Aの2剣。
瓦礫の中に沈んでいたレオンの指先がぴくりと動きました。
崩れた石材を押しのけるようにして立ち上がった彼は口元を乱暴に拭います。
鎧はひしゃげ、呼吸も浅い。
それでも、その瞳の闘志は消えていませんでした。
「…なるほど」
低く、唸るような声。
ロロは立ち止まり、振り返ります。
人形のように無機質な瞳には、軽蔑がわずかに滲んでいました。
「致命傷のはずだったけど」
静かに抜き放たれる細い刀身が、冷たい光を返します。
レオンはふらふらと立ち上がると、しがらみを断ち切るように鎧を脱ぎ捨てました。
露わになった屈強な胸板には、刃が通った痕が鮮明に残されていました。
「俺には『ダメージコントロール』のウィリがある。そう簡単には止まらんさ」
「…そう、知らなかったわ」
得意げに言い放つレオン。
ロロの声には、羽虫の羽音を耳にした時のような、酷く希薄な関心しか含まれていませんでした。
剣を砕かれ、もはや防具すら脱ぎ捨てた男。彼女の目には、レオンの姿が少しばかり頑丈な木人にしか映っていないのかもしれません。
ロロは音もなく姿勢を落とし、その細い切っ先をレオンの喉元へと向けました。
「いかなるダメージも総HPで強制処理するウィリ…けれど、受けるダメージそのものは変わらない。私の剣、『出会い星』の輝きも、同じこと」
鋭く構えた視線の先、丸腰の男は不敵に笑います。
「ふ…ずいぶん親切な解説じゃないか。おせっかいな奴め」
「あなたはきっと後悔する」
「望むところだ…!」
「強がらないで。丸腰の癖に」
「ふん。今はな」
ロロの冷たい視線の中、レオンは、汚れた親指を手首の端末へと強く押し当てます。
「こい!ダルタニアスブレェェェェドッ!!」
「!!!!」
―――ピコン!
咆哮と同時に、端末のインジケーターが赤く点灯し、専用兵装の要請シグナルが虚空へと放たれます。
その瞬間、ロロの直感が警鐘を鳴らしました。彼女の眉がわずかに潜められ、無機質な瞳に初めて明確な緊張が走ります。
「…いったい?」
「うぉおおおおお!!」
その緊張が、ロロの初動を0.1秒―――鈍らせました。
レオンは丸腰のまま石畳を蹴り、弾かれたようにロロへと突進を開始しました。
―――
~教会都市文明博物館:特別展示室~
静寂に包まれていた展示室で、突如として警報が鳴り響きました。
堅牢なセキュリティに守られていた強化クリスタルの台座。そこに鎮座していたのは、かつて巨神が振るったと語り継がれる、身の丈を超えるほどに巨大な鉄塊です。
『声紋認証確認。重装兵装、射出シーケンス開始―――』
機械的な音声が鳴り響くと同時に、天井のドームがスライドし、晴天が顔を覗かせます。
展示台に内蔵された高圧加速装置が火を噴き、巨大な剣は重力に抗うようにして、主の待つ戦場へと打ち出されました。
―――
レオンの足音だけが廃墟に響きます。
丸腰の男が放つ絶対的な自信と尋常ならざる気迫。それが、ロロの白銀の刃の冴えを一時的に曇らせました。
「くっ!」
「臆したか!」
その時。
レオンの背後、遥か上空から大気を引き裂く轟音が降り注ぎました。
空を裂いて飛来した巨大な影。レオンは突進の勢いのまま、空中で反転するように右手を伸ばします。
―――!!!!!!
鋼と鋼が激突する、凄まじい金属音。
レオンはその剛腕で飛来した大剣を掴み取ると、膨大な慣性エネルギーを逃すことなく、完全にその軌道を支配下に置きました。
前方で、二つのブースターが地面に激突し爆炎が上がります。
着地と同時に、レオンは独楽のように体を捻ります。
凄まじい回転と重さを帯びた鉄塊が唸りを上げて迫ります。
「ッ!?」
ロロが初めて、大きく目を見開きました。
彼女の目の前で、街の景色が回転し始めていたのです。
(重い……ッ!?)
「うぉおおおおお!!」
大気を揺るがす咆哮とともに、街のパノラマは加速していきました。
石畳が砕け、いつの間にか両足は地面にめり込みます。
それでも勢いは止まりません。巨大な鉄塊は彼女の細い体を時計の秒針のように捉え、そのまま横へと押し流していきました。
逃げ場を失ったロロの身体は、外壁へ、柱へ、石段へと次々に叩きつけられ、そのたびに街の一部が飴細工のように崩れ落ちていきます。
―――バキバキバキバキッ!!
足元には、石畳そのものを抉り取るような弧状の轍。
それをなおも引き延ばしながら、彼女は先ほどとは真反対の位置まで押し流され、ようやくその全身を止めました。
「ほう、受けたか。褒めてやる!」
レオンが不敵に口角を吊り上げます。
直後、ロロを遅まきながら襲ったのは、全身を貫くような痺れでした。超重量の一撃が齎した衝撃の残滓。人形のようにあどけなかった彼女の横顔を、一筋の冷たい汗が伝い落ちました。
「しかし!」
「くっ…!」
レオンがさらに手首を鋭く捻り、大剣の面を斜めに振り抜きます。
もはや抵抗する力すら削がれていたロロは軽々と弾き飛ばされ、建物の壁へと轟音とともに叩きつけられました。
緊急射出されたダルタニアスブレードに気づいた騎士たちが、路地の角から次々と駆け寄ってきます。
「レオン様!ご無事ですか!?」
「応援を―――」
「ここはいい!」
レオンは背後を振り返ることなく、鋭い声で制しました。その目は、瓦礫が積み上がった建物の崩落現場を、ただ一点に見据えています。
「お前たちは街の治安維持に努めろ。混乱に乗じる姑息な鼠どもに好き勝手させるな!」
騎士たちがその気迫に気圧され指示に従って散っていく中、沈黙に包まれた瓦礫の山がわずかに揺れました。
ガラガラと音を立てて石材が崩れ、土煙の中からゆっくりとロロが姿を現します。
整えられた頭髪は乱れ、衣服は無残に破れていました。緩慢な足取りは、その一歩一歩に彼女の決意が形となって表れているかのようでした。
「ふん……頑丈な奴め」
ダルタニアスブレードを構え直し、レオンは鼻を鳴らします。
しかし、その直後、彼の表情は凍り付きました。
土煙の向こう、ロロの露出した肩や、裂けた服の隙間から覗く肌に、明らかな異変が起きていたのです。
「…おい。まさかそれは…」
レオンは、背筋に走る冷たい汗を禁じ得ません。
幼げな少女を蝕む、淡く禍々しい光。
彼女の白い肌の下、血管を侵すようにして桜色のルーンが脈動し、不気味な発光を放っていたのです。
レオンは顔をしかめ、絞り出すように言いました。
「…肉体に直接ルーンを…貴様そこまで!」
ロロは一言も告げぬまま、瓦礫の上、静かに細剣の柄を握り直します。
次の瞬間、彼女の姿がレオンの視界から消失しました。
「ッ!」
ッガギィイイイン!!
凄まじい火花がレオンの眼前で散りました。
超重量の鉄塊を咄嗟に盾にしたレオン。しかし、受け止めた腕には、先ほどまでの彼女とは比較にならないほどの重圧がのしかかります。
「正気ではない…!」
「そうね」
短い応答、互いの刃が赤熱化します。
ロロの身体に刻まれたルーンが発光を強めるたび、周囲の地面が二人の足元からめくれ上がっていきました。
「しかしッ!」
「ッ!?」
ガキィイイイン!
ロロの細剣が大きく弾かれます。
細腕に千切れんばかりの衝撃。
正面からは、獅子の如き気迫で迫るレオンの姿。
「うおおおおおおお!!」
巨大な鉄塊が唸りを上げました。
ロロはその切っ先を直前まで目で追い、躱します。
彼女の鼻先を大剣の腹が流れていきました。
それが、彼女にはスローモーションのように見えていました。
「!?」
驚くべき柔軟さ。レオンも驚愕を隠しきれません。
ロロは片手で大地を捉え、ばねのように跳躍します。
空中に舞い上がった時点で、ロロの姿勢は既に整えられていました。
「流星」
神速のコード発動。
即座にレオンも構えます。
「そう何度もッ!」
しかし。
「連撃ッ!!」
視界から消えたロロの軌跡が、一つでなかったことをレオンは直感で悟りました。
次の瞬間、白銀の閃きが四方八方から降り注ぎます。
甲高い衝突音が連続し、まるで掘削機械に食いつかれているかのように、大剣から火花が降り注ぎました。
――――ギギギギギギギギギギギギギィン!!!
「…なんのッ!!」
レオンは叫びと共にダルタニアスブレードを驚くほど繊細に扱い、降り注ぐ刺突の奔流を見事に捌いていきます。
「…」
それでも、ロロの速度はなお増していきました。
桜色のルーンが禍々しく脈動するたびに、その光の残像が不気味な星雲となってレオンの頭上に現れていきました。
―――グサ!グサ!グサグサグサ!!
大剣の防御をすり抜けた刃が、容赦なくレオンに突き刺さります。
その威力は凄まじく、遅れて爆発する剣圧だけで、窓ガラスが一斉に砕け散るほどでした。
それでも。
「どうした!その程度か!俺はまだ倒れんぞ!!」
レオンは退きませんでした。
巨大な鉄塊を振り回しながら、彼はむしろ一歩、また一歩と、降り注ぐ致死の雨の中へと踏み込みます。
一振りごとに都市に被害をもたらす連撃の中、その足取りにはまだ底が見えません。
ロロの無機質な瞳に、ついに明確な苛立ちが走ります。
「……こいつ」
「そこだッ!!」
轟音。
大剣が横薙ぎに振り回され、周囲一帯の建造物がもれなく悲鳴を上げました。
ロロは紙一重でそれを躱します。
「うおおおおおおおおお!!」
繰り出される大剣の連撃。
そのたびに地形そのものが吹き飛び、逃げ遅れた瓦礫や街路樹がまとめて宙へ舞い上がります。
常人なら、何度受け流そうと、周囲の崩落に呑まれて終わっていたに違いありません。
けれど、ロロもまた常軌を逸していました。
「…まだ立つなら!」
細剣が鋭く翻り、空中に残光を描き出します。
ルーンの発色が一気に強まり、彼女の姿がまた視界から消え失せました。
空中で衝突した二つの星…それを地中のマグマへと沈め、一振りの刃として鍛え上げた武器―――白銀の出会い星が閃きます。
レオンの背後。真横。頭上。足元。
空間そのものを穿つような、四連の刺突。
「四星撃!!」
鋭い刺突から遅れて発生した衝撃波が、容赦なく追撃を見舞いました。
それでも、レオンは決して膝を付きません。
「効いたぞ!!」
「ッ!?」
咆哮。
レオンはあえて攻撃を受けきると、振り向きざまに大剣の柄を両手で握り直し、全身を捻りました。
繰り出されたのはもはや剣技などではありません。災害です。
超重量の鉄塊が、暴風の如き唸りを上げて横薙ぎに払われます。
ロロが飛び退こうとした、その時にはもう遅かったのです。
「くっ…!!」
大剣の腹がロロの細剣を強かに打ち据えます。
たったそれだけで、ロロの全身が大きく弾き飛ばされました。
ロロは吹き飛ばされながらも着地し、なお即座に姿勢を立て直します。
ですが、その口元には苦悶が歪みとなって現れていました。
レオンの瞳が細められます。
「どうした、もうおしまいか?」
軽々と持ち上げられた大剣が、都市の中央タワーオブモニュメントと重なりました。
その時です。都市の中央、天を衝く巨大な白い塔が傾きました。
一拍遅れて届いた轟音が街全体を揺るがします。
ロロの無機質な瞳が、ガラスのような静けさを失いました。
「…!勇者様ッ!」
「なに!?待てっ!」
レオンの言葉に、ロロが従うはずもありません。
彼女はすぐさま身を翻し、レオンを大きく迂回しながらその場から離脱しました。
「ちぃっ!」
後を追おうと踏み出した瞬間、レオンの全身を鋭い痛みが突き上げました。
裂かれた傷口が、いまさらのように熱をもって開きます。
額から吹き出る汗を、彼は手の甲で乱暴に拭いました。
肩で息をしながら、傾いた塔を見上げます。
「……なんだ、いったいなにが…」
物陰で待機していた伝令と治療部隊が、レオンの元へと殺到します。
「すぐに治療を!」
「レオン様!ルキウス様が……!」
「なに!」
「いけません!じっとしてください!」
「剣を借りるぞ!」
「あ!待って!」
会話もろくに成立しないまま、レオンは踵を返しました。
借り取った剣を片手に、そのまま広場へ向かって駆け出します。
踏み込むたびに、全身の傷が鈍く脈打ちました。
それでも脚は止めません。
石畳を蹴るたびに、広場の静寂だけが不気味なほど深まっていきました。
ふと、見上げた先を飛び去っていったのはベラトリスの姿でした。




