のりムシ。
のりムシは、おもに木がたくさん生えた山などに生息する小さな羽虫、その幼虫です。それは、セイムの言う通りに、物と物とくっつけるための接着剤としてたびたびプレイヤーたちによって活用されています。
セイムは、破いたグリモアのページをていねいに折りたたみ。ポケットにしまいました。
「では、行きましょう!」
ドロシーが片腕をいっぱいに持ち上げて元気にはーいと返事をします。セイムは、いくつかある掃除用のバケツの一度も使っていないものを奥の倉庫から引っぱり出してきて、酒場の外へ飛び出しました。
外はというと、それはそれはとてもいいお天気です。空気は森の中らしく、しっとりとしていて、名前も知らない鳥などが時々、姿の見えない場所から、美しいなきごえを辺りにひびかせていました。それはまさに、絶好のピクニックびよりです。ついつい二人もそう思います。
毎日、それほど忙しくなかったとはいえ、二人にとって初めてのお休みなのですから、これは仕方の無い事でした。ドロシーは、遠慮しがちにせがむような目線をセイムへと思わず向けてしまいます。彼女の事ですから。きっと、せっかくいいお天気なのだから一日くらいお休みしたい。だとか、明日からがんばればいいよね?と、言って欲しかったに違いありません。セイムは振り返って、何かを言いかけますが。その言葉をそっと飲み込みました。
「のりムシは最低でもこのバケツ一杯必要です。頑張りましょうドロシー」
彼は一呼吸おいてそう答えます。これはこれで、ドロシーが待っていた言葉の一つでしたので。彼女は喜んでセイムの後に続きました。
酒場の近くにある、一番大きな木の根元です。セイムは、けものが折ったであろう太い木の枝を拾い上げて、さっそくそこを掘ってみました。すると、いました。のりムシです。はじめ掘った場所から見て、すぐ隣の、ふかふかになっている土をまた掘れば、またいました。のりムシです。
「よかった。これならすぐに集まりそうですね」
のりムシは夜行性、つまり、夜に地中から出てきて活動します。なので、彼らが行き来する土は、自然と耕されたようになりますから見つけるのは簡単でした。おまけに、太陽の光に当たると瞬く間にじゅうじゅうと音を立ててこんがり香ばしく焼けてしまいますので捕まえるのも簡単です。あれよあれよという間にバケツは底が見えなくなるくらいになりました。
「いいにおーい・・・!」
近くで見ていたドロシーはバケツからのぼる香ばしい匂いを吸い込んでそう言いました。
次に彼女は、なんと、香ばしいそれを一つ摘まんで食べてしまいます。驚いたのはセイムです。彼は、うわあと大きな声を出してしまいました。彼は慌てて言います。
「ドロシー!ダメですよ!きちんと洗わないと!お腹を壊したらどうするんですか!」
ドロシーは、幸せそうにのりムシを味わいながら誰に伝える訳でもなく、くりぃみぃー。と言いました。
その姿を見たセイムは呆れてしまいました。でも、ドロシーが本当に幸せそうにしていたので、それ以上に嬉しくも思いました。
引き続き、セイムはのりムシを捕まえます。たくさんたくさん捕まえます。
ですが、捕まえたそばからドロシーがぱくぱく食べてしまいますので、これはもう、たいへん根気のいる作業となりました。
さて皆さま、二人の居るただいまの地域の季節は秋、年の頃はと言いますと六つある年の中で最も日が短いとされている黒星こくせいの年です。二人がそうこうしている内に、あれよあれよという間に太陽は先の尖った山の向こう側へと沈んでしまいます。肝心ののりムシはと言いますと、もう少しでバケツ一杯に集まるかどうかと言ったところで、その頃になると、セイムはすっかり砂まみれとなっておりました。
「セイム?もう戻らないと真っ暗になっちゃうよ?」
きむずかしそうに眉毛をまげてドロシーが言いました。
「そうですね・・・けどもう少しなので・・・・!」
セイムは地面を向いたままそう答えます。
「そっかぁ!よーし!がんばれーセイムぅ!」
「はい・・・!」
栄養満点のおいしいのりムシをお腹いっぱい食べたドロシーは元気いっぱいです。酒場の為に一生懸命に頑張るセイムを彼女もまた、一生懸命に応援します。
やがて、バケツは目標どおりにいっぱいになりました。好調なすべり出しに、セイムは一安心です。
「よし。今日はこれくらいにしましょう。お疲れさまです。ドロシー」
「ぃやったー!この調子ならきっと間に合うね?」
「はい。きっと間に合います!」
「はぁー。あしたもがんばるぞー!ね?セイム?」
「はい」
セイムは、一杯になったバケツを手に、酒場の方へ向かいます。その時です。
「あ・・・」
ピタリと動きを止めたセイムは、思わずバケツを地面に置いて、自分の手を見ました。
「どしたのセイム?」
「ああ、いえ、のりムシが手に・・・」
彼がそう言い終えた時です。
「うわあああ!!!!」
「セイム!!」
なんと、お日様の光が消えた事によって、地面から数えきれない程ののりムシの大群があらわれて、セイム目がけて一斉にとびはねたのです。
「セイム!?セイムッ!!」
「ああ・・・ドロシー・・・逃げて・・・!」
のりムシたちはあっという間にセイムの体をおおいつくしてしまいますからさあ大変です。言い忘れましたが、のりムシは肉食性。獲物の体液を朝までに残らず吸ってしまいます。このままではのりムシたちに中身を吸われて、セイムは皮だけのぺろぺろになってしまいます。
驚きのあまり、動く事さえできずに見ていたドロシーですが。彼が目の前でがっくりと膝をつきますと、ようやく我に返って走り出します。
「たいへんたいへんたいへんーッ!!!!このままじゃセイムがペラペラになっちゃうよぉ――!!」
ドロシーの気配が遠ざかり、セイムはしばしほっとしました。全身にちくちく痛みが走ります。力もだんだん抜けてきました。
さらには、頭までもがぼーっとしてきてもうダメだ。と、思ったその時です。
「うりゃー!うりゃうりゃうりゃー!」
まぁ。なんという事でしょう。ドロシーです。彼女が酒場のオイルランプを持って戻ってきてくれました。彼女がオイルランプをでたらめに振り回すと、たちまちのりムシたちはじゅうじゅうと香ばしく焼けてしまいました。
ぐったりと倒れ込むセイムに、ドロシーは急いで駆け寄ります。
「セイム!だいじょうぶ?」
「え・・・ええ。なんとか、助かりましたよ。ドロシー」
一件落着。誰もがそう思ったやさきです。
ぼおおおおおお。
ぼおおおおおお。
ぼおおおおおおおおおおおお!
異変に気が付いた二人があっと声をあげますが、時すでに遅し。オイルランプから漏れ出た火は、辺りの木々にまたたく間に燃え移ってしまいます。火はあっという間に大きくなって、とてもとても二人の手に負えないくらいになってしまいました。
ぼうぼうと音を立てて燃えさかる、きれいなオレンジ色の炎の中で、全く同じ色の絵具をといた水を頭からかぶった様な色をした二人は、お互いの姿を、口を開けたまま、ただぼうぜんと、ながめていました。
黒星の年・6つある星の周期のうちの一つ。初めは黒星を除いた5つ(紫星・青星・赤星・黄星・白星)だと思われていたが。天体観測機器の性能向上によって、今まで見えていなかった黒星が観測され、同年が追加された。これらは年号星と呼ばれ、毎年移り変わるそれらについては、天文学者たちの間で様々な議論が繰り返されている。主な主張としては以下のようなものがある。
1.世界は球体に見せかけた平面であり。星はSWEのシステムによってそう定められている。実際に星は存在していない。
2.世界は現実世界の惑星のように球体であり実際に星は存在している、6つの周期があるのは星の自転軸が変動しているまたは著しく歪んでいるから。
3.2の状態でありつつ、加えて、太陽系そのものが別の巨大な惑星の周りを公転している。
その他にも、天文学者の中には『プレイヤーが一人増える毎に星の数が増える』などと言ったロマンチックな学説を唱える者もいる。多くのプレイヤーたちは、1の状態であると考えているが、出来るならばそう考えたい。と言った調子で、その説を推す者も多い。