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烏天狗と飛べない少女  作者: 大和詩依
5月ー皐月ー
4/9

第四話 いつもと同じ時間割、いつもと同じ下校のチャイム……なのに

「おーはよ、松雪さん」


 机に何冊も本を広げてノートにまとめていた良子は顔を上げた。


「おはよう。烏丸くん」


「何やってるの」


「予習と復習よ。家じゃできないから、早く来てるこの時間しか空いてないの。父は女は学がなくていい。そんなことをしている暇があったら家事をしろって人なの。昔の人よね、考え方が」


「俺がいうのもなんだけどさ、そんな家でてっちまえばいいんじゃないかな。ほら、あと2年もすれば大学受験がある。それに乗じて都会に行くんだ」


「無理よ。私、学校卒業したら結婚して家に入るの。もう時期婚約者との顔合わせもあるわ」


「俺さー真面目にその顔合わせぶち壊したいんだけど」


「ふふっ私だってぶち壊してほしいわ。でもそんなことしたら、自分の思い通りにならなかった父がどうなっちゃうのか怖すぎてできないわ」


 本当にこの子は親の駒として生きているのだと会話を重ねれば重ねるほどわかる。従順すぎるのだ。烏丸はそう思った。


 これくらいの年頃にもなれば人間は親に反抗をすると烏丸は聞いたことがあった。でも松雪良子からは、反抗のはの字も見受けられない。


 この親子の関係性はきっと健全なものではないのだろう。


「そっか、じゃあ壊すのはやめにしよう」


「あら、冗談だったんじゃないの?」


「本気さ。松雪さんが嫌でどうしても逃げたいっていうなら俺は強硬手段も辞さないよ。なんでかはまだ言えないけど飛んで逃がしてあげる」


「ふふ、冗談にしては随分気合が入ってらっしゃるのね、あ、ほらチャイムの時間よ。席につかなきゃ」


 烏丸は急いで自分の机に戻りながら良子に叫んだ。


「そうだ、今日も放課後一緒に帰ろ!」


「ええ、もちろん」


○○○

 放課後になるまで随分とかかったなと良子は思った。いつもと同じ時間割、いつもと同じ下校のチャイム。なのに時の感じ方だけが随分と長かったような気がした。


「松雪さーん」


「烏丸くん。準備終わったのね」


「うん。待たせちゃってごめんね」


「そんなに待ってないから大丈夫よ」


「いつもの裏山行ってから帰らない?」


 そう言って烏丸は手を差し出す。あの日から今日まで何十回も差し出されてきた手。でもそれを取る勇気がなくて未だ一度も握り返したことはない。


「ごめんなさい。裏山に行くのはいいんだけど、手を繋ぐのはちょっと」


「おっと、距離を詰めすぎたかな。じゃあこのままいこうか」


 本当は差し出された手を握り返してみたい。筋肉質でごつごつしたその手は男の子の手で、少し恥ずかしいけれど、握り返したら喜んでくれるだろうか。


 笑顔も誘いも冗談も、いつももらってばかりだから、何かしら少しは返せたらと良子は思っている。


 でも、今日も結局手を繋がず裏山に行って、時間の許す限りおしゃべりをした。それはそれで良子は楽しいが、烏丸君はどうなのだろうと良子の中に遠慮の気持ちが生まれてきた。


「ねえ、烏丸くん。私なんかと話していて楽しい?」


「楽しいよ。だって一目惚れした女の子と話せるなんてちょーハッピーじゃないか」


「ひ、ひとめぼれ?! 私のどこにそんな要素が?!」


 予想外の単語に、思わず目を見開いて烏丸の顔の方に向いた。


「これ以上は今日は教えないよ。さ、そろそろ時間だ。校門まで送るよ」


 結局一目惚れの話は有耶無耶にされてしまった。万が一本当に惚れたとしてもあんなにめんどくさい親族が沢山いることは周知の事実なのになんでなのか、そもそもこれもお得意の冗談じゃないのかと、本当にわからなくて良子は校門までずっと頭の中は混乱していた


 それでも、まるでその中にずっとあったかのように脳内に居座る情報が一つだけあった。


「烏丸くんの瞳、初めてちゃんと見たかも」


 それは雲ひとつない快晴な空を、そのまま映し取ったような爽やかな蒼を持った瞳だった。


「綺麗だったなぁ」

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