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烏天狗と飛べない少女  作者: 大和詩依
6月ー水無月ー
8/9

第八話 彼女の日常

 良子の朝は母親と共に三人分の朝食を作るところから始まる。味噌汁は出汁からとって、冷凍食品の利用、昨晩のおかずの残りを出すことは許されない。


 その一方で、母と良子は朝ごはんの代わりに昨日の残りを食べている。冷えてはいるがちゃんとしたご飯だから、あまり不満はない。


 作った朝ごはんは、祖母や父親にとって味が濃ければ容赦無く捨てられるし、ひどい時はまだ熱い味噌汁を顔目掛けてかけられる時もある。


 朝8時、支度を終えて通学。ホームルームまでの時間を予習・復習をしながらまつ。


 夕方5時帰宅。この際、門限を越えることは許されない。ただし、学校の委員会などがあれば例外ではあるが、部活への加入は許可されていない。


 夕方6時父帰宅。母と共に玄関で出迎え荷物や上着を預かる。この時点までに良子は風呂を洗ってわかし、母は夕ご飯の支度を済ましておかなければならない。


 帰宅後何をするかは父の気分次第である。間に合わなかった場合は何をされるか分からない。


 松雪家は夕ご飯もお風呂も全て父親と祖父母の後である。例えば、ご飯ならば父と祖父母が食べる後ろで母と良子は待機し、おかわりに備える。


 他の家のものが聞いたら鼻で笑うか憐れむだろう。お前たちはいつの時代の家族なのだと。


 でもこの惨状はクラスメイトにはまだ知られていない。母がこき使われていることは知られていてもこれは知られていないのだ。


 だから、通学さえしてしまえば良子は現代的な家庭の子供です、というふりができる。学校にいるときだけでも、役割だらけのあの家からは解放されるのだ。


 たとえ学校で陰口を叩かれようとも、遠巻きに見られようとも。息苦しさは変わらないが、緊張感が違うのだ。


 今日も無事にあの家を一時的にだが脱出することができた。自分の席についていつものようにノートと教科書を出して勉強を始める。今日は日本史の復習だ。


 二、三ページノートを埋めたところで烏丸がた、登校してきた。


「おはよう松雪さん。今日も勉強? 真面目だねー」


「おはよう。この時間しか勉強する時間がないのよ」


「随分と窮屈そうだね。飛びたい?」


「飛ばないわ。あなたやけに私に飛ぶことをお勧めしてくるけど、そんなに屋上から飛んで欲しいの?」


 良子にとって飛ぶのは最終手段、つまり自殺である。烏丸が言う飛ぶはきっと違う意味だろうとわかっているから、ちょっと意地悪なつもりで言ってみた。


「屋上から飛ぶ? どうして。飛ぶ場所だって決められるだろう。あ、まさか。違う違うそうじゃないよ。君に自分を殺すかどうか聞いてるんじゃない。自由になりたいか聞いているんだよ」


 烏丸は自殺を強要、しかも今日ご飯行く? くらいの軽さで勧めていたのと勘違いされたのだと思って必死に弁解した。


「ふふふ。冗談よわかっているわ。からかってみただけ。どう、驚いた?」


「ああ。驚いたさ。ジメジメした季節だけどさらに汗ばむくらいにはね」


 季節は夏の始まり。水無月。つまり6月である。


 烏丸は正直相当焦った。死んで欲しいなんてこの世に存在するどんな小さな物質ほども思っていないのだから。


 でも烏丸的には騙されたとしても成功だ。あんなに自分に遠慮をしていた良子が自分に冗談を言うまでになっているのだから。


(どこまで懐いてくれるか)


 警戒心のある人間と仲良くなるのは難しい。ちょっとしたことで消えかけていた警戒心が再び現れるのは簡単だ。だから警戒心を持っている人間に一方的に好意を抱いていて仲良くなりたいのならば地雷を踏まないように、だけど近づいていかなければならない。


 烏丸はその作業を繰り返して今ここまで心を開いてもらうことができたのだ。


(まだ足りない)


 まだ体の至る所に存在するあざの原因は教えてもらったが、助けて欲しいとは一度も言われなかった。助けを求めては貰えていないということだ。


(まだ俺じゃ助けられない)


 烏丸天は松雪良子を助けたいのだ。

読んでいただき、ありがとうございました!

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