85.餓狼
モンステイマーってのは、ただ魔物を操るだけじゃない。
魔物と心を通わせるもんだ。
奴は強いが、その基本がまるでなって無え。
「サモンズ!」
新たに召喚したジャングルブフォトードが、耳腺から放つ毒液で無数のガーゴイルを倒していく。
予め召喚していたフェンリル達には強い魔物の相手をしてもらい、ジャックさんにはその隙にフルーレ本体を取り押さえてもらう作戦だ。
「あれぇ? こんなもんか〜! なんか面倒くさくなってきたし、さっさと終わらせちゃおうかなぁ」
フルーレはそう言って、新たな魔物を召喚し始める。
「サモンズ・ホーンスパイダー、サモンズ・バフォメット」
上級レベルの魔物を同時に2体もだと!?
ふざけるな……!
「お前ら頼む、ぶっ倒そうぜ!」
オレが使役しているブーストフェンリルは、お互いガキの頃からずっと一緒だった二頭だ。
赤いほうがレイズ、白いほうがレーザーって、ちゃんと名前も付いてる。
オレの大事な相棒だ。
だからこの状況は、少しヤバい。
既に召喚されていた2体のバフォメットはまだ倒せておらず、更に追加でバフォメットとホーンスパイダーが一体ずつだ。
それにあのホーンスパイダー、かなり強いやつだろう。
糸に捕われたら厄介だし、だからといってバフォメットに攻撃されても痛い。
アイツを召喚するか……?
イヤ、それは仲間にも危険が伴う。
どうにかして、打開策を考えないと……
「ブラッドロウル・バレット!」
突如、オレらの目の前に血の弾丸が降り注ぐ。
ルカちゃん!?
じゃないな。
ルカちゃんではあるが、本物はザガンと戦っている。
これはあの四精霊、ディーネちゃんって子が作り出した分身だ。
「手伝います!」
「サンキュー、ルカちゃん!」
不思議だ。
本人ではないはずなのに、まるで本人と話しているかのような感覚になる。
「厄介な邪魔が入ったなぁ。ホーンスパイダー、相手してあげて」
相手の最高戦力はホーンスパイダーだ。
多分ルカちゃんなら倒せるかもしれない。
「レーザー、レイズ、いけ!」
3体のバフォメットと周囲の雑魚を相手に、フェンリル達が上手く戦ってくれている。
流石はオレの相棒達だぜ!
「クソッ! なんでだよ!」
もうじきジャックさんもフルーレに手が届きそうだ。
このまま攻めれば勝てる!
ふとルカちゃんの方を見ると、既にホーンスパイダーの脚を斬り落とし、酸をかけて身体が溶け出している状態だった。
……いや、アレはなんだ?
「ルカちゃん危ないっ!」
「えっ?」
オレの声で周囲に意識を向けた時にはもう遅かった。
「ひゃっ!?」
何かがルカちゃんの身体に纏わりつき、徐々に飲み込もうとしている。
あれは……スライムか?
「あーあ、引っかかったなぁ! ホーンスパイダーに集中して気付かなかっただろ? そのハイジャックスライムは身体を乗っ取れるんだ。流石に吸血鬼を相手にはしたくないから、こっちの仲間にしてやるよ」
ふざけやがって……
早く助けないとまずいな。
本物ではないが、ルカちゃんが敵に回ったらもっと厳しい。
「いやぁっ、入ってこないでよぉ……くぅっ……!」
……どこに入られてんだ!?
じゃなくて、まずいな……どうすれば……
「ルカちゃん!」
「す、すみませんっ……! ホーン、スパイダーは……もう大丈夫でっ……やっ! ボクは、ここまででっ、むぅ……!」
口の中に侵入したスライムのせいで、最後の言葉が聞き取れない。
しかしその直後、いつの間にルカちゃんの足元に出来ていた血溜まりが幾つもの棘となって広がった。
棘はルカちゃんの身体と影を突き刺し、それにより身体が少しずつ崩れていく。
「ぷはっ、アシッド……!」
最後にもう一度そう口にすると、ルカちゃんの身体に取り付いていたスライムが苦しみ出した。
血液を酸に変えて取り込ませたんだ!
「まずい、おい戻れ! ハイジャックスライム!」
フルーレは即座にスライムの召喚を解除し、あからさまに不機嫌そうな顔をした。
「クソッ! マジでウザいな!」
「ウザいのはテメェだわ。魔物を道具としか考えてねえような奴に、モンステイマー名乗る資格は無えんだよ」
「は? 別にそれはウザくないだろ。言っとくけどホーンスパイダーが倒せたからと言って、お前らの勝ちじゃないからな! 見てみろ、お前のフェンリルはもう限界っぽいぞ?」
確かに、フェンリルは既に限界……
しかしまだバフォメットも雑魚も残っている。
他の魔物を召喚するのはいいが、バフォメット相手では恐らく歯が立たない。
もうアイツを召喚するしか無いか。
奴を出したら上手く引っ込められるかも分からないし、敵味方関係なく襲い散らかすだろうな。
だが、もうそれしか無い。
「わーったよ。みんな、戻れ」
オレは今出している全ての魔物を引っ込めると、間髪入れずに新たな魔物の召喚準備に入った。
オレが自警団に入る前、メトゥス大迷宮付近の村で、人喰いの獣が出たという事件があった。
人喰いの獣は手負だったらしいが、それでも討伐した聖騎士団は苦戦したらしい。
結局、人喰いの獣は逃げたのだと聞いた。
気になったオレが村に行くと、迷宮の岩陰で倒れているそれらしき獣を見つけた。
獣は一見フェンリルのようだが、ひどく痩せ細っており異様に牙が鋭いように見える。
そうして身体は然程大きいわけではなく、とても強そうには見えなかった。
しかしそいつの目だけは……血肉に飢えた恐ろしい獣の目をしていたんだ。
このままにしておけばじきに死ぬ。
だがオレは……コイツを放って置けなかった。
魔物はテイムすることで、その名前も法陣に刻まれる。
コイツは聞いたことのない名前だったな。
後で聞いた話では、迷宮内で突然変異した魔物らしい。
オレの魔法の中で完全に復活したコイツを再び解き放てば、暴走することは目に見えている。
何故なら、とてもオレの手に負える奴じゃないからだ。
でもそれ以上に、オレはお前のことを他人とは思えないんだよ。
飢えたお前の目は今でも忘れられない。
暴れ足りねえんだよな、オレも同じだよ。
「サモンズ・ヘンティフィア」
赤黒い法陣の中から現れたそれは、甲高い遠吠えをするや否や一瞬でバフォメット達を蹂躙し始める。
その速さはオレの目でも追えない。
やっぱり凄いぜ、お前は……
「おいお前、何してんだよ……! 何なんだよコイツは!」
フルーレの慌て様が笑えるぜ。
「ジャックさん、離れたほうがいいかもっす。そいつヤバいんで」
「ウルフ、奴を出したのか?」
「まあ良いじゃないっすか。コイツも暴れたがってたっぽいんで」
ヘンティフィア、お前はオレと似ている。
「さあ、思う存分暴れろ!」
そんなオレの声に反応したのか、ヘンティフィアはこちらに向けて走ってくる。
なんだよ、次の標的はオレか。
死なねえように頑張らないとな。
「第三禁断魔法、蠱魔」
次の瞬間、メフィルが何かを詠唱したかと思えば、ヘンティフィアの身体を何か大きなものが掴んで押し倒した。
それは蝶のような羽を生やした、金色の蟲?
イヤ、全身は黒く禍々しい見た目をしているのに、どういう訳か羽から振り撒かれる鱗粉だけが金色だ。
コイツ、ヤバいかもしれねえ。
「厄介なものを出さないでください。蠱魔、やれ」
メフィルの声に応えるかのように、蟲はヘンティフィアを襲い始める。
「暴れろ、ヘンティフィア!」
奴にオレの声は届かないが、今は頼るしかない。
頼んだぜ、兄弟!