グリモア決算(済)とドロシーダンス。
『・・・完成は3週間後です。まだ何もない場所ですがみなさん、よかったらここに来てください。おねがいします・・・!』
「・・・ふふふふ」
『・・・完成は・・・』
ドロシーはグリモアを見ながらとても満足そうにふふふと笑います。彼女はもう一度、セイムが深々とおじぎをするところまでまき戻して、また、しばらくすると、ふふふと満足そうに笑いました。それが、今日の朝から、何度も何度も繰り返されています。たくさんいた記者たちの誰かが、セイムの動画をグリモアにのせたのです。
セイムはと言いますと、焼けのこった木を懸命に、それぞれの形にととのえている真っ最中でした。くろこげになった皮をむいたりけずったり、とにかく、これは道具をふりまわす危ない作業ですのでドロシーから少しはなれた所にいます。いま彼がつくっているパーツはシップの底にあたる部分です。削っても削っても、木のとげとげが飛びだしてしまう箇所をながめてセイムは気むずかしそうに、まゆ毛を少しだけ曲げました。
「・・・ここは。・・・どうすればいんだろう・・・」
なにせ、すべてが一度もやったことのないはじめての作業ですので、思うとおりうまく行かないときには、彼は、すぐにドロシーを頼ります。
「ドロシー。ちょっといいですか?」
ドロシーは、待ってましたと言わんばかりに片手をあげて元気にはーい。と返事をします。その様子は、とても元気そうです。
大人たちが帰ってからすぐに、二人はばったりと酒場の床で眠ってしまいました。それが、きのうのことです。
それから二人はたっぷり眠って、それぞれの街や村から取り寄せた道具たちが、誰かの手によって酒場の前に運ばれて、どさりと音を立てたのでセイムなどは慌てて飛び起きました。届けられましたのは、使い古された革の手袋、ノコギリ、木づち、のみ、かんな、紙のやすり、まっすぐな定規、それからちょうななどです。気のきいたことに、泥炭を固めたえんぴつまでありました。これらの道具は、今時、がんこな職人ですら使いたがらない様な、言うなれば時代遅れの不便な道具になりつつありましたので、価格はなんと。ただ同然でした。取り寄せた本人たちが疑問に思うほどのわずかな対価をグリモアの清算ページに一枚一枚ていねいに落として、晴れてこれらはしょうしんしょうめい、この村の所有物となったのでした。それが、今日の朝のことです。
「さっきの動画をもう一度見せてください」
はじめてのグリモア決算を経験し、すっかり通信料のことなどあたまから抜け落ちていたセイムは、おでこにかいた汗を片手でぬぐってそう言いました。とても気のきくドロシーは、グリモアをさっそくぺらぺらめくりまして、開いたページをセイムに見せつけるように駆けてきます。
「はい。セイムー!」
セイムは、ドロシーがこちらに来るまでのほんのわずかな間でも作業を進めます。彼は、木材の上につもった木くずを払い落として、その表面を皮の手袋で軽くこすりました。すると木は、一部を除いてつやつやと光ります。これは、床を磨いたときの感じによく似ていました。それに負けないくらい、両目をかがやかせてドロシーがやってきます。
「はいセイム!」
「ありがとうございます」
セイムの目がグリモアに向けられるまでの、ほんのすこしの間に、ドロシーはんもーと言いました。続けて、誇らしげに付け加えます。
「見たかったら、いつでもやってあげるのにッ!ほら!・・・ほら!ねッ?セイム!」
そう言いながら、ドロシーはいつかの奇妙なおどりをおどりはじめました。しかしなぜでしょう、開かれたグリモアのページにも同じおどりをおどるプレイヤーの姿がうつっています。セイムにそれを見せつけて、彼女はとても満足げです。
「もしかしたら私アイドルになれるかもッ!」
セイムの前ですから、ドロシーは安心してそんなことまで言ってしまいます。
実は、きのう彼女が披露しました独特のおどりは、それを見たプレイヤー達、とくに若者たちの間でまたたく間に人気となり、その人気ぶりときましたら、いろいろな音楽に合わせてそのおどりをおどる行為にはやくもドロシーダンスという通り名までもが付いてしまうほどでした。これにつきましては、世の中、ところ変われど、つくづく不思議で、つくづくおかしなものです。
すでに知っていたこととはいえ、セイムは少しだけ呆れて、それから少しだけ笑ってしまいます。彼は同時に少しだけ誇らしくもありました。
「ちがいますよドロシー。表面の仕上げのやり方の続きです」
ドロシーは信じられないといった様子できれいな瞳を開いて、えー!と大きな声を出してしまいます。ですが、すぐに、グリモアのページをめくり、セイムの望んだ動画を再生してくれました。
『木材の表面加工は・・・』
「音量をもう少し上げてください」
「はーい」
『もし木がささくれているようでしたらこれ・・・木くずですね。出来るだけ細かいものにしてください。これとのりムシ混ぜたものを表面に塗って、このように、馴染ませていきます・・・結構厚めに塗っても大丈夫です・・・はい。こんなかんじですね。あとは乾くまで待って、表面をやすっていきまーす』
「なるほど・・・!」
まさに、文明の利器。百聞は一見にしかずです。すべてが慣れない作業ではありましたが、大変気のきくドロシーの協力もあり、この日だけでジャージー型浮きシップは、全体のパーツのおよそ1割ほどを完成させるまでにいたりました。夕ぐれを前に、酒場へと戻ろうとする二人の気分も当然晴れやかなものとなりました。
その夜、セイムは、ベッドに入ると枕元に置いておいたグリモアのページを音を立てないようにそっと手に取って、まん丸の月の光にあててしばらく眺めていました。やがて、ぐったりとした疲れと一緒に眠気がやってきますと、それを大事そうに胸に抱えてぐっすりと眠りました。
次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、シップの作成は順調にすすんでいきます。途中で、あれだけ集めたのりムシが早速底をついてしまい、彼はまた、3回ほどドロシーに助けられますが、バケツとハチミツを利用した言うなれば自動のりムシ捕獲トラップなるものを発明し、それ以降はそのような危険にさらされることも無くなると同時に、深刻なのりムシ不足に悩まされることも無くなりました。おいしいのりムシが食べ放題となり、ドロシーも大変喜びました。その、一方で。ここから離れた教会都市にて、なにやら不吉な出来事が起ころうとしております。ご覧の通り、二人の和気あいあいとした日常もとてもとても素晴らしいものではありますが、そろそろもう一人の主人公である、プレイヤーの少女ジゼルのお話もしなければならないころあいです。ここから先の物語は、少しだけですが残酷かつ恐ろしくなることをあらかじめ皆さまにお伝えしておきます。もし、具合が悪くなったり、気分が悪くなってしまった方は遠慮なく耳を塞いでいただけますとわたくしとしても幸いです。
それでは、改めまして。
~教会都市・中央大聖堂~
グリモア決算・まず、グリモアの仕組として。SWEの世界では特定の条件下にて情報が物質化される現象、通称サモンがある。これらは、未だに多くの謎を含んだ現象であり、原生生物の中にはこの現象を通じてしか現れないものも数多く存在している。それらの多くは、それぞれが特殊な体組織や習性や性質を持つ。ゲームなどで言う所の中ボスやボスとしての位置づけであり、一般的な原生生物とは比較にならない強さを持つ上に、無条件でプレイヤー達と敵対する。なかでも、特に強力なものは時間湧きと呼ばれ、体内に高純度のエネルギー体を抱えていることが多く、これが一般的なエレメントコアである。また、プレイヤーたちの中には、このような現象を自力で引き起こす事の出来る者もおり、それぞれが召喚士のクラス、サモンの能力と呼ばれる。グリモアは、サモンの能力を持つプレイヤーたちを筆頭にその他多くのプレイヤー達のウィリを複合的に再現する事によって誕生した神聖教会の持つ化学力の粋である。情報から実体を生み出すサモンとは逆に、実態を情報に変換する行為は逆サモンと呼ばれ、グリモア決算に使われている技術は、この逆サモンと呼ばれる現象を活用したもの。
ドロシーダンス・奇妙な踊り。