80.アイテール帝国
準備は出来た。
今日、いよいよアイテール帝国の首都カエルムに突入する。
首都とは言え、町外れにある郊外の教会が今回の目的だ。
目標は2つ。
サーナの救出と国民に被害を出さない事。
「じゃあ、行くね」
広範囲に魔力を広げた私の足元を中心に、集まった皆を取り囲むような形の法陣が展開される。
ウールから聞いたけれど、お父様はこの魔法を構築している間に殺されたんだ。
構築に時間がかかるし、とても集中するから隙が生じてしまう。
構築は完了した。
あとは転移後に一瞬で魔法を解除すれば、この魔力も悟られずに済むだろう。
そうして私はあの場所……アイテール帝国の奴隷市場跡を頭に思い浮かべると、その魔法の名を詠唱した。
大規模転移魔法———
「グレーターテレポート」
一瞬にして目の前の景色が変わる。
その直後に魔法を解き、私は周囲を見渡した。
場所はあの時の奴隷市場……よし、全員転移出来ている。
「上手く行った……」
(ありがとうございます、ベリィさん。それではこの後はポルカさんのみに念話を繋げるので、皆さんよろしくお願い致しますね)
脳内に響いたセシルの声が止むと、ポルカの「了解でーすっ」という声が聞こえてきた。
教会に辿り着くまでは、セシルの知恵の眼による千里眼で道案内をしてもらう予定だ。
しかしそれだけでは彼女の負担になる為、ビートの虫を操る魔法で数匹の羽虫を使役し、周囲を確認しながら慎重に向かうつもりだ。
「インセクトエコー」
羽虫と視界を共有したビートに、ポルカがセシルからの念話を口頭で伝えながら進んで行く。
思いの外……と言うべきなのか、人がほとんど居ない。
ほとんどどころか全く居ないのだ。
人が住んでいた形跡のある建物は幾つかあり、村や町のようにはなっているけれど、その全てはまるで人が忽然と消えてしまったかのように思えてしまう。
「だ、誰も居ないね……」
私の横を歩くシャロが、少し不安そうに呟いた。
「あの奴隷市場が潰れて制度も無くなった後、この辺は寂れたのかもね」
そう言いながら、私はあの市場に居た人達のことを思い出す。
今頃どうしているのだろう?
酷い扱いを受けていなければいいけれど……
「ストップ。ここから人が居るみたいだから、目立たないように行こう。教会はこの先だよ」
「御意」
ポルカの言葉にビートは立ち止まり、その方向へと数匹の羽虫を向かわせる。
「この距離ならば教会の中まで確認出来る。皆殿、これを」
ビートから渡されたのは、片方レンズの外れた眼鏡だった。
それを掛けると、不思議なことに片目の視界が今見ていた物とは全く別の、ぼんやりとしたものに変化した。
「それは虫を通じて小生が見ている景色を共有する簡易魔法具。小型の双翅目に頼んでいるゆえ、視力は弱いがお許し願いたい」
確かに見えづらいけれど、ぼんやりと人や建物の様子は確認できる。
ビートの使役する虫はある一つの大きな建物に辿り着くと、小さな隙間からその中へと侵入した。
軈て開けた場所に出ると、何やら下のほうで動くものが沢山いる。
間違いない、人だ。
ここが集会の場所なのだ。
中には信者達が集まっており、壇上には未だ人の姿が見えない。
……否、出てくる。
舞台袖から現れたのは三人。
一人は袖幕のすぐ側で立ち止まり、あと二人は演台の方へと向かって行く。
間違いない、片方はサーナだ。
それを連れている男は……メフィル・ロロ。
奴はサーナと演台の前で立ち止まると、信者達に何かを話し始めた。
「こ、この男が、魔皇……? ぼんやりだけど、あたしが知ってる奴とは、まるで別人……」
「今の奴はメフィル・ロロです。魔王ローグに敗れた後、名前も顔もすっかり変えたのでしょう」
ディーネの言葉に、ルークはそう返して眼鏡を外す。
「皆さん、突入しましょう。奴が壇上で演説に集中している今がチャンスです。ビートさん、ギリギリまで虫と視界を共有して頂けますか?」
「御意」
そうして私たち全員は突入の為、出来るだけ目立たないよう教会まで向かった。
館内への侵入は見つかるリスクが高い。
だからメフィルの視界に入らない外側から、私の魔法でこの三人を同時に突撃させるんだ。
「奴は未だ演説中だ。虫の使役を解除する」
ビートさんが侵入させていた虫は建物の外へ出て来ると、インセクトエコーの魔法を解かれて飛び去っていった。
虫さん達、助かったよ。
ありがとう。
「それじゃあ、ビート、シルビア、シャロを突入させるね。開いたらすぐに飛び込んで」
空間魔法を使い続けたことにより、ある程度の距離であれば視認できない空間も感覚で把握出来るようになった。
私は今いる場所と教会内の壇上を繋ぐように集中し……その空間を一気に接続させる。
「ワームホール!」
一瞬とは言え、この魔法は間違いなくメフィルに察知される。
しかし次に来る攻撃は魔法では無いし、そもそもこんな急襲を対処するのは難しい。
ワームホール発生と同時に飛び込んだ三人は、恐らく既に攻撃を開始したのだろう。
さあ、私達も突入だ。