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セイム。ドロシー。

~とある神聖教会領のへきち~


「ドロシー!ドロシー!」


小さな村にある古い酒場の階段からどたばたと、慌てて降りて来る少年が一人おりました。彼の名前はセイム。半年ほど前の紫星しせいの年のころにこの世界にやってきたプレイヤーです。

この頃、SWEの世界を訪れる多くのプレイヤー達とおなじように、このセイムも、当たり前のように神聖教会の一員となっていました。

彼の教会での使命は、この、プレイヤー達にほとんど知られることすらない、おいしい特産品も、これと言った立派な建物も、めずらしい遺跡も、なにもない。良く言ってしまえばそぼくなこの村を管理する事でした。

村と言いましても、あるのはこの小さな酒場だけ。さらに人口は彼を含めたたったの二人だけでした。

彼はこの日も1階のホールに降りて来ると早速テキパキと仕事を始めます。


まずは、元々ピカピカだった床をもっとピカピカに磨きます。

テーブルも、カウンターも、椅子も、窓ガラスも、照明に使われるオイルランプまでおなじようにピカピカに磨きます。他の街や村から集められたこれらは、それぞれ性質が異なります。あるものは鋼鉄と同じ強度を持つと言われる丈夫な木。またあるものは、鳥の羽のように軽い樹脂でした。それぞれが、プレイヤーたちによって。『鉄の樹』。『軽プラスチック』と呼ばれていました。


掃除がひと段落すると、セイムはおもむろに酒場の大窓の方に向かって歩いて行きました。お日様の光がさんさんと斜めに射しこむ中には、いくつかの埃が白く光り輝いております。それはまるで、今日と言う日が大変素晴らしいものなのだ。と、祝福するように楽し気に踊っているようでした。

その影にあたる部分です。本来は椅子としての役割を持つはずのその場所に、毛布をすっぽりとかぶった何者かが横になっています。セイムは手にしている雑巾を腰ひもに掛けて、毛布をふわふわと揺らしました。

「ドロシー。ドロシーってば。起きてくださいよ」

「・・・ううん・・・あと5分・・・」

毛布は小さくなりながらそう言いました。セイムは呆れたように少し眉毛を曲げて、今度はその毛布の中身の方を揺らします。怖がらせたり、驚かさないように。優しく、ゆっくりと揺らします。

「駄目ですよドロシー。また都市から誰かが様子を見に来たらどうするんですか?」

「都市?」

「そうです。ドロシーが行きたがっている教会都市ですよ?サボっているところ見られてしまったら。その人たちはきっとガッカリしますよ?」

セイムの言葉を受けて毛布はもぞもぞと動きましたが、困ったことに、ドロシーに出てくる気配はありません。毛布の中から彼女は小さな声で答えます。

「私、ずっとここに隠れてる・・・だってそうすれば、偉い人たちに。嫌なこと言われなくてすむもん」

セイムは、少し前にこの酒場の様子を見に来たと言うプレイヤーたちの事を思い出しました。

その時、都市で働く事にずっと憧れていたドロシーはとても緊張してしまい、コーヒーにいっぱいの塩を入れて出してしまったのです。塩分濃度およそ15パーセントのコーヒー。これは、いくらSWEの世界とは言え、ほめられるようなことではありませんでした。

セイムは少し考えて、大窓から太陽を見上げます。温かく、とてもキラキラと眩しく見えました。

「ドロシー?」

「なあに?セイム」

「偉い人たちが見ていなくても。神様はあなたの事を見ていますよ?」

毛布越しに、どこかいぢけたような、こもった声が聞こえました。

「神様なんていないもん。神様なんて、人が勝手に作り出したんだもん」

セイムはそっと毛布に手を乗せて言いました。

「それは違います。神様はきっといますよ?ドロシー」

「・・・」

ドロシーは少しのあいだ黙り込んでから、んもー!と両手を広げて勢いよく毛布から飛び出しました。セイムは思わずうわあ。と大きな声をあげてしまいます。これは、二人の間で度々みられる光景でした。

ドロシーは銀色の細く長い髪と、健康的に日焼けしたしっとりとした肌と、宝石のように美しいうすい紫色の瞳を持つ可愛らしい女の子です。彼女もセイムと同じく、教会からこの村を任されていました。

「よーし!今日もがんばるぞー!あれ?セイム?なにかいいことあったの?」

すっかり元気になったドロシーはセイムの顔をのぞき込みながらそう言いました。

彼女は『精神感応』の能力者。つまりは、他人の気持ちを読み解く事に長けていました。彼女の持つ精神感応の能力は、このSWEの世界において最も基本的な能力の一つなのですが、困ったことに、この二人はそんな事も知りません。セイムは不思議そうな顔をしました。

「どうしてですか?」

「なんだかとっても嬉しそうだから。ほら!また!ニヤニヤしてるッ!」

「何でもありませんよ?さ、毛布を貸してください。干してきますから」

「それくらい自分で出来るよお」

ドロシーはまた、んもーと言いました。

「僕がやりますよ。あなたがまた階段で転んだら大変です」

「あ。そか。えへ、またお皿割っちゃったら今度こそトーサンしちゃうもんね」

「それもありますけど・・・」

セイムは毛布を受け取って、じっとドロシーの事を見つめます。それから十秒もしない内に、一人で楽しそうにしゃべっていた彼女は不思議そうな顔をしました。

「なあに?」

セイムはふと我に返り。少しだけ嬉しそうに何でもありませんと言い。2階にあるベランダへと駆け上がりました。



鉄の樹・エレメントを取り込み成長する植物。成長するととても固いがそれに伴い加工もしにくくなる。剛性・弾性に優れる反面でエレメントを吸収しやすい性質上とても燃えやすい。


軽プラスチック・とある樹木から採取される樹液。軽く、それなりに丈夫。熱を加えると柔らかくなり加工しやすい。



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