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NPC。

ベランダにやってきたセイムが早速ドロシーお気に入りの毛布をふわふわとやると。そこから埃たちがうわぁと飛び出して、また、今日と言う日を祝福します。2階から見渡す景色は、その殆どが鮮やかな緑色をした森でした。ですが、それだけ、と、いう訳では決してありません。木の葉に隠れた場所には小さな川が流れていますし、ぬけるような青空も見えております。はるか彼方には先の鋭い山々が青く透けて見えてもいました。今ちょうど、一人の人間がこちらに向かって歩いている道もそのうちの一つです。

「お客さんだ・・・!」

セイムは急いでドロシーのもとへと駆け付けて、慣れた様子でエプロンを身に付けます。また、ドロシーも髪を後ろに束ねたりしてから、慣れた様子でエプロンを身に付けました。なんという事はありませんが、彼女のエプロンは所々にフリルなどがあしらってありますのでセイムの物よりこじゃれています。

そうこうしているうちに、外から人の足音が聞こえてきました。羽のように動くドアが開いてベルが鳴ります。

『いらっしゃいませ!』

二人はお客さんを元気に歓迎しました。けれど、ドロシーの表情はすぐにつまらなさそうなものに変わってしまいます。

「なーんだ」

それだけではなく、なんと、彼女はそんなことまで言ってしまいます。

お客さんは二人よりずっと大人の男の人でした。ドロシーの一風変わった歓迎のしかたを気にするそぶりも見せずに彼は公園のベンチにでも座る時のように、迷うことなく椅子の一つに掛けます。

「ごちゅーもんは?どうしますか?」

ドロシーがふてくされたかのように尋ねます。ずっと前だけを見ていた男はすっと顔を上げ。ハチミツ酒を一杯頼むよ。と言いました。

セイムはカウンターの裏の樽からお酒をジョッキで一杯すくい、たっぷりのハチミツをそれに混ぜます。お通しは乾燥させた豆の一種です。

「ドロシー」

「はーい」

「お願いします」

「はーい」

ドロシーがお客さんのもとへそれを運ぶと、彼女はそのまま向かいの椅子にちょこんと座ってしまいます。お客さんは、ドロシーの変わったもてなしを特に気にする訳でもなくハチミツ酒を一口飲みました。ジョッキから口を放すと彼は再び前を向きます。

「お味はいかがですか?お・きゃ・く・さ・ん?」

ドロシーがそう尋ねると、お客さんは、まるで機械のようにきっちりと動いて、目線を彼女へと向けました。

「マルバデバハダカトゲモグラを知っているかい?この辺りに生息する小さなネズミのようなモグラさ。すばしっこくて捕まえるのは大変だけど、焼くと結構ウマいらしい。だけど、ネズミを食べる気にはなれないな。だって、そんなのまるで猫じゃないか。僕が猫に見えるって言うのなら話は別だけどね」

言い終えるとお客さんはまた前を向き、今度はお通しの豆をぱりぱりと美味しそうに食べ始めました。ドロシーは両手の甲でつくった台の上に顎を乗せて、鼻先をつんと持ち上げた格好でそれを聞いています。

「ふぅーん。そうなんだ」

セイムが慌ててカウンターから飛び出します。

「いけませんよドロシー!お客さんに失礼じゃないですか」

「だってセイム。ねぇ?お客さん?」

お客さんはまたひと口飲んでドロシーを見つめます。

「マルバデバハダカトゲモグラを知っているかい?・・・」

さっきとまったく同じ話をし始めたお客さんを前に、セイムの肩がすとんと落ちます。彼は言い聞かせるように言いました。

「いくらNPC相手でも、やってい良い事と。悪い事があります」

困っているセイムを見て、すっかり満足したドロシーは嬉しそうに両足を揺らします。

NPCとは、ノンプレイヤーキャラクターという名前を短くしたときの呼び方です。その名前の通り、彼らは現実世界からやってきたプレイヤーではなく、この世界に元々住んでいた人たちの事です。彼らは、簡単な品物の売り買いをしてくれたり、困っているプレイヤーに道を教えて助けてくれたり、危ない動植物の事を教えてくれたりもするとても親切な存在です。ですが、会話はあまり得意ではありません。

同じことを何度も繰り返し口にする彼らをあまりよく思わないプレイヤー達も、少なからずいますが、セイムにとっては、大切なお客さんの一人であることに変わりはありませんでした。

セイムはNPCの顔を覗き込むように近くに寄りました。彼は相変らずおいしそうにジョッキを傾けています。

「旅の途中で何か変わった事はありましたか?」

そう尋ねると、彼はピタリと動きを止め、今度はセイムを正面にとらえます。

「そうだな・・・教会騎士団が北オーレリア地方を山賊から解放したらしい。その時、その山賊たちときたら負けるのが嫌で自分たちで村に火を放ったそうだ。居合わせなくて本当によかったよ・・・」

「北オーレリア?」

「どこの事でしょうか?」

二人が顔を見合わせるとNPCは繰り返します。

「そうだな・・・教会騎士団が・・・・」

いけない事と知りつつも、二人は思わず笑ってしまいました。NPCのこともそうですが。北オーレリアの出来事など、自分たちにとっては遠い遠い場所でのお話です。そんな、遠いところに興味を持ってしまったお互いのことが、とてもおかしく思えてしまったのです。どこにあるのかもわからない遠くの出来事よりも二人が知りたいのは、どうしたらもっと床をピカピカに出来るのか?という事と、どうしたら毎朝きちんと起きられるのか?ということです。もちろん、NPCはそのどちらにも答えてくれません。

そうして、しばらくくすくすと笑っていると、軽快に酒場のベルが鳴りました。

新たなお客さんです。

『あ、いらっしゃいませ』

ぴったりと息の合った挨拶に二人はまた笑ってしまいそうになりますが、今度は我慢します。

新たなお客さんはどうやらプレイヤーのようです。整えられた黒い髪に、教会騎士団を現す襟章がきらりと光っていました。

彼女は、とても真面目そうで、どこか容赦ない印象を二人へと与えました。眼鏡の奥で両目を光らせながら彼女は言います。


「教会都市から報告に伺いました。この区画の統括責任者を呼んで下さい」


NPC・SWEの世界に元々住んでいる住民。プレイヤーたちの活動に影響され、その都度出来る限り自然に行動する。システムの一部として組み込まれているため、世界に影響を及ぼすような事件や変化が起きたりするとどれだけ隠そうとしても彼等の口によって語られてしまう。老若男女問わず存在し、子供は全員左利き、大人になると何故か全員が右利きになる。ハチミツが大好物。


ハチミツ・毒を取り除かれた『オニチャドクバチ』が集めた花の蜜。現在流通するものの多くは品種改良されたオニチャドクバチから採取されたもの。


オニチャドクバチ・SWEの原生生物。ミツバチに似た生態を持つ大きな昆虫(中型犬相当の大きさを持つ)、生命活動において植物の繁殖を強力に手助けする。危険な大型生物の住処にあえて営巣するする事で身を守り、その対価として集めた蜜の一部を分け与える。とあるプレイヤーの家に住み着いた事がきっかけに品種改良され現在は家畜としての活躍が主となっている。



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