第八話 男二人
「んだぁ?」
と野球部の彼はガンをつける。次の区画へ赴くと、丁度、左のドアから二人の男が出てきたところだった。かれらは、この異常な状況を整理するべく、お互いの部屋の変化を検分していたみたいだ。
「お前らは野球とジャージでいいな」
野球、というのは彼が野球部所属だからだろうか。彼の制服は半そでのパリっとしたもので、まるで無地のユニフォームに見えた。そして、ジャージ君は珍しいことに、名の通りジャージを着ている。でも、よくよく考えればそれが学校での彼の正装だから、この状況の中では変化に乏しいほうなのかもしれない。
「じゃあ、お前は作家だぜ」
鋭い。
「その通り。そう呼べ」
野球部の彼は、少し驚いたように目を見開いたが、まあいいか、といった具合に鼻を掻いた。そして、しばらくして、もう一人の男が口を開いた。
「しかし! 僕は部活の途中だったのだが、どうしてこんな場所にいる! 部活をサボしている現状がストレスでならない!」
「お前はもっと別のことを心配しろ」
と野球は、ジャージの彼にあきれたようにツッコミをいれた。
「さて、君たち! 君はなぜ、僕たちがここにいるか知ってるかい!」
「知るものか。おそらく誰も知らないだろう。もし知っている奴がいるなら挙手をしてくれ」
という、物書きの彼の呼びかけに、当然、誰も手を上げない。ヲタク君は手を上げたかに見えたけれど、それは単に伸びをしていただけのことであり、紛らわしいと作家君に叱られている。
「いやあ、身体の節々がゴリゴリしますなあ。おいらたちは一体、どれだけ眠っていたのでしょうか」
彼はサスペンダーの紐をなぞりながら、背をそらした。
「ところで君はなんて呼べばいいんだい! 太ってる君かい! 僕は失礼だから、そんな呼び方をしたくないが!」
「まあ、なんとでも読んでくださいな。ま、オイラはヲタクを推奨していますがねえ」
「そうなのかい! ならヲタク君でいこう。なら、広井さんはどう呼べばいいのかい! かまってちゃんかい! 僕はそんな風には呼びたくないぞ!」
「おい、そこらへんにしておけ、ジャージのお前。お前は俺たちの呼び方に合わせておけばいい。余談だが、そいつはヒロインを自称しているようだ」
「広井だからヒロイン。はは」
快活なジャージ君から、ものすごく乾いた笑いが出てきた。
「そろそろ次に移りましょう。最後の部屋ですわ」
と、豪奢な彼女は、あくびをした。
「最後は誰がいるだろうね」
僕は誰ともなく尋ねる。
「さあな」
僕たちは食堂の手前の区画、つまり最後の住空間への扉に手をかけた。