もし本当の名前を言いたくなかったら、私の苗字を使えばいいよ! もう家族みたいなものだし!」
ルカ・ファーニュ。
ファーニュという苗字は、カルムさんから頂いたものだった。
「ルカ、ファーニュ……どう、ですかね?」
「良いじゃん良いじゃん! これで外に出ても安心だね、ルカ・ファーニュちゃん!」
苗字をくれたカルムさんの為、この力を遺してくれたご先祖様の為、ボクを受け入れてくれた皆さんの為、この戦いは絶対に勝つ。
「ブラッドロウル・アシッドボム!」
数は少ないけれど、それでも複数の敵を相手にするのは厄介だ。
ザガンの出すアンデッドは、一体一体がそれほど強くはない。
だがそれは雑魚アンデッドだけの話であり、奴は他のアンデッドとは比にならない程の強さを持っている。
それは恐らくザガンの切り札であろう、アンデッドクリーチャー。
以前は一体のみだったけれど、今は二体のアンデッドクリーチャーが同時に召喚されている。
「決着をつけるぞ、ルカ・ファーニュ!」
「一度負けたのに、まだボクを倒せると?」
アンデッドクリーチャーも強化されていれば話は別だけれど、ボクはあの頃よりもずっと強くなっている。
戦っている感じ、アンデッドクリーチャーの強さは以前と変わらない。
それに二体いるとは言え、こちらにも仲間は居るのだから。
「ビートさん、ポルカさん、そちらのアンデッドクリーチャーをお願いします!」
「御意!」
「りょーかいっ!」
ビートさんはまだ本調子ではないはずだけれど、痛みを我慢して戦ってくれている。
あまり負担をかけさせるわけにはいかない。
雑魚アンデッドともう一体のアンデッドクリーチャーは、ボク一人でも十分だ。
それに今回の目的は戦闘ではなく、サーナさんの救出である。
出来るだけ早く方を付けて、ボクも皆さんに加勢しないと……
「貴様一人でこの数を相手にしようとは、舐められたものだな!」
ザガンの声に共鳴するかのように、アンデッドクリーチャーが勢い良くこちらに触手を伸ばす。
あれに当たれば肉は抉られ、心臓を刺されようものならば即死だ。
だから当たらないように、周囲のアンデッド達を盾にしながら近づいて行く。
「アンデッドは盾にならないぞ。それら全ては俺が操っているからな、アンデッドクリーチャーの攻撃と同時に避けるよう指示を出しておけば良いだけだ」
既に対策済みか。
ならば仕方がない。
全てを倒して進むまでだ。
「ブラッドロウル・ニードルプリズン!」
撒き散らした血液を一気に形成し、棘の檻がアンデッド達を貫いて行く。
「自分で逃げ場を無くすとは、愚かだな」
アンデッドクリーチャーの触手が迫る中、ニードルプリズンによりボクの逃げ道は塞がれている。
勿論、そんなミスをするわけが無い。
「あなたが自分のアンデッドを操れるように、ボクも自分の血を操れるんですから」
逃げ道がなければ作れば良い。
ボクはニードルプリズンを解除すると、触手を避けながら次の攻撃を始めた。
「ブラッドロウル・アシッドウェブ!」
酸性の血で形成した細かいネットを放ち、触手の動きを封じながら少しずつ酸の攻撃も与えて行く。
やはり、以前と比べて自分が早く動けていると思う。
アンデッドクリーチャーとの距離は狭まっている。
攻撃の射程範囲内に入る頃には、撒き散らしたネットのおかげで大半の触手を封じていた。
これで終わりだ。
「ブラッドロウル・アシッド……」
即座に生成した槍でアンデッドクリーチャーの脳天を貫き、中で一気に起爆させる。
「ゲイボルグ!」
酸の血で形成された幾つもの棘がクリーチャーの中で破裂し、それは徐々に身体を溶かしながら地面へと滴り落ちていった。
こちらは片付いたけれど、ポルカさん達は……?
「スタッグバイト!」
「サイコプロージョン!」
見ると、たった今アンデッドクリーチャーに止めを刺したところだった。
これでザガンのアンデッドはもう居ない。
ボクも皆さんに加勢したいけれど、その前に……
「ザガン、あなた、どうかしたんですか?」
ボクからの急な問いかけに、ザガンは身構えながらも戸惑っている様子である。
「何を言うかと思えば、情けのつもりか?」
「いえ、アンデッドの動きがあの時よりも鈍いように感じたので。もしかしたら、何か悩んでいるんじゃないかと思っただけです」
ボクとザガンの会話を、ビートさんとポルカさんも武器を構えながら聞いている。
「……貴様には関係のない事だ。殺すならば俺を殺せ」
「その言い方だと、やっぱり何かあるんですよね? 別にボクはあなたと戦いたいわけじゃないんです! 何かあるなら話してください!」
シリウスで戦ったあの日、ザガンを連れ戻しに来たグレイという人は、何か目的があってザガンを助けたのだ。
それは恐らく、何かに利用する為。
ザガンの屍操魔法が役に立つからだろう。
そうして今の彼は、その“何か”に対して疑問を持っているように見受けられる。
それもそのはずだ。
ザガンは元より、メフィルの配下では無くブライトさんの仲間だったのだから。
「あなたの忠誠は、本当にメフィル・ロロに向けたものですか? それとも星の女神? それとも……」
「黙れ!」
ザガンが声を荒げたのと同時に、激しい爆発音が鳴り響く。
そちらに目をやると、 ベリィさんが大きな血塗れの人形と戦っていた。
「ザガンはお二人に任せます。ボクはベリィさんの援護に」
ビートさん、ポルカさんにそう告げると、ボクはベリィさんの元に向かった。
あまり長引かせたくは無い。
早くメフィルを倒して、サーナさんを連れ戻さなければ。