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潮風と塩パンの記憶  作者: さえ
第一章 懐かしい香り
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懐かしい香り

都会の喧騒に疲れ、ふと、幼い頃の記憶が蘇った。潮の香りと、ほんのり甘いパンの香り。夏休みに両親と訪れた海辺の町。そこで食べた塩パンの味が、どうしようもなく恋しくなった。


パティシエとして、日々新しい味を追い求める私にとって、それは原点回帰のような衝動だったのかもしれない。インターネットで朧げな記憶を頼りに探し当てた、小さなパン屋。まさか、そこで、忘れかけていた過去と、未来へと繋がる出会いが待っているとは、想像もしていなかった。


二十年の時を経て、再会した少年は、あの頃の面影を残しつつ、優しく、そして逞しいパン職人になっていた。潮風が運ぶ懐かしい香りに包まれながら、平行線のように交わることのなかった二人の時間が、ゆっくりと、しかし確かに、動き始める。


これは、忘れられない味を求めて辿り着いた海辺の町で、記憶の欠片を拾い集めながら、もう一度、大切なものを見つけていく物語。遠い日の約束のように、潮騒がそっと囁く、時を超えた恋の始まり。

都内の喧騒から離れ、電車を乗り継ぎたどり着いた海辺の町は、どこか懐かしい匂いがした。潮の香りと、ほんのりと甘いパンの香り。結衣は、小さく息を吸い込んだ。

目的のパン屋は、駅から少し歩いたところにあった。褪せたブルーの看板に、「手作りパン 麦の香り」と書かれている。記憶の中よりも少し小さく見えるが、確かにあのパン屋だ。

扉を開けると、温かい空気がふわりと結衣を包んだ。香ばしいパンの焼ける匂いが鼻腔をくすぐる。奥の厨房では、白い帽子を被った男性が忙しそうにパンを焼いていた。

「いらっしゃいませ」

低く、優しい声が響く。顔を上げた男性と目が合い、結衣は息を呑んだ。少し日焼けした肌、穏やかな眼差し。記憶の中の少年と、確かに面影が重なる。

「あの……塩パンはありますか?」

緊張しながら尋ねると、男性は少し驚いたように目を丸くした。

「はい、ございます。焼きたてですよ」

そう言って、彼は奥から焼き立ての塩パンをいくつか運んできた。こんがりと焼き色がつき、岩塩がキラキラと光っている。結衣は、そのパンの姿を見た瞬間、幼い頃の記憶が鮮やかに蘇ってきた。

夏休み、両親と訪れたこの町で、迷子になりかけた結衣に、このパン屋の少年がくれた塩パン。しょっぱさとバターの風味が絶妙で、疲れた体に染み渡るように美味しかった。短い時間だったけれど、少年の優しい笑顔と共に、その味は忘れられなかった。

「いただきます」

焼き立ての塩パンを一口食べると、香ばしい小麦の風味と、じゅわっと溶け出すバターの塩味が口いっぱいに広がる。結衣は、思わず目を閉じた。まさに、あの日の味だ。

「美味しい……!」

感動したように呟くと、男性は少し照れたように笑った。

「ありがとうございます。小さい頃から、うちの塩パンを気に入ってくれるお客さんがいるんですよ」

その言葉に、結衣は胸が高鳴るのを感じた。もしかして、彼は自分のことを覚えているのだろうか。

「あの……私、小さい頃、夏休みにこの町に来たことがあって。その時、ここの塩パンをいただいたんです。すごく美味しかったのを覚えています」

結衣は、期待と不安を胸に、彼に話しかけた。男性は、興味深そうに結衣を見つめている。

「そうですか。それは、いつ頃のことですか?」

「えっと……もう、二十年くらい前になると思います」

結衣の言葉に、男性は少し考え込むような表情をした。

「二十年前……。その頃は、まだ祖母が主にパンを焼いていたかもしれません。私は、手伝いを始めたばかりで……」

「おばあさまも、いらっしゃったんですね」

結衣は、懐かしさを覚えた。パンの香りと共に、優しいおばあさんの笑顔も思い出される。

「はい。もう、引退しましたが、時々顔を出してくれますよ」

男性はそう言うと、結衣に微笑みかけた。その笑顔は、記憶の中の少年の笑顔と重なった。

「あの……もしかして、あなたが、その時の……?」

結衣がそう尋ねると、男性は少し驚いた顔をして、そして、ゆっくりと頷いた。

「もしかして、夏休みに毎年いらしていた、少し人見知りな女の子ですか?」

結衣は、思わず息を呑んだ。まさか、本当に覚えていてくれたなんて。

「はい……!私が、結衣です」

「ああ、やっぱり!なんとなく、そんな気がしていました。大きくなりましたね」

男性は、感慨深げに結衣を見つめた。名前を呼びかけられたことに、結衣は胸が熱くなるのを感じた。

「私は、翔太です。まさか、また会えるなんて思ってもいませんでした」

翔太。優しい響きの名前だ。結衣は、二十年の時を経て、再会を果たした幼い頃の少年の名前を、初めて知った。

二人は、ぎこちなく自己紹介を交わした。翔太はこのパン屋を継ぎ、結衣は東京でパティシエをしていること。お互いの近況を話すうちに、時間はゆっくりと過ぎていった。

その日の夕方、結衣は翔太に、この町に来た理由を話した。昔食べた塩パンの味が忘れられず、もう一度食べたいと思ったこと。そして、新しいパン作りのインスピレーションを探していたこと。

翔太は、真剣な眼差しで結衣の話を聞き、言った。

「もしよかったら、明日、うちのパン作りを見ていきませんか?僕も、結衣さんのパティシエの仕事、少し興味があります」

結衣は、彼の言葉に胸が躍った。偶然の再会から始まった、不思議な縁。平行線のように、交わることのなかった二人の時間が、今、ゆっくりと動き始めた気がした。

潮風が、パン屋の扉を優しく揺らす。懐かしい香りに包まれながら、結衣は、この町で過ごすことになる、少し特別な時間を予感していた。

いかがでしたでしょうか? 物語の冒頭部分として、再会のシーンを中心に描写してみました。この後、結衣が町に滞在する中で、翔太や町の人々との交流を通して、過去の記憶を辿り、二人の関係が深まっていく様子を描いていくことができると思います。

「潮風と塩パンの記憶」第一章を読んでいただき、ありがとうございます。


この物語は、都会でパティシエとして働く主人公・結衣が、幼い頃の記憶を辿り、海辺の町で再会したパン職人の翔太との、時を超えた恋を描いた作品です。


第一章では、結衣が塩パンの味を求めて海辺の町を訪れ、翔太と再会するまでを描きました。幼い頃の淡い記憶、そして、再会によって動き出す二人の時間。潮風の香りと共に、物語の始まりを感じていただけたら幸いです。


この作品は、私自身の「忘れられない味」の記憶から生まれました。幼い頃に食べたパン、家族と訪れた海辺の町の風景。それらは、大人になった今でも、私の心の中に鮮やかに残っています。


物語を通して、読者の皆様にも、それぞれの「忘れられない記憶」を思い出していただけたら嬉しいです。そして、その記憶が、未来へと繋がる希望となることを願っています。


第二章以降では、結衣と翔太の関係がどのように深まっていくのか、そして、二人がどのような未来を選択するのかを描いていきます。海辺の町で暮らす人々との交流、そして、パンに込められた想い。物語の展開を、ぜひお楽しみください。


最後に、この作品を読んでくださった皆様に、心からの感謝を申し上げます。皆様の応援が、私の創作活動の励みとなります。

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