第七話 再開
扉を開く。次の区画だ。本当なら、ここでヲタク君が叫ぶのが様式美なのだけれど、ここは反則で僕が、あっ! と声を上げた。だって、そこには、
「ひ、広井さん?」
「大井君?」
彼女は訝しむような細めで僕を見る。やはり、彼女もここに来ていたのだった。
「おっ。お前、広井と知り合いだったのか」
作家は片眉を上げる。
「知り合いというほどではないけど。駅で一度、話したことあるくらいだよ」
「あれっ。そうだっけ?」
と、彼女は、その細い顎に人差し指を添え、首を傾げた。
僕はもう、その一言がショックすぎて、たたらを踏み、やがて壁に激突、後頭部を強打。それでも、心の痛みが勝っていて、頭の痛みは遅れて気が付いたくらいだ。う、嘘だ。彼女にとっての僕は、記憶の端にも残らない道端のつくしの存在だった。
「私、車通学なんだけど。もしかして、他の誰かと間違えてるんじゃないかな。あはは」
「覚えてないのかい。夏休み前、君のお父さんが入院しちゃって、それでさ、電車で通学することになったんだよね」
「へ? 今日って、夏休み二日前じゃないの?」
「わからない ………………。僕の最後の記憶は最後の日の登校。駅で君と電車を待つ場面だよ」
「ふーん。ま、いいか。いつか、思い出す。うん」
作家君が、そのやり取りを聞いてか、ぷっと噴き出した。にらみつけると、笑いをこらえるためか、無意味に反対の壁を見つめている。
さて、そんなかんやで、その後、いつも通り、広井さんへ聞き取りを終わらせる(窓や増えた物品についての取り調べさ)。やはりというべきか、彼女の部屋も窓が消え、所望した品々が現れていた。
「対面の部屋はいませんでしたの?」
お嬢は、広井に尋ねる。
「ううん。ノックしても返事はなかったから、いないと思う」
その部屋は、鍵がかかっていなかった。僕は、ぎぎぎ、と重厚な扉を開き、隙間から除くと、大きな水槽が部屋の一面を占めている異様な光景。部屋に不釣り合にそれはあるので、おそらく、この部屋の主が窓を犠牲に希望したものなのだろう。もっとも、窓と願いの因果関係は不明だけれど。
「ここは、不思議さんの部屋なのではないでしょうか」
お嬢は推察する。
「嗚呼、不思議の部屋か。やつなら、やりそうだ」
「えっ? なんで、あの子のこと、不思議さんって呼ぶの? いつも、本名で読んでるじゃん」
と、広井さんは作家君に疑問を投げる。そういえば、彼女に、この場所でのルールを伝え忘れていた。そう、ここでは便宜上、通称で呼び合うことに決めたのだ。
「便宜上の問題ですぞ。広井氏。おいらはヲタクと呼んでくだせい」
「へー。じゃあ、私は広井だから、ヒロインで。あはは」
「自分で言うな。お前のことを、これから馬鹿と呼ぶことにする」
作家は宣言する。
しかし困ったな。なんて呼ぼうか。広井さんは確かにかわいいのだけど、ヒロインというのはしっくりこない。けばけばしてなくて、なんかもっとこう、折り鶴みたいな、美しさなのだ。うーむ、僕は、広井さんは、広井さんと呼ぶことにしようと思う。それ以外、あり得ない。