恋愛成就のタンスゲーム
「……500円で1回、ねぇ……」
猫カフェ「天下無双」の常連、布団系女子のシイは、店内の隅のソファに埋もれながら、鎮座するタンスをぼんやりと見つめた。
「恋愛成就のタンスゲーム~推し猫とマッチング♡~」と原色で書かれたポップが目に痛い。
無数の引き出しがついたアンティーク調のタンスは、良縁に恵まれる奇跡のタンスらしい。
それを店長の明智が、「猫による、猫のための、至高の娯楽!」と意味不明なテンションで、なぞの遊びと結びつけた。
1回500円で引き出しを開けると、中には猫のおやつやおもちゃなどが入っているーーいわゆるガチャだ。
客たちはつぎつぎと挑戦し、猫たちは歓喜の声をあげていた。
「……ふーん」
シイは無気力そうに目を細め、ふたたび布団(という名の愛用ブランケット)をかぶろうとしたその時。
目の前をふわりと横切る灰色の毛玉。
彼女の推し猫、ユキムラだ。
ノルウェージャンフォレストキャットという種で、グレーの背中に、ホワイトの腹は、ふさふさとした豊かな被毛でおおわれている。
湖のような碧い瞳はうるわしく、神が創りし最高傑作といっても過言ではない。
そんなうつくしい彼女は、天下無双のツンデレ枠だ。
基本的には塩対応で、シイが名前を呼んでも、無視はあたりまえ。
触ろうと指を伸ばせばそっぽを向いて、鼻を鳴らして去っていく。
しかし。
ごくまれに、しっぽを絡めてくるその瞬間、すべての課金が報われる。
シイは実に給料の8割を、ユキムラに捧げていた。
そんなユキムラが、タンスに飛び乗り、シイをじっと見下ろしている。
「……ユキムラが、私に引けと!?」
シイは覚醒した。
500円玉をとりだし、タンス上のユキムラを、拝んで涙ぐむ。
「推しが見てる。これは、神引きする予感……」
厳かに課金し、引き出しをえらんで取っ手をにぎる。
「ん?」
何かが引っかかっている。
角度を変えて揺すってみるが、なにかが詰まっているようだ。
「どうした、フトン」
ぬるりと現れたのは、店長の明智だ。
シイのことをフトンと呼ぶ男で、七三分けに銀縁メガネを光らせながら、今日は三毛猫の着ぐるみをきている。
三十路男のにゃんこコスプレは、誰得でもない。
シイは布団をかぶりなおし、目玉の消毒のため、視界をユキムラに転じた。
「……タンスがあかない」
「そんなフトンに見せたいものがある」
明智はモフモフの懐から、何かを取り出した。
「ユキムラ生写真5枚セットー限定Ver.ーだ」
「はぁああああ!?」
「1枚目。ユキムラが肉球をなめている」
「尊い!」
「2枚目。キャットタワーの上から見下ろすユキムラ」
「もっと私を蔑んで!」
「3枚目。無防備に寝転がるユキムラだ」
「R18! ごちそうさまです!」
「4枚目。ユキムラのしっぽが、ぶわりと広がった瞬間」
「ありがとうございますありがとうございます!」
「そして5枚目は――シークレットだ!」
「言い値で買おう」
「早まるな」
明智は着ぐるみの手でシイを制す。
むだに作りこまれた肉球に、シイはすこしだけ明智を見直す。
明智はもったいぶって、口をひらく。
「つまり――その引き出しには、これが入っている! ……かもしれない」
「それを早く言えええええ!!」
シイは渾身の力で引き出しをひっぱる。
周囲の客が引く中、ミシッと音がして、引き出しが動いた。
「ユキムラの写真――!?」
その瞬間、詰まっていたものがはじけ飛んだ。
粉だ。
大量の茶色い粉が、店中に舞い散っている。
どうみても写真ではないそれを、シイはぼうぜんと見つめた。
「にゃああああああああああああ!!」
猫たちが暴走し、店内を飛びまわる。
明智はバッと両腕を広げた。
「野性の本能の目覚め……これぞ、マタタビのおおいなる力!」
「コレジャナイ!」
大混乱の店内を尻目に、シイは「ユキムラ生写真!!」と叫びながら、さらなる500円玉を取り出した刹那。
ユキムラが、シイの胸に飛び乗った。
「にゃあ……♡」
「ユキムラあああああ!! デレた!! 公式にデレたあああああ!!」
とろけた瞳で、顔をこすりつけてくるユキムラに、シイの理性は完全に崩壊する。
「今日お持ち帰りしていいですか!! 尊すぎてムリ!! ユキムラは今日から私の嫁!!」
シイは布団でユキムラをくるみ、身をひるがえす。
「結婚しようね結婚しようね結婚しようね」
ぐへへとユキムラにせまると、彼女はうっとりと瞳を細めた。
「にゃあん♡」
「解釈違いいいいい!!」
シイは倒れた。
自らの布団の上に。
青い顔でブルブルとふるえながら、となりにころがるユキムラを見つめる。
「ユキムラは私を受け入れることなんてしない。冷たい視線、距離をとる仕草、触れようとすればスッとかわす絶妙な間合い……あの計算されたツンはただの不機嫌とはちがう。ユキムラのツンは、選ばれし者だけに与えられる試練なんだ!」
「おい、フトン。どうでもいいが、ユキムラを堂々と誘拐するな」
「あのツンに耐えた者だけがたどりつける奇跡……それがユキムラのデレ!!」
シイは飛び起きると、タンスをにらんだ。
「こんなタンス……ぶっ壊してやる!!」
「出禁にするぞ」
明智のことばに、シイのこぶしがぴたりと止まる。
「いいのか、フトン。金輪際、ユキムラに会えなくなっても」
「……ひきょうもの」
「まあただ――残りの引き出しがすべて売れれば、タンスは処分せざるを得ないなぁ」
シイの行動は速かった。
万札を明智の銀縁メガネのツルにねじこみ、すべての引き出しをあけまくる。
フェザーつきおもちゃ、ボール型の鈴、爪とぎマットにペーストタイプの猫おやつ――。
マタタビで大興奮の猫たちが、にゃんにゃ、にゃんにゃと飛びついてくる。
どこかで見たようなトリのぬいぐるみは、3匹の猫がとりあって、はずみでふきとび、スポット照明の真下にきれいに着地し、トリの降臨よろしく煌めいた。
そんな奇跡に目もくれず、シイは最後の引き出しをあけた。
「ユキムラ生写真ー限定Ver.ー……!」
そこには、どうみてもツンしかないユキムラの姿があった。
シイが愛した、本当のユキムラ。
涙で視界がにじむなか、シイは布団からユキムラをそっとおろした。
「おい、クソ店長」
「なんだフトン」
「約束通りタンスは処分しろ。こんなゲームは二度とするな」
「後半は俺の自由だな」
鼻で笑う明智を、シイはまっすぐ見つめ、スマホの画面をつきつける。
「Go●gleレビューに☆1で書きこむぞ」
「二度とやりません!!」
九十度のおじぎをするコスプレおっさんの頬を、シイは万札でぺちぺちたたく。
「覚えておけ。私が課金するのは、ツンが強すぎるユキムラだけだ」
ゴミを見る目で明智を見れば、なぜか彼が頬を染めた。
「し、シイ様……」
「は?」
「ああもっと! もっと叩いてください万札で!」
「き、気持ちが悪い、クソ変態!」
「ありがとうございます!」
涙をながして床にくずれおちる三十路コスプレおっさんに、耐えきれずにシイは逃げた。
布団をかぶって街中をかけぬけ、1DKのアパートに着くころには、もしかして万札の魅力に発狂したのかも、と冷静になった。
翌日、仕事帰りによった天下無双で、ユキムラから強すぎるツンをいただき、シイは歓喜しながら課金した。
その後、黒猫の着ぐるみを着た明智にプロポーズされ、Go●gleレビューに☆1で書きこみ、店がつぶれたらぜったいにユキムラを引き取ると固く決意する。
だとすれば、きっかけはあのタンス。恋愛成就のタンスというのも、あながち間違いではないのかもと、シイはユキムラとの蜜月の妄想をふくらませ、フトンをかぶってグヘヘとわらう。
シイと明智が結婚するまで、あと365日――。