82.花の狂詩曲
想定していた状況とは違うものになってしまった。
メフィルの視界に入っているうちは魔法が使えないから、今はシャロに頼るしかない。
それにシルビアとビートまでこんな事に……
「ガストショット!」
「火焔拳・突!」
「ブラッドロウル・バレット!」
ブラスト、ルカによる遠距離攻撃と、バーナによる死角からの攻撃がメフィルに当たる。
バーナは隙を見てビートを救出し、シルビアを治療中のジャックとポルカの元に連れて行った。
「小賢しい……また毒ですか」
ルカは弾丸の血を毒に変異させていたらしく、それによりメフィルの身体が僅かに溶けているようだ。
あの再生能力は不完全で、恐らく毒などを分解する力がない。
完全に倒せるとまではいかなくても、綻びは出てくるはずだ。
こちら側にはまだ、奇襲作戦が失敗した場合のプランがある。
サーナがシャロの手を取らなかったのは想定外だったけれど、仮に上手くいっていたとしてもメフィルによってシルビア達を人質に取られた可能性だってある。
そうならなかっただけマシだ。
まだ挽回できる。
「潜れ、真海剣アクアマリン!」
「燃え上がれ、灼炎剣ヒートルビー!」
「穿て、地砕剣スモークエイク!」
ディーネ、サラマンダー、ルークが一斉に斬りかかる。
全員死角からの攻撃で、魔力阻害の影響を受けていない。
「水刃!」
「フレイミングバッシュ!」
「ロッククラッシュ!」
三つの聖剣魔法は直撃したかのように見えたが、それらはメフィルの目の前で止められていた。
「一足遅かったですねぇ。おや、あなたは四精霊の……そうですかぁ! 魔王ローグに助けられた後、今日までずっと隠れていたわけですかぁ。臆病者のあなたが、こんな偽物を連れてよくも再び出てくる事ができましたねぇ」
メフィルの言葉に、ディーネは表情を歪ませて剣を握る手に力を込めている。
「だ、黙れっ……アンタのせいで……ぜんぶ……!」
「私の邪魔をしたのはあなた方でしょう。責任転嫁はやめましょうよ」
そう言ってメフィルは魔力の波動のようなものを放ち、襲撃した三人を遠ざけた。
「人族でも魔族でも、魔法が使えなければ脅威にはなり得ません。強いて言うのであれば、あなたぐらいでしょうか……シャーロット・ヒル」
シャロはメフィルに睨まれると、少し表情を強張らせたように見えた。
これだけの人数がいる中、唯一魔法無しで強力な攻撃を出せるのはシャロだけだ。
物理的な攻撃だけでも、毒によって綻びた部分に何度も攻撃し続ければ、じきに再生が追い付かなくなるかもしれない。
「アタシでよかったら、いくらでも相手になってあげるよ……!」
強気なことを言っているけれど、シャロも怖いのだろう。
彼女だけの負担にならないよう、アタシもどうにかして死角に入らないと。
「お忘れかも知れませんが、あなた方が魔法を使えなくとも、私は魔法が使えるのです。お見せしましょう、制約解除……」
突如としてメフィルの気配に変化が起こり、これまでに感じたことのないような悪意を孕んだ魔力が放たれる。
「第一禁断魔法、カース・オブ・ダークネス」
最初に放たれた黒い魔法は、シャロへと向けて放たれた。
禁断魔法……?
そんな魔法は聞いたことがない。
危険な魔法であることに変わりは無さそうだ。
その刹那、シャロが一瞬こちらに目配せをしたように見えた。
本当に一瞬だったけれど、これは……
そうしてメフィルの魔法はシャロへと到達し、アイネクレストと激突した。
「照らせ、陽光アイネクレスト!」
もちろんアイネクレストも魔法が使えず、陽光を放つことはできない。
そのはずだったのだが、どういうわけかメフィルの魔法はアイネクレストに防がれて消滅してしまった。
そんな、アイネクレストは魔法を使っていなかったはず……
「……どういうことですかねぇ?」
メフィルは顔を顰め、若干苛立っている様子だ。
「アイネクレストは凄いんだよ! おかげで、たっぷり隙が出来たね!」
シャロは最初からアイネクレストがあの攻撃を防げると確信していたのか?
兎に角、これで隙が出来た!
「キュイッ!」
私はルーナの力を借り、予めメフィルの背後に回っていた。
シャロの目配せは、恐らく攻撃を自分に集中させている間に私を動かす為だったのだろう。
「ボアコンストリクター!」
「アイスボルト!」
直後、ジェラルドの蛇魔法とウールの氷魔法によって拘束されたメフィルは、露骨に舌打ちをして苛立った様子を見せた。
「ベリィ殿、ヴェロニカ殿!」
ジェラルドの呼びかけで、私とヴェロニカは剣を抜く。
「咲き誇れ、乱咲剣レイブロッサム!」
「統べろ、覇黒剣ロードカリバー!」
ヴェロニカの腰に携えられた鞘から細い刀身が姿を現し、その刀身は薄紅色に光りながら同時に幾つもの花弁が舞ったように見えた。
あれが花の聖剣、乱咲剣レイブロッサム。
一見すると折れてしまいそうな細い剣だが、その刀身からは絶対に折れることのないという力強さを感じる。
「カンパニュラ騎士団長ヴェロニカ・グリーンウッド、参ります! フラワーラプソディ!」
ヴェロニカの周囲を覆った薄紅の花吹雪はレイブロッサムの刀身に集まり、それはメフィルに目掛けて一直線となり放たれる。
「フィアードアビシアス!」
刺突なら刺突に合わせよう。
美しい花吹雪にはとても似付かわしく無いけれど、今出せる全力の魔法だ。
そうして凄まじい花吹雪が辺りを覆い尽くす中、ロードカリバーから放たれた骸の刃が確かに標的を突き刺す。
最後に花弁の刃は激しい音を立てて散り、悍ましい骸の刃でさえも華やかに見えてしまう程だった。
まだ確認はできないけれど、流石にこの攻撃は効いただろう。
「いや〜、危なかったねぇメフィル」
視界が良くなってくると、メフィルの前に何者かの姿が見えてくる。
それにこの声は……
「助かりましたよ、フルーレ」
メフィルの前には大きな身体のバフォメットが3体も立っており、その胴体には先程の聖剣魔法で受けた穴が空いている。
防がれた……!?
確かにバフォメットは強いけれど、二人分の聖剣魔法だよ……?
威力は申し分無かったはずなのに……
「まあ、メフィルのおかげで自由にやれてるからね。協力するよ」
そう言って教会の中から現れたフルーレに次いで、ネクロマンサーのザガンともう一人の男……否、魔物が現れる。
あれはオークか?
その巨躯に武装している為、凄まじい威圧感がある。
メフィルの魔力阻害に加えて、ザガンまで居るのはなかなかに厳しい。
この戦い、勝てるだろうか?