第九話 最後の部屋
最後の区画に映る。ぞろぞろと、十人近い人間がホテルの廊下に流入すると、この場所も少し、狭く感じた。でも、最初の得体のしれない閉塞感はもうないけどね。
さて、地図によると、この区画の右側の部屋は、どうやら倉庫になっているらしい。そして、その中を覗くと、工具や非常食、消火器、懐中電灯などが整然と並べられている。なかには、携帯式の酸素ボンベなど、? となるような品もあった。酸素ボンベ、この建物の中には池があるのだろうか。
「部屋、鍵空いてるみたい」
広井さんが云う通り、倉庫の向かいの部屋は、扉が半開きになっていた。
「おい、凡人。中はどうなってる」
と、物書きが急かすように尋ねた。
「なにも、ない」
殺風景。僕が足を踏み入れたことを皮切りに、皆も部屋に散らばっていく。コンクリートの床、中央に机が一つあって、机が一枚伏せられていた。野球君が、拾い上げる。
「おい、転校生。お前宛てだ。結構、モテるんだな」
「へっ、僕かい」
「嘘をつく必要もない」
誰からだろう。手紙を裏返して差出人の名前を探すが、どこにもない。あるのは、宛先だけだ。
「僕に向けられた手紙」
「読んでみろ」
作家君の命令。
「やだよ。だって」
「やっぱり、ラブレターでしょ」
広井さんはいじめるような口調で云った。ハート柄の便せんだから、そう思ったのだろう。僕だって、そう思う。
「おい、皆の衆! 彼が手紙を読んでも決して笑ってはいけないぞ! それは、僕が絶対に許さない。さあ、転校生君! これで読みやすいだろう!」
ジャージ君の掛け声で、部屋は静まり返る。しかし、厳粛な空気とは裏腹に、好奇の渦が巻いていた。
「いや、読まないけど」
「っち。なんだよ、面白くねえ」
野球君は落胆する。別に、僕は道化じゃないさ。さて、この手紙は後でこっそり読みことにしよう。しかし、それでは納得してくれない周り。どう話をつけようか迷っていると、
「まあいい。そんなどうでもいいことよりも、食堂へ向かうぞ。なんたって、一日前に起きていたやつがいるらしいからな。俺の読みでは、そいつが事情を知っている」
と、作家君が助け舟を出してくれた。
さて、寮を抜けると、やや幅の広い空間に出た。ここが、食堂と寮の間に位置するお手洗いの区画。右側が男、左側が女。トイレの前には、蛇口が三つ並ぶ流し場があり、外観は学校のそれそのものだ。床もつるつるとしたクリーム色のリノリウムである。
「うむ。いつもの光景! 学校にいるみたいで心が落ち着くよ!」
「むしろ不安になります。学校のお手洗いをどうやって、そのまま持ってきたのでしょう」
金持ちのお嬢さんはいった。
「いいや、これはレプリカだ」
「作家君、これ見て。私が彫った傷がある」
広井さんが指さす先には、壁のタイルに微かに広井、という文字が。
「くだらんことを。しかし、確かにここまで再現しているとなると、レプリカというよりも、法外な存在が学校のトイレをそのまま持ってきたのかもしれないな。俺たちを拉致した奴は一体、どんな人間だ?」
作家君は、そのシュッとした顎に指を添えた。
「拉致かー。大井君、なんだかドキドキしてきたね」
「うん? そうだね」
もうここには用はないだろう。そろそろ行こう。
この区画の終わり、食堂への扉。門楣に時計が下げられていて、長針は三時半であることを示していた。そして両開きの戸。体育館の入口そっくりだ。さて、この奥にいる人物は、僕達の現状を、少なくとも僕等より把握しているはず。きっと、その人は、僕らを出口へ導いてくれるはず。そんな淡い期待を抱きながら、食堂への戸をがらがらと引いた。