約束。
きのうに引き続き快晴の空を、あるものがふわふわと飛んでいます。遠くにいるので一見するとわかりにくいですが、その大きさは、セイムたちの酒場ほどにもなります。あれはドミニオン、教会の一員である技術者たちが造り上げた、力持ちの機械人形です。それぞれにプレイヤーが入って操縦し、その背なかには大きくてきれいな白い羽がぱたぱたと動いています。言うまでもなくこれは飾りです。この日はさらに、それら羽に加えましておのおのが、水。と書かれた大きなタンクを背負っていました。人形、と、言いましても、あくまで作業用ですので、手足などは短く、指はその全てが親指であるかのように太く、全体的にずんぐりむっくりとした愛らしい姿をしています。
夜通し行われた消火作業がひと段落したのでしょうか、いま、ちょうど最後の一体が、両方の手足をぶらんと空中に投げ出して、ゆっくりと、本日のパトロールへと戻っていきました。その姿はぱっと見、疲れているかのように見えるかも知れませんがどうかご安心ください。彼らは皆、そうやって飛ぶのです。
「ふぅん・・・のりムシをねぇ・・・」
足元のバケツに目をやって、その場にい合わせた大人が、どこか不機嫌そうに言いました。
「はい。本当にすみませんでした」
セイムは下を向いたまま、そう告げます。その人はと言いますと、今回の火事を何とかするために、都市から急いで駆け付けた教会騎士団の一員でした。彼は寝不足で両方の目を真っ赤にして、撫でたら指が引っ掛かるくらいにひげも伸びています。おまけにその顔は、すすで真っ黒になっていました。セイムはとても申し訳ない気持ちでいっぱいで、そんな男の顔を直接見る事がなかなかできずにいました。引き続き彼は下を見つづけます。
「分団長!ドミニオン・ブライトから報告です。消火作業おおむね完了しました!」
また別の、少し若い団員がやってきて姿勢を整えてそう報告します。彼の顔も真っ黒です。前を向いたまま分団長が答えます。
「うむ。ご苦労。お前らはもう帰っていいぞ」
「はい!お疲れさまでした!」
若い団員は、きびきびと動いて、ほかの仲間たちと共に、消火作業に特化した浮きシップに乗り込みます。独特の浮遊音が森だった場所に響きますが、セイムときたら、大好きな浮きシップが目の前にあると言うのにまだ下を向いて、あいもかわらず、ものが燃えた時のすっぱいにおいを嗅いでおりました。彼は、自分には見る資格が無い。そう思ったのです。
一方で、分団長と呼ばれるこのプレイヤーは、現実世界にセイムと同じくらいの年頃の子供がおりましたので。セイムのことがどうにも放ってはおけずに、だからと言って、いまの彼になんと言葉をかけていいものかもわからず、人知れず頭を悩ませておりました。
彼は、灰まみれの頭をぼりぼりとかいて、とりあえず、セイムの肩にもういっぽうの手を乗せます。
「まぁ、タイミングが少しな・・・。とにかく、ここがゲームの世界でよかったな。今度からは気を付けろよ」
セイムはまた、小さくはい。と返事をしました。男は、今度はセイムにもはっきり聞こえるくらい大きなため息をひとつ漏らします。ゲームの世界だから。そういった、男の悪いくせがこの時も出てしまいました。
「なあ。なにひとつ無事だったんだからすこしは元気を出せ」
自分の仕事に何か一つでも引っかかるものがあるとなかなか寝付けない性格を引きずったままの男は、そんな勝手なことを言いました。次に、ひげが飛び出た顎をドロシーのいる方へと向けます。
「お前も、少しはあの子を見習え」
焼かれた後、ひどい大雨に打たれてしまったかのように、どんよりとしたセイムたちのまわりとは一変して。ドロシーがいる方はと言いますと、それはそれは大変にぎやかです。
辺境の火事の何が面白いのか。とにかく、ドロシーはたくさんの記者に囲まれている最中です。
ドロシーは、酒場の入り口にある小さな段差の上に乗って、浴びせられるたくさんの質問に答えたり、時々、いつものように明るく笑ったり、あげくの果てにはカメラのシャッターに応じてポーズまで決めてしまいます。同じように、一晩中大人達からこってり絞られていたはずのセイムとはたいへんな違いです。
「分団長。そろそろ・・・」
また、別の団員がきびきびやってきてそう言います。男は一言、おう。と答えて。もう一度、セイムの肩に手を乗せました。彼はまた、若者を不安にさせるため息を一つついて言いました。
「あの子が言ってたな・・・ジャージーを作るんだろ?がんばれよ」
セイムは、さきほどよりもほんの少しだけ大きくはいと答えました。そんな彼をドロシーが呼びます。
「あ!セイムー!セイムー!偉い人のお話終ったー?よかったねーッ!!お店が無事でっ!」
ドロシーに言われて、セイムははっとします。それから、ほんの少しだけですが、元気になりました。彼女の言う通り。酒場はすこし焦げてしまいましたが、中は相変らずピカピカです。すっぱいにおいがしみついて、それに耐えられるかどうかは別として、干したままのドロシーの毛布でさえ無事でした。そのことに気がついたとき。思わず、セイムの体が一歩前に飛び出てしまいます。
「あの・・・!」
まっくろにすすけた大人たちは、一瞬だけ足を止めます。それからすぐにセイムが言いました。
「ありがとうございました。・・・その。シップの完成は3週間後の予定なんです。シップと言っても、模型なんですけれど・・・その・・・よかったら、また来て下さい。絶対に、完成させますから・・・!」
セイムがそう言い終えると、黒い顔にうれしそうな色を浮かべて、彼らは素早い動きでシップへと次々に乗り込みます。分団長はと言いますと、短く、おう。とだけ答えました。
やがて、どっしりと地面によこたわっていたシップはゆっくりと浮かび上がり、どこかへ向かって飛んでいきます。セイムはそれをじっくりと、見えなくなるまで観察しました。それから彼は、ついに奇妙なおどりまでおどるようになってしまったドロシーのもとへと向かいました。
ドミニオン・浮きシップの技術を転用させた乗り物。機械人形。それらのなかで特に教会勢力に所属するものを指す。ブライト。ホープ。の主力2種の他に、試作用のドミニオン零式。自動端末化されたスパーキーがある。現在、主に活躍しているのはホープとブライトで零式は教会都市のプレーヤー発展博物館に保管され。スパーキーは実装に向け目下研究が進められている。これらはかつての活躍の影響で恐竜的発展を遂げた騎士団所属空挺師団らの思想とは異なり、より低コストで汎用性の高い素体の上にその都度様々なオプションパーツを乗せる事で状況に適応する。マルチロール機として開発されており。主に火災発生時に装備されるS型装備の他、式典用のドレスアーマーを装着したE型装備。戦闘用に各種センサーおよび武装を装備したW型装備など様々な形態が存在している。動力は浮きシップと同じエレメントコア+用途に応じて各種ブースター推進剤。腹部に専用コネクター、ジャンプコードがあり連結させることで一時的に出力を上げたり、フライトレコードや動力をシェアしたり、ひとりのパイロットで複数機同時操縦できる(安全な場所で運送する際などに限る)など運用において高い柔軟性を発揮する。熟練すれば一人複数機操縦で組体操のような複雑な動きをする事も可能。
武装は、粘着式ネットや、捕縛用シビレさすまた、音の衝撃によって相手を無力化するショックハウリング機能搭載肩掛けスピーカー(野外ライブなどでも活用される)など、現在の神聖教会の思想に強く影響を受けた武装の多くは殺傷能力がまるでなく、これも、空挺師団と対立する大きな要因となっている。
操縦が容易で、多くの操作が精神感応による感応波コントロールに頼っている。が、それによって、必然的に搭乗者にはある程度の素養が求められる。