第四話 記憶
「わたくし、気づいたら寝ていました。自宅で勉強に励んでいたのですが。深夜のことでした。てっきり、お勉強中に眠ってしまったとばかり。水を飲みに、廊下に出てみて吃驚」
「そう、なんだ。僕は朝の駅で電車を待っているのが最後の記憶かな。駅で広井さんと話してて、それで電車が来たんだ。それからは、」
それからの記憶は、グラデーションのように、しかし、すとんと切り落とされている。あの後、なにか重大なことでもあったのだろうか。
「なら、広井の方も、貴方と同じく、ここに転送されているかもしれませんね」
「そうかもしれない」
広井の方、という言い回し、このご令嬢は、広井さんと親しいのだろうか。知らなかった。転校生である僕にとって、不透明な人のつながり。
「あっ、この扉って君の部屋だよね。なにか、部屋に変化はなかったかい。例えば君の欲しいものが増えたり、もしくは、窓がなくなっていたりしなかったかい」
「前者は、判りかねます。もしかしたら、わたくしのあずかり知らないところで小さな変化があったのかもしれませんが。そもそも第一に、欲しいものなどないのです」
しかしそれは、彼女は我欲がないことを意味するのではなく、すでに持っているという意味だろう。もちろん、金で解決されない問題もあるけどね。まあとにかく、変化のしようがなかったと。
「後者は、その通りでございます。窓があるべき場所は、クローゼットになっていました。そこに、この制服があったのです。とりあえず、今が何日かわからないので、登校に備えて制服を選びました」
「普通の制服はなかったのかい」
「ありました。ですが、こちらの方が好みなので」
まあ、確かに似合ってはいるけれど。それに、ぱっと見、見分けがつかないしね。あくまで装飾は、プラスアルファなのだ。
「部屋、見せてくれるかな」
「なぜ? いやでございます」
もっともな答えが返ってくる。そりゃあそうか。どこの馬の骨かもわからない転校生がいきなり自室を見せろだなんて。状況の把握のために調査をしたいところだけど、無理強いは出来ない。
「対面の部屋は誰もいないのかい」
小さく区切られた車両一列分の廊下、両側に扉があり、片方は彼女の自室へつながっている。電車の連結部にあたるところに、次の廊下への扉が付いているが、ということは自分の部屋は角部屋らしい。
「いないようです」
「僕の方もそうだった」
対面がいない、というのが、このホテルの決まりらしい。
「食堂に向かいましょう。機械の方によると、昨日にお目覚めなさったお方がいるそうです。なんでも、シャンデリアで遊んでいる愉快な人物だそうで」
「食堂があるのかい」