第二話 目覚め
長いことぼうっとしていた。頭痛には、そんな余韻が含まれている。なぜ? 僕は駅にいたはずだ。急に、ここはどこなんだ。ベッドに寝かされていることは確かだった。
保健室なのかな。
意識の断絶が失神を意味するなら、僕は熱中症で、今は保健室なのかな。広井さんとの会話、それは夏休み直前で、駅のホームだった。ならば、終業式の最中で、そして、ここは保健室なのかな。
?????
がばりと上体を起こす。いつまでも、布団の中に引きこもっているわけにはいかない。見渡すと、そこは予測とは違って、保健室なんかではなかった。視界に、まるで見知った風景が広がっている。ならば、全て夢?
確かに、ここは自室だ。なのになんだろう、この妙な圧迫感覚。きちんと観察してみると、この部屋は自分の記憶と多少の差異があった。
まず、自分の机に新型のパソコンはなかった。それは、どうしても欲しかったのだが、校則で禁止されているために、買えないでいたのだ。
そして、ウォーターサーバーはなかった。これだって、勉強中に台所まで行くのが面倒だから、所望していた代物である。
部屋の隅の観葉植物。栽培が難しく、未だに一万円を超える高級品だ。観葉植物の頭上には室内でも栽培できるように、照明が輝いていた。
どれも欲しかったものばかり。変な胸騒ぎがした。それは、まるで入院した時、高価なものを買ってもらったみたいな、喜びと、悲しみと、むなしさと、申し訳なさが入り混じった感情。しかし、不思議なのは、これらの品々は誰にも欲しいと言ったことがない、ということだ。
ただ、この差異が例の圧迫感を引き起こしているわけではないらしい。
原因を探していると、机上の写真立てに気が付いた。写真の中のぼくは、新しい高校(つまり今の高校だ)に身を包み笑っている。問題はこんな写真を撮った覚えがない、ということだ。そもそも、制服なんて未だ届いていなくて、旧学校の制服で登校しているというのに。不気味だ。ただ、息苦しさの正体ではないようだった。
写真立ての奥、卓上時計が背を向けているのに下線が引かれた。僕は勉強をするとき、時間を見ないようにしているので、反対になっているのは珍しくない。ただ、昏睡してからどれくらい経過したのか気になったのだ。今は朝なのか昼なのか、はたまた夜なのか。
そして、目覚まし時計の文字盤を確認すると午後3時だった。げっ、終業式真っ最中。そんなことは実際どうでもよくて、となると最後の記憶が十時だから、五時間も昏睡していた計算になる。
?
文字盤を眺めていると、吸い込まれるような浮遊感が止まない。はて、どうして朝か夜かを確認するのに、僕は時計を選んだ。それで、文字盤からなかなか目が離れなかった。あっ、と思わず声を上げる。僕は気が付いてしまった。
この部屋には窓がない。
ないのである。窓があるべき場所、勉強机の正面は綺麗のっぺりしていた。窓があった場所、窓がない、ない。だから昼夜が不明だったのだ。でも、なぜ。
自然光が入らない室内は照明のみが光源で、やや薄暗い。それに自然光の柔らかな輝きが失われているから、万物の輪郭が硬質で威張って見える。
愕然と眺めていると勉強机の上、短く起動音がして PC がひとりでに立ち上がった。僕の目線は当然、そちらにくぎ付けになる。画面には文字が浮かび上がる。
「随分と早くお目覚めのようだね_」