第十話 食堂
なんて、豪華絢爛な食堂なのだろう。
戸を開くと、縦に開放された広々とした空間が姿を現して、眩暈がしそうだった。細長い寮棟の先端は、この八角形の食堂に接続されている。食堂と聞いて、僕は学校式を予感していたから、この豪奢さに仰天する。まさに、贅沢を極めた中世の貴族の食卓!
ここには、一足先に起きていたクラスメイトが二人いて、深刻な顔つきで、斜め頭上を見上げていた。
「稲崎さん」
僕は、じっと理知的な顔で天井を観察する彼女に声をかける。背の高い彼女は、対照的な不思議さんの小さい両肩へ、手を添えていた。そして、その彼女もやはり、いや、不思議さんには相応しくない冷静さで、同じ方向を、仰いでいた。
よくよく耳を澄ますと、僕以外の全員が息をひそめていた。そう、沈黙が聞こえるほどにね。
なにか、尋常じゃない雰囲気を感じて、目線を上へ上げる。
この贅沢な八角形の裏側。豪華な深紅の壁、チェックの模様、教科書で見たことのある絵画、蝶々のはく製。そして、天井は白くレースのような柄が描かれていて、くらくらするほどに高い天井。そして、手のい届かないほどの高さに、シャンデリアがつるされている。
「え」
静かに異常は吊るされていた。背後にいるヲタク君が、床にうずくまる。
「ひいいいいいいいい!」
「落ち着け!」
作家君の一喝も、彼には届かない。その死体の登場はあまりにも唐突だった。
この角度では首吊り縄が見えないために、浮遊しているように見える。少女の頭上には、シャンデリアの光輪がぎんぎらと輝いていて、それがなんだか、死というものの凄まじさを象徴している。
僕は悲鳴を上げなかった。死んだ、何者かもわからない彼女のための感情をまだ見つけられていないから。だけど、ヲタク君、彼の悲鳴で、僕たちが今、どれだけひどい現場にいるのか理解できる。彼が代理で恐怖や悲しみを発散してくれるから、かろうじて僕は、理性の針が飛びそうなほどの悲しみや恐怖に関して、こうも客観的でいられるのかもしれない。
「これって、首吊りか。まじかよ」
「いや、野球君! あれを見ればそうではないことは一目瞭然だ!」
ジャージの彼の指先は、車いすへ向けられていた。死んだ彼女のものだ。だって、彼女には足がないからさ。ほぼ付け根から。先天的か後天的かはわからない。
「なるほど、いい推理だ。車いすの少女が首吊り自殺などできるはずがない」
作家君は細い顎に一指し指をあてた。琥珀色のサングラスに鋭い目がうっすらと透けていた。
「推理って! ふざけてるの。人が死んでるんだよ」
「広井、だからどうした。お前の非難はめちゃくちゃだ。前後が繋がっていない」
「だって!」
「今は状況整理が大切じゃないかしら」
令嬢が広井さんを後ろからそっと抱きすくめる。すると、猫だましをされたハムスターのように、彼女は体を硬直させた。過呼吸気味の呼吸が収まるまでは、そうされるがままに決めた、というう風に見えた。
「車いすじゃなくても、この高さは難しいんじゃないかな」
と僕の意見。だって、天井まで5メートルはある。仮に車いすでなくても、この死は不可解だ。これは自殺なのか、それとも他殺なのか、事故という線もあるが。
その時、甲高い怪鳥の悲鳴がとどろいた。