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サブプラン。

 地下にある研究室で、ある男が頭を抱えていました。

指は茶色く、干からびていて、爪は黄ばみ、縦方向にいくつもの線が見えています。

点滅する画面が映すのは、デスクにぶちまけられた大量の資料と、ねずみ色で、すっかり艶の失われた頭でした。


「まずいことになった・・・いったい・・・どうすれば」


声を震わせながら、彼は呟きます。

微かな吐息が、資料の端を持ち上げて音を立てました。


「研究データは昨日まで確かにあったはずだ・・・まさか私が消してしまったのか?いや、ありえない・・・ありえない、ありえない・・・しかし・・・」


彼は引き続き、震える声で唱えました。

天板を跳ね返る声は、やがて、暗闇の向こうで作動する機械の音に飲み込まれて消えます。


やがて男は、唐突に顔を上げ、目を剝いて画面を確認しました。

小さな希望に必死にすがるような、そんな激しい息遣いは次第に、憎しみと狂気を感じさせる絶叫へと変わりました。拳を握り締めると、それを思い切り叩きつけます。


「間違いない!盗まれたんだ!彼らだ!あの裏切り者め!金の亡者め!政府の犬め!」


どん!どん!どん!と、激しい物音が鳴った後、画面のいくつかが、ひと際強く明滅します。

青白い光が男の頬の皴をえぐりだし、瞳の奥へと消えていきました。


「・・・そうだバックアップだ。もう一度あれを探そう」


男は手元のキーボードを乱暴に叩きました。

白と黒の、細長いスイッチを横長に連結させたそれは、ピアノの鍵盤に似ています。

指先は乾いて震えているというのに、動きだけは異様なほどの速さでした。

機械的な打鍵の音が、乱れた呼吸に交じって響きます。


「どこだ。どこにある・・・?」


ピー…………


「・・・!」


切り替わった画面が、男の顔を正面から照らしました。

ひどく疲れ切ったその顔に、強い生気が戻ります。

壊れてしまう寸前の心臓の鼓動を、彼は全身で感じていました。


「ぃやった・・・!やったぞ。・・・ッ!?・・・ッ!?」


手元のキーボードを押しのけ、周囲を素早く見まわします。

すると、乱雑に積まれた装置の一つに、彼が求めていた情報が浮かび上がっておりました。

それは、どこかの世界の地図のようでした。

椅子から転げ落ちた男は、そのまま這いながら装置へとにじり寄ります。

そして地図上にたった一つ、点滅する赤い光を食い入るように見つめました。


「そうだ。思い出した・・・!思い出した・・・思い出した」


口の中で何度も唱えながら、彼は、デスクの上のいくつもある電話の、その内の一つです。

受話器を取りました。


…カチャ


相手は、一度目の呼び出しが鳴り終わるよりも早く電話に出たようです。

男は、乾いた唇を湿らせると、乱れた息をしずめながら慎重に言葉を漏らします。


「もしもし、わた・・・僕だ・・・!実は、急に会いたくなってしまって・・・うん・・・そうなんだ」


男は、萎びた体をゆっくりと伸ばしました。

全身の骨がぱきぱきと音を立て、雑然と並ぶ機械の中に、新たなシルエットが立ちました。

男の横顔に、穏やかな表情がうっすらと浮かびます。


「君とはじめて出会った駅の近くのカフェを覚えているだろう?あそこでまた、君と会いたいんだ・・・え?」


男の表情は再び凍り付きました。


「無くなった・・・?・・・そうか・・・分かった・・・ああ、そうなのか。ああ。・・・・とにかく、迎えをよこしてくれ」


受話器をそっと置き、彼は再び、がっくりと肩を落としました。

映し出されていた地図は消え、研究室には、頭を抱える男の姿と、散らばった大量の資料と、静かに稼働する機器だけが残ります。


「まずいことになった・・・いったい・・・どうすれば」


声を震わせながら、彼は呟きました。

微かな吐息が、資料の端を持ち上げて音を立てます。


間もなくして、研究室の壁の一部が轟音と共に吹き飛びました。

流れ込む外の空気が、室内のすえた空気を巻き上げます。

男は咄嗟に振り返ろうとしましたが、足元のケーブルに躓いてしまいました。

視界が傾き、冷たい床が頬を打ちます。


(そうだ。思い出した。私は)


薄れていく意識の中で、彼は声を聴きました。どこか懐かしいと感じるそれは女の声でした。


『こんなに散らかして。本当に、困った人ですね?』


男の意識は急激に覚醒します。


「誰だッ!!」


「・・・」


返事はありませんでした。

かわりに、外から差し込む強い光が、男の視界に広がります。

長い間、暗い研究室に籠っていたせいか、目の奥が焼けるほどの眩しさでした。

男は片手で顔を覆い、怒号を上げます。


「また私の研究を盗むつもりか!そうだろう!誰に頼まれた!?何が目的だ!?金か!」


斜めに差し込む光の中を、沢山の埃が舞っていました。

影の輪郭が、ゆっくりと、口元のあたりで動きました。


ほんの一拍遅れて、声が響きます。


『娘さんでしたら。きっと()で待っていますよ?』


光より遅れてやってきたその音に、男ははっと我に返ります。

静かに立ち上がると、白衣の裾をはらいました。

相手の目線に合わせるように、少しだけ視線を落とします。


「そうだった。ちょうど今、行こうかと、思っていたんだよ」


一転して男は、穏やかな表情を浮かべます。しかし、その笑顔が彼の疲労を覆い隠すことはありません。

むしろ、明るさが増した分、目の下の深いくまや、乾いた唇の色までもが、はっきりと浮かび上がっていました。


「データが戻り次第、実験を始めようと思ってね。君の力を借りたいと思っていたんだ。・・・ところで君、前にどこかで会ったかな?」


そう告げた男の顔に、わずかに生気が蘇りました。

優しく、責任感があって、なによりも、人のよさそうな、とても素敵な笑顔です。


『・・・』


返事はありませんでした。

答えの無い問題に多くを見出してしまうのは研究者の性、と、そんなところでしょうか。

男の両手が言い訳がましく動きます。


「ああ!すまない。そういうつもりじゃなかったんだよ?ただ、きれいな人だと思ってね。ほんとうさ」

『足元に、どうか注意してくださいね?』


「うん。ありがとう」


忠告を素直に聞き入れた男は、ケーブルのすき間を慎重に選んで歩きました。


歩くたびに、足音が埃を叩きます。


「それにしても汚い所だな」


途中で、彼は呆れたようにそう口にします。どこからともなく、声が返りました。


「すぐに片づけますので、ご心配には及びません」


闇の中から光へと、続く道は彼にとって、とても長く、険しいものであったのかもしれません。

ゆっくりと、ゆっくりと、一歩ずつ進んだ先で、彼は、ある女と出会いました。

それはどこにでもいるような、地味で、ありふれた女でした。

自然と下がっていた視線をさらに下げて、男は所在なく動く両手を見つめます。


「すまないね。いつも。ぼくは君のことが本当に大好きなんだ。ぼくにとって君は・・・そう。お気に入りの古い靴下だ」


男は大変嬉しそうに言いました。



・・・古い靴下。



「本当に、困った人」


彼女は、どこか呆れたように微笑みます。


「そうなんだ、実は困っていてね・・・とにかく、お茶にしよう」

「はい」


「ああ、ケーキが食べたい・・・!美味しい生クリームがたっぷり乗ったチーズケーキが食べたい。君は好きかな?」

「はい」

「ぼくも好きだ。女性の・・・おっぱいとおなじくらい・・・!」

「まあ」


彼女は、再び微笑みます。

その微笑みが消えるよりも早く、ふたりは歩き出しました。


やがて。研究室は炎に包まれます。

膨大な研究データも、たくさんの機械も、そのすべてが灼熱の中で焼き尽くされて、この世界から跡形も無く消えてしまいました。




~ドーンソリア大陸。自由地区・中西部、神聖教会支部~


 その日、支部の空気はひどく静かでした。

報告書の束を片付けていたマクシミリアンの前に、遅れてやってきた伝令が一通の封書を置きました。

淡い青の蠟が封を固め、表面には金糸のような文字で至急の印が押されておりました。


顔をこわばらせて、マクシミリアンは指令書を手に取ります。

開封した瞬間、ほのかに花の香りが漂いました。

胸の奥がざらつきます。


「ジャンヌ様からではない。いったい誰が?それにこれは、髪?」


彼の独り言は、静寂に溶けていきました。


文面には、教会領から強奪された『自動端末D』の座標と、現地で合流予定の援護部隊の記載がありました。余白には一切の署名も無く、その書式が任務の極秘性を物語りました。 


若干の思案の後、指令書を銀のトレーに置いた彼は、無言で立ち上がります。


「準備を。出るぞ」


二人の部下が即座に反応し、椅子のきしむ音が響きます。

小さな執務室の扉が閉まると、トレーの上の指令書から糸のような煙が上がり、やがてそれは音も立てずに、同封されていた銀の髪束もろとも、静かに燃え尽きてしまいました。




~どこか~


 地下深く、風はありません。

空気は乾き、湿度は一定を保っています。

まるで世界の外側にいるような静寂の中で、超ヌートリア級バトルクルーザー・ウォンバットの心臓が、ゆっくりと鼓動していました。


『リアクター出力、63%。エネルギーゲイン安定動作までおよそ700時間』


葛野は端末を閉じ、深く息を吐きます。

その吐息でさえ、白く霞んで見えるほどの無機質な部屋でした。


「いったい、何をしている?」


その言葉が、いったい誰に向けられたものなのか、彼自身わかりかねておりました。

壁に規則的に並んだ釘の頭だけが、この時も彼の姿を見ておりました。

少なくとも彼には、そう思えたのです。


 一度閉じた端末を葛野は再び開きます。

震える指に苦心しながら、彼は施設全体の監視システムを呼び出しました。

そのほとんどは、重要なセクションを除いて、今現在起動すらしていない状態でした。

実を言いますと、それは監視システムだけではありません。

照明や、空調装置でさえ最低限の状態が長い間続いていたのです。


節約したエネルギーは、すべてウォンバットの動力部へと回されておりました。


けれど、たった一つだけ、監視装置から映像が届けられている場所がありました。

それは、ドロシーが閉じ込められているお部屋でした。


ドロシーは、部屋の角に置いた椅子の上で膝を抱えて座っていました。


身体はピクリとも動きません。

それはまるで、色の薄れた悲しい絵のようでした。

かつての快活さは失われ、頬は痩せこけていました。

それもそのはず、彼女が食事を拒否するようになってから、もうずいぶんと時間がたっていたのです。


ため息を一度だけついてから、葛野は考え込みました。

端末をそっと操作して、彼女の口元をスキャンします。

これは、エレメントの共振を利用した技術です。

ひじ掛けの角で、指先が一定のリズムを刻み始めたころ、ドロシーの口元がかすかに震えました。


『…セイム』


「・・・」


端末のモニターに、自分の表情がぼんやりと映っておりました。

それは冷酷な男の顔でした。

葛野は、端末をそっと閉じました。

信じがたいことに、この一連の動作は、彼の日課となっていたのです。


彼がもう一つの日課である、『坂道の思考実験』を始めようとしたとき、閉じたばかりの端末が甲高い音を立てました。緊急の呼び出しです。


「私だ、なにがあった」


落ち着いた男性の声が響きます。


『キャプテン。侵入者です』


「数は?」


『現時点で確認できているのは三名です』


「位置は?」


『居住ブロック第五区画です』


その場所は、葛野のいる位置から千メートルも離れた位置にありました。

ウォンバットの船体から最も遠く、最も外縁に近い区画であると同時に、何重にもなる分厚い防御壁の次に、外部からの干渉にさらされてしまう位置でした。

そして、その場所と言いますのは、ドロシーを閉じ込めている場所でもありました。


彼は端末の光を見つめたまま、眉一つ動かしませんでした。

恐らくは、心拍の変化もなかったのかもしれません。

ただ思考の中で、無数の情報が、普段よりも傾斜の付いた坂道を滑り落ちていくのを静かに眺めていたのです。


「そうか」


短く答えた声は静かで、どこまでも平坦なものでした。

それでも、ほんのわずかに不協和音のような音色が混ざります。


「至急ガードロボをキルモードにして向かわせろ。攻撃対象はプレイヤーに限定」


『了解』


通信が切れると、室内は再び静寂に包まれました。

端末の光が消えると、葛野の顔は薄暗い照明に照らされます。


ふと、彼は気づきました。


かたかたと、どこかで何かが音を立てていたのです。

調整中のリアクターの低い唸りに混ざって聞こえたその音は、すぐに消えてしまいます。


葛野は、右手をそっと抑えました。

それは意識的な動作ではなく、予想外の出来事に対する無意識の防衛反応のようでした。

死体のように、すっかり熱を失った掌が、わずかに現実を取り戻させます。


「いったい、何をしてる」


誰に聞かせるわけでもなく、低く呟きます。

声は金属の壁に吸い込まれ、やがて何もなかったかのように消えていきました。




 この場所は居住ブロック第五区画。

照明は完全に落とされておりました。


なぜなら、ガードロボに明かりは必要ないからです。


発煙筒の橙色の光が、薄く漂う光の中でゆらめきます。


その光の端に、少女がいました。


ドロシーです。

椅子の上で、膝を抱えたまま、こちらを見もしません。

うつむく彼女の髪に、発煙筒の光が淡く反射しておりました。


「君がDなのか?自動端末Dとは君のことなのか?」


マクシミリアンの声は低く、慎重なものでした。


「ドロシー。わたしはドロシーなんだから」


抱えた膝のすき間から、こもった声が返りました

その言葉に、マクシミリアンは一瞬、呼吸を止めました。

彼の表情に苦々しいものが浮かび上がります。


神聖教会の通信網で話題になった謎の少女。

無邪気に踊る姿が投稿サイトを通して広まり、数々の模倣を生み出したその動画の再生数は、数百万を優に超えておりました。


支部の一つを任され、日々奔走しているとはいえ。

そして、現代の流行り廃りがいかに激しいものであるとはいえ。

マクシミリアンも、任務の合間に一度だけ、彼女の姿を見たことがあったのです。


彼女の誘拐をきっかけに、急速に風化してしまった『()()()()ダンス』の流行は、記憶に新しいものでした。


それなのにあろうことか、自動端末Dなどと、それは初対面の誰かを『人間』と呼ぶようなものだ。と、彼は大変に申し訳ない気持ちになっていました。


もちろん、彼の胸のざわつきは、そのせいだけではありません。

教会によって産み出された、人の形を模した局所的労働補助装置。通称『自動端末』。その実物を目にするのは、彼にとってこれが初めてのことだったのです。


ドロシーはキッと顔を持ち上げました。

今にも泣きだしそうなその瞳は、マクシミリアンを睨みつけます。


「私、そんなにカワイソウじゃない!!」


その声は、金属の壁を伝って何度も反響し、通路の奥へと消えていきました。

ドロシーにすっかり考えを見透かされてしまったマクシミリアンは、任務と無関係な思考に囚われていたことに気が付きます。

目の前で膝を抱く少女が、どんなつらい目にあってきたのかを、無意識のうちに思い浮かべてしまったのです。

やはり、自分には相応しくない地位だ。そんな考えが、また頭をよぎります。


「ごめんなさい、ドロシーさん。この人は想像力過剰なんですよ」


短い静寂を破ったのは、彼の部下でした。

黒を基調とした軽装に、背中には身の丈ほどの分厚い両手剣。

目隠しをした少年が、どこか楽しげな声で言います。


「ぼくはサンライズ。日の出と言う意味です。ライズと呼んでください。こっちはノクターン。ノクタでいいですよね?ノクタ?」


もう一人の部下、ノクタは黙っておりました。

全身を鎧に包み、腰につるされたメイスだけがゆらゆらと揺れています。

彼は動かず、その場にただ存在しているようでした。


「ノクタ?ねえノクタってば!」


返事が遅いので、ライズはわずかに語気を強めます。

すると鎧は、ガチャリと大きな音を立てました。

兜の奥から、大人になる途中の、少年の声が聞こえます。


「べ・・・!別に可愛いなんて思ってねーしッ!」


慌てて腕を組む彼の姿をライズは笑います。


「聞いてませんよ?」


「・・・な!!」


ライズはふっと笑みを浮かべ、ドロシーの方へ目を向けました。


「髪の色、一緒ですね?ドロシーさんも染めているんですか?」


ドロシーは膝を抱えたままそっぽを向きました。


「ライズなんかには教えてあげないよーだ!」


憎たらしくそう言います。

ライズは愉快な気分でした。

重要な任務の最中でありながらも、彼の薄い唇はふたたび弧を描きます。


「そうですか、いつかは教えてくださいね?ドロシーさん。なにせ教会都市につくまで時間はたっぷりありますから」


教会都市と聞いて、ドロシーは勢いよく立ち上がります。


「あの酒場に帰れるの!?」


生命力に満ちたその顔に、三人は安堵します。

マクシミリアンは、ひとまずライズにこの場を任せることにしました。

一転してライズは、深刻そうな顔を浮かべます。


「それはどうでしょうか?ぼくたちの任務は、ドロシーさんを連れて帰る事ですから」


ドロシーも、同様の表情を浮かべました。

しかし彼女は同時に、ライズを親切だと思いました。


「・・・ただ」


ドロシーは、静かに目線をライズへと向けます。

彼は微笑んでおりました。


「ただ、この任務に失敗したら。ぼくたちはまた仲間たちに言われてしまいます。『ズッコケ三人組がまた失敗した』って」


「ずっこけ三人組?なあにそれ?」


ズッコケ三人組とは、西暦1978年に刊行された有名な児童文学書です。

偉大な作品とは、時にタイトルのみで人々を魅了します。

かつてのライズとおなじくして、ドロシーも素敵な物語の内容が気になってしまいました。


ライズは肩をすくめ、少し誇らしげに笑いました。


「昔の本ですよ。三人の子供たちが、毎回とんでもない失敗をしながらも、なんだかんだで最後にはうまくいくっていうお話です」


「失敗するのに、うまくいくの?」


ドロシーが小首をかしげます。

ライズは笑みを深め、指先で自分の胸を軽く叩きました。


「そう。たぶん、それがチームってやつなんでしょうね」


横で聞いていたノクタが、鎧の中で鼻を鳴らします。


「俺たちの場合は、毎回うまくいかねーけどな」


「毎回きちんと生還してるじゃないですか?うまくいってる証拠です」


「へッ、確かにな」


軽口の応酬に、マクシミリアンもわずかに口元をゆるめます。

先ほどまでの緊張が和らいで、ドロシーの瞳にも、いつもの愛情深い光が戻りはじめておりました。


「そうなんだ。教えてくれてありがと。ライズ、ノクタも、悪い人じゃない見たい・・・私ねそういうのわかるの。ほんとだよ?」


二人はそれぞれに頷きます。

続いてドロシーは、マクシミリアンに向かいます。


「あなたは?」


マクシミリアンは思わず息を呑みました。

発煙筒のかすかな明りの中、ドロシーは人形のように可憐だったのです。

彼は横目でちらりとライズを見ます。

するとライズは、口を硬く噤んでいました。


心底頼りになる部下だ。


マクシミリアンは、この時もそう思いました。

他の誰でもない、自分の出番が、ほとんど最高の形で回ってきたのです。


彼の自己紹介は、よく相手を驚かせてしまうことで有名です。

ですので彼は、じっくりと心を落ち着かせて、慎重に言葉を発しました。


「私はマクシミリアン。マクシミリアン・エルファイアス・ロウ・才賀。神聖教会の自由地区の支部を任されております。まずは先ほどの非礼を慎んでお詫び申し上げます。ドロシーさん」


マクシミリアンは深々と頭を下げました。


自分よりも、はるかに偉そうな人物のとても丁寧なお辞儀に、ドロシーは、慌てて姿勢を正します。

久しぶりの丁寧なあいさつを彼女は少しだけ照れくさく感じました。


「こちらこそ、怒鳴ってごめんなさい、ええと、マク・・・マクシ・・・?マクシみりんア?」


慣れた様子で、マクシミリアンははにかみました。


「マクシーで結構です。私は正式な名を呼ばれるのに慣れていないのです」


初対面の人との思わぬ共通点にドロシーは顔を上げました。

そこには、いつもの彼女がおりました。


「マクシ―!よろしくね!」


マクシミリアンは深く頷きました。


「では。自己紹介はここまでにしましょう」


穏やかな声の奥に、任務を背負うものの静かな焦りが滲みました。


発煙筒の火は、すでに短くなっています。

時間を無駄にするわけにはいかないと、その場の誰もが思っていました。


「まって!」


マクシミリアンが脱出までの隊形を部下たちに指示するよりも早く、声を上げたのはドロシーでした。

彼女は、申し訳なさそうに顔をこわばらせていました。

その震えた声には、確かな意思の輪郭がありました。

そして、三人のそれぞれの直感が現実になるまで、そう時間はかかりませんでした。


「私行かない・・・。だって、セイムが来てくれるんだから!私行かない!」


やがて消えゆく火を映す瞳には、確かに生命が宿っておりました。

その一瞬の煌めきに、三人は言葉を失います。


短い沈黙を、鎧のノクタが遮りました。


「マスター」

「ああ、わかっている」


マクシミリアンが低く答えた、その直後です。


轟音が響きました。


重い鋼鉄の扉が、外側から押しつぶされ、床は軋みます。

閃光と共に、現れたガードロボは、四本の足にそれぞれ装備されている固定用ボルトを床に打ち付けました。


ライズが叫びます。


「ノクタ!」


ノクタは、がっしりとその場で膝をつきました。その背中にピタリと張り付きます。


「あわせろよライズ!」

「グレイ・ビット!!!」


一切のためらいもなく、ガードロボの銃身が火を噴きます。

金属の悲鳴と火薬のにおいが入り混じり、ドロシーの悲鳴をかき消します。


ライズのグレイビットは、彼の両手剣が変じたものでした。

それが石の礫となり、即席の小さな壁を形作り。

突き抜けてきたものを、ノクタの体が、火花を散らしながら受け止めます。


しかし、それで精一杯でした。

高速で飛来する重い弾丸を逸らすのが限界で、反撃の余地などほとんどありません。

ガードロボの弾幕は止まることを知りませんでした。

凄まじい火力は、部屋の内側をあっという間に削り取り、本来の鉄の箱を露わにします。


「ライズ!ノクタ!」


マクシミリアンが一瞬気を取られた、その時です。

彼の懐から、ドロシーが飛び出しました。


「しまった!」


即座に彼は、降り注ぐ銃弾の中へと身を投じます。


ノクタとライズがそれに気づいたとき、銃弾は、彼らの前からすっかり消え失せ、硝煙だけが残っていました。


凍り付いたかのような沈黙の中、ドロシーの激しい息遣いだけが聞こえてきました。


マクシミリアンはすぐに彼女の安否を確かめました。

すると彼女は肩越しに、じっと一点のみを見つめています。


振り返ると、真っ赤になった銃身から細く煙を上げるガードロボの姿が見えました。

ドロシーは、マクシミリアンの腕を振り払い、その前へと躍り出ます。


「すとぉーっぷ!ストップ!ストップなんだから!!」


甲高く、まるで子供の喧嘩を止めるような叫びでした。


ガードロボは沈黙を貫きます。

装甲の奥で、複雑な機構は途中で止まり、火花がぱちりと散りました。


そして。


―――それらすべてを、葛野幸太郎は端末越しに眺めていました。

三人の侵入者が警戒を解き、ドロシーは見たこともない笑顔を浮かべて、嬉しそうに三人の周りを跳ね回っていました。

彼は、すっかり死んだ瞳でそれを眺めていました。

しばらくして、映像はぷつりと途切れてしまいました。


それからすぐに、端末に音声通信が入りました。


「私だ」


端末は、落ち着いた男性の声を発します。


『キャプテン。攻撃を受けています』


それから遅れて、施設全体にどおん、どおん、と言う爆発音が響き渡ります。

葛野は、すべてを受け入れました。


「搭乗員に伝えろ。施設は破棄。大至急ジャンプシーケンスに移る。以上だ」


『了解』


通信が途切れると、部屋の明かりは非常灯に切り替わりました。

一向に鳴りやむ気配のない爆発音の中、施設全体に、先ほどの指示が大音量でアナウンスされます。


「それにしても」


続けて、葛野は静かに呟きました。


「思っていたよりも嫌な音だ」

 



 

 何十枚もある防御壁は、それぞれに材質が異なるだけでなく、最も厚いもので一枚の厚さが7メートルもありました。

それらは、まるで層雲のように施設全体を覆い、幾重にも重なって、この地下施設を護っていたのです。

そのすべてを一息に貫いて、さらに下の硬い岩盤層まで届く一撃が、動きを止めたガードロボをまとめて蒸発させました。


マクシミリアンは反射的に目を覆います。


「くっ。援護の艦隊か!?ドロシーさん!!」


着弾点から最も近くにいたドロシーが悲鳴を上げ、前のめりに倒れます。

マクシミリアンの影から、まるで弾かれるように飛び出したノクタが、その体を受け止めました。


「なに・・・?痛いよ」

「ドロシー!大丈夫か!」


天井には大穴が開いておりました。

続けて、それほど遠くない、見えないどこかからも、凄まじい破壊音が立て続けに鳴り響きました。


すぐに駆け付けたマクシミリアンとライズが、二人の体を引きずります。

しかし、安全な場所など、いったいどこにあるのでしょうか。

いまの彼らに出来たことは、ただ一か所に集まり、身を寄せ合うことだけでした。


一瞬で燃え尽きた背中の衣服から、赤く爛れた肌が覗いていました。

それはドロシーのものでした。

思わず触れようとしたノクタは、金属で覆われた指先をさっと引っ込めました。

代わりに彼は声を荒らげます。


「ライズ!はやく傷薬をぶっかけろ!」

「わかってますノクタ、落ち着いて」


ライズは、ポーチから小瓶を取り出して中の液体をドロシーの背中にそっと垂らしました。

しゅう、と、細い煙が上がり、同時にドロシーの体はびくりと跳ねました。


「うう。痛いょ」


涙声に、ドロシーがそう言います。

やけどは、見た目よりもずっと軽く、薬が触れた箇所から、赤みがみるみる引いていきます。

三人はひとまず胸をなでおろしました。

新しい瓶を開けながら、ライズが言います。


「生きている証拠ですよ?ドロシーさん」


「生きてるしょうこ?」


生きている。


ドロシーは、ぱっと素早く立ち上がりました。


「おじさんッ!」


三人の反応が遅れてしまったのは、彼女の着ていた残りの衣服が、その動きに耐えられず、まるで抜け殻のように床へ落ちてしまったせいです。


ドロシーは、ぺたぺたと床を蹴って、通路があった場所、真っ赤に灼けた穴の縁へと向かいます。


四肢をみなぎらせて、しなやかに走るその姿を、三人は茫然と眺めてしまいました。


まさに痛恨の極み、いの一番にマクシミリアンが叫び、飛び出します。


「危険ですドロシーさん戻って!」


「おじさんは足が悪いの!きっと困ってるんだから!!」


不意を突かれたとはいえ、マクシミリアンは一足でドロシーに追いつきます。

彼女の手に触れる、まさにその時でした。

二人の真横を、膨大な破壊のエネルギーが通過したのです。


空気が張り裂けて、発生した衝撃は、ドロシーの体を軽々と持ち上げます。

先ほどガードロボが居た位置です。彼女の目の前には、底の見えない、暗い穴が広がっていました。


マクシミリアンは、高熱の余波からドロシーを守るために、わずかに迂回する必要がありました。

彼は、右耳が泡立つ音を聞きます。


横目で仲間の立ち位置を確認し、鋭く命令しました。


「援護しろ!!」


『了解!』


ライズとノクタが口をそろえます。


ふわりと浮いたドロシーの体が、支えを失った羽根のように、暗い穴へと落ちていきました。


間一髪で、マクシミリアンは間に合います。

しかし、彼の体もドロシーをしっかりと抱えたまま落ちていきました。


「間に合え…ッ!!!」


ライズが一気に走りこみます。

両手剣の刃先が鋭く弧を描き、穴の縁へと滑りこんでいきました。


次の瞬間、衝撃と共にライズの左肩の関節が外れます。

耐えがたい激痛の中、両手は決して離しません。

彼の両足は引きずられるように前進し、やがてそれは、むき出しになった床の僅かな凹凸を捕らえます。


「掴んだ!!ノクタ!支えて!」


「離すなよ!ライズ!!」


ノクタはゆっくりと、慎重に、ライズの体を後退させます。

3人は鎖のように繋がったまま、無事にドロシーを引き上げることに成功しました。


その場に座り込んだノクタは、金属の靴で床をがつんと鳴らしました。


「ふぅ。危なかったな」


ライズは細やかな笑みをたたえて、片腕だけで上着を脱ぎ、そっと、ドロシーの肩に掛けました。

左の肩は、まだ不自然に下がっています。


「ええ、そうですね」


兜のわずかなすき間から、ノクタは、その様子を眺めておりました。

気を失ったドロシーは、すやすやと、穏やかな寝息のようなものを立てています。


「さすがに手馴れてるな、ライズ」


「僕には、弟が三人、妹が四人いましたから・・・ってほら!あんまりじろじろ見ないでください!まったくスケベなんだから」


「お前はいいのかよ!」


「僕は良いんです。だってお兄ちゃんだから」


「けっ」


ノクタは、そっぽを向きました。

二人の少年の日常風景が、そこに覗きます。


ほんのわずかな、穏やかな時の流れの中で、マクシミリアンだけが目線を上げたまま動きを止めていました。


彼はゆっくりと息を吸いこみます。


「二人とも」


その声は穏やかでした。

しかし、余韻はありません。


ライズとノクタは、即座に表情を引き締めました。


「撤退する。ドロシーさんには後日詫びよう」


ライズがドロシーを慎重に背負います。

自由の利かない片腕の代わりに、彼は、変形させた両手剣をハーネスとしました。


「ルートは?」


ノクタが問います。


「私が先頭に立つ。ついてこい」


マクシミリアンが、警護の陣形から僅かに突出します。

その背中に、迷いは一片もありませんでした。


ライズは頷き、その後に続きます。

ノクタは二人の背中を守るように位置を取りました。


三人と、一人。


彼らは、再び前へと進み始めました。






 次第に大きくなる揺れの中、葛野は椅子の上で両腕を組みました。

その姿勢のまま、彼はわずかに目を閉じました。


直後、椅子は気体圧縮の解放音とともに、まっすぐ急上昇を始めます。


伸びあがる椅子の支柱と連動して開いた天井の先には、縦に延びる筒状の通路がありました。


壁面には何の表示も無く、次第に間隔が長くなるつなぎ目だけが、葛野の姿を眺めています。


葛野にとって、それは頭の中で幾度となく繰り返していた光景の一つでした。


筒の終着点、そこは広く、なめらかなドーム状の空間でした。


ウォンバットの艦橋にあたる場所です。


周囲を取り囲むモニターには、真っ暗な景色が広がっていました。

それは故障ではなく、わずかなエネルギーを節約するためだけに、あえてそうされていたのです。


「キャプテン。ジャンプの発動を50秒遅らせれば、跳躍後の推進力に少しですが余裕が生まれます」


凛とした女性の声が、艦橋の右下から上がります。

制御端末に指を滑らせながら、彼女は淡々とそう告げました。


葛野は、両腕を組んだまま、わずかに目を開けました。


「無用だ。今すぐ跳べ」


短く、乾いた声でした。


高圧的な葛野の態度に、彼女は眉をひそめます。


「・・・了解」


それから彼女は息を吸い、露骨に大きなため息を吐きました。


「はーあ、もう少し、のんびりできるかと思ったのに」


「マイさん!キャプテンに聞こえちゃいますよ!」


左側の端末を担当している若い娘が、ひそひそ声で慌てます。

しかし、マイは肩をすくめて、平然と答えました。


「いいのよ、別に」


葛野は何も言いません。

ただ静かに、そして、確かに、彼は頬杖をつきました。


「シャロン。カウントだ」


「りょ、了解!カウント入ります―――」


横顔に冷や汗を滲ませたシャロンが息を詰めます。

隠しきれない緊張感だけが、広いブリッジの中をぐるりと飛びました。


「…三」


「…ニ」


葛野は、椅子の上で微動だにせず、ただ前方の闇を見ていました。

その時、彼はにやりと笑います。


「では諸君。未来で会おう」


「一!タクティカルジャンプ!発動!」


 ―――後日、神聖教会に提出された、丹銀の指からの報告書にはこうあります。


 『 

 回収された自動端末Dより抽出された行動ログおよび音声記録に基づき、指定座標における未確認勢力の活動痕跡を確認。


施設内の損傷は甚大。

壁面構造は内部より複数箇所で破断、又、地上より地下岩盤層に至るまでを縦貫する溶断痕を確認、局所的に何らかの高出力エネルギー兵装の使用が推察される。


施設中枢動力部に該当するはずの区域は、ほぼ完全に消失。

その痕跡は、通常の爆裂反応とは一致せず、空間断層、圧縮跳躍、または同等の現象が発生した可能性が高い。


現地に艦艇級巨大構造物の係留痕を確認するも、

該当する航空戦力は現行の教会製造記録・各勢力軍事データベースのいずれにも該当なし。


ただし、周辺空域・各監視網ともに大型艦影を確認していないことから、

本施設は何らかの手段により、短時間のうちに姿を消したものと推定する。 


以上。  

 』

葛野については、EP25.瓦礫に埋もれた記憶。をご参照ください。

マクシミリアンにつきましては、EP30.二人の時間。に登場しますが、これは読まないでください。

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