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ジャージー型浮きシップ。

~神聖教会領とあるへきち~


 ジャージー型浮きシップ。全長2.8メートル、重さ310キログラム、全高1.7メートル、乗組員1名、最大速力毎時7ノットを誇る、この世界ではじめてプレイヤーによってつくられて、はじめて空を飛んだとされる浮きシップです。

神聖教会のへきちにある、このそぼくな村に、いま、新たなシンボルが生まれようとしていました。

「よし・・・!あとはこの風速計をつけて、それで完成です!」

「ぃやったー!!」

この村と、この村にあるただ一つの建物であるとってもすてきな酒場を守るために、その、原寸大の模型を作ったのはなにをかくそう、神聖教会からこの村を任されているこの村の、たった二人の住人、とっても真面目で粘り強いプレイヤーの少年であるセイムと、彼の優秀なアシスタントである大変気のきく女の子、ドロシーです。

最後のパーツがのりムシによって接着されると、ドロシーは嬉しさのあまり、目をかがやかせてセイムに抱き付きました。

「やったね!セイム!これで私たち!地底のエビムカデとかニュウドウザメとかパミパミに食べられなくて済むよ!やったね!」

最悪の事態を想定して、あらかじめ地底の危険な生物を下調べしていたドロシーは、嬉しさのあまりそう言いました。彼女が今言った生物たちは、じっさいに地底に潜むとされるこの世界の原生生物たちです。とくにパミパミは、その可愛らしい名前とは裏腹に、その姿がとらえられた場所では必ずと言っていいほど食物連鎖の頂点に君臨している大変危険な生き物でした。ドロシーはぴょんぴょんはねながらさらに嬉しそうに付け加えます。

「これで、閃光爆弾も、匂い爆弾も買わなくて済むよ!やったね!!」

「あっ!あっ!ドロシー!ダメですよ!離れてください!まだくっついてないんですから!」

このセイムという少年は、年齢の割にとても厳格な性質をしていますので、ご覧の通り、女の子にすこし抱き付かれただけで顔を真っ赤にして慌ててしまいます。彼は、最後に取り付けた小さな風速計がまだ十分にくっついていないことを理由に、ドロシーを遠ざけようとしましたが。彼のこの小賢しい言い分はドロシーによって、簡単に論破されてしまいます。ドロシーはなおも嬉しそうに言います。

「そんなちっちゃい風車なんてー乗せとけばいいじゃん!」

「そっそうはいきませんよ!ちゃんと設計図にも書いてあるんですから!」

セイムがそう言いますが、ドロシーに離れる気配はありません。なので彼はとっさに別の提案をする事にしました。

「そうだ。せっかくですから、乗ってみてくださいよ」

普段から彼女にいいようにふり回されていたセイムでしたが、今回ばかりは、彼の言うところの神様の力が働いたのでしょうか、ドロシーはとてもビックリしながらセイムから離れて、両手をぴんと張りながら大きな声で、えー!と言いました。それからドロシーは、眉毛の間にしわをつくって言います。

「けど、壊れちゃったら。どうしよ?セイムが、折角一生懸命作ってくれたのに」

セイムは、ドロシーの非力さと、シップを構成する一つ一つのパーツそのものの丈夫さを身をもって知っていましたから、少しだけ笑ってしまいます。

「大丈夫ですよ。ほら、乗ってみてください」

ドロシーは照れくさそうに言いました。

「じゃあ・・・乗ってみよっかな?」

「はい」

セイムはさっそく椅子を一つ持ってきて、シップのそばに置きます。

「さ。足元に気を付けてください」

「うん。ありがとう」

ドロシーは、彼の手を借りながら椅子の上へ、それから、設計図通りに組み立てられたジャージー型浮きシップのコックピットへ乗り込みました。すると、なんということでしょう。見慣れたはずの酒場も、まるで違って見えます。

「うわぁー・・・!このまま飛んじゃいそう!椅子もハンドルも全部ピッタリ!」

「船体の小さいジャージー型浮きシップは、揚力を確保するために操縦席をどうしても小さくする必要があったんです。だから、じっさいに乗り込んだ人たちからの評判はあまり良くなかったみたいですけど、ドロシーにはちょうど良かったのかもしれませんね?」

セイムの小難しい話など、ドロシーの耳には半分も入りませんでした。彼女はどこかうっとりとした表情で、ピカピカに磨かれた操縦桿や計器の代わりにはめ込まれたガラス瓶の底を撫でます。

それが一通り済むと、彼女はすっかりその気になって操縦桿をグルグル回したり、たくさんついているレバーを出鱈目に操作したり。

「ドロシー!いきまーす!!!」

なんてことも言ってしまいます。

気分はすっかりエースパイロットです。

嬉しそうにはしゃぐドロシーを見て、セイムも大変満足です。彼は、ドロシーに気を使ってこっそりとカウンターへと向かいます。

祝杯、と言えど二人は未成年ですので当然お酒を飲むわけにはいきません。彼は二人分のコーヒーを用意して、そこにたっぷりのハチミツとミルクを入れました。すると、その時です。


ばきぃっ!!!


と、言う音が酒場のホールに響き渡りました。それは木が折れる時の音です。

ドロシーが顔を青くして、ぎゃああ!と悲鳴をあげながらシップから飛び降ります。よほど慌てていたのでしょうか、彼女は床に頭をぶつけてしまいました。

それを見たセイムも、うわあ!と叫んで慌てて彼女のもとへと駆け付けます。

「大丈夫ですか?!」

「どうしよう!壊しちゃった・・・!セイムがせっかく作ってくれたのに!」

セイムは、素手でシップの底を調べるドロシーをとにかく落ち着かせます。

「ケガはありませんか?さ、とげが刺さると痛いですから」

「うん・・・私は平気。けどシップが」

セイムは彼女の無事を確かめると、オイルランプを手に慎重にシップの底を照らしました。その様子を、ドロシーも体を小さくして見守ります。

「だいじょぶそ?」

シップの底を何度かなでてセイムがいいます。

「はい、たぶん。この感じは・・・組んだ後にここだけそったのかもしれません」

きちんと設計図どおりに組み立てたと言えど、それぞれのパーツに使われているのはいわば一度燃えかけた木です。加えて、乾燥も不十分な物でした。通常、切ったばかりの木は都合よくまっすぐになったりはしません。このシップの節々にはやくも表れているように、それは水分が抜けるとともに段々と曲がったり、縮んでしまうのです。セイムはこの時も、何気ない生活を支えている椅子だとか、羽のように動く扉だとか、ハチミツをすくいとる棒だとかにチラリと覗く人の知恵を尊敬せずにはいられませんでした。

「ねえ?だいじょぶそ?」

セイムがしばらく黙っていたので、ドロシーはもう一度不安そうにたずねます。

「大丈夫です。底の板が一枚割れただけみたいです。これなら・・・」

セイムは割れた箇所に片手を添えたまま、もう片方の手でポケットの中を探ります。

すると、出ました。のりムシです。

彼はすっかり慣れた手つきでのりムシを割れた箇所にこすりつけてぎゅっと押さえました。

「とりあえずはこれで。ただ」

ドロシーは黙ってうなずきます。

「実際に乗り込むのはやめておいた方がよさそうですね」

「うん。ごめんねセイム私のせいで」

「ドロシーのせいじゃありませんよ。それにみてください。もうなおりましたから、ほら、さっきと少しも変わりません。むしろ、よけいな力が抜けて良くなったくらいです」

「ほんとう?」

「本当ですよ?」

ドロシーは恐る恐る修理された箇所を見てみます。ピカピカに磨かれた後に、うっすらとすすでコーティングされた船底はまさにいぶし銀と言った感じで、彼の言うとおり、見た目ではほとんどわからない自然な仕上がりでした。思わず彼女から安堵の声が漏れてしまいます。

セイムは、カウンターまで歩いて、すっかり冷めてしまったハチミツコーヒーミルクを一口飲みました。

「よかったぁ!そうだセイム!記念に写真撮らないと!それで、お客さん達にお知らせしなきゃ!明日からエイギョウしますーって!よかったらここに住んでください―!って!」

ドロシーも小走りでカウンターに向かいます。

「いただきまーす!」

ドロシーは、飲み頃になったハチミツコーヒーミルクを腰に手を当てて一気に飲んでしまいました。

ドロシーは、プハーと言いました。


それから二人は、グリモアのカメラ機能で撮った写真を公開します。続けて、ドロシーが写真のページを慎重に慎重に破り取り、いつも自分が寝ている長椅子のすぐ近くの壁に、べん、と張り付けて、しばらくの間、満足そうにながめておりました。



 あっという間に陽が落ちて、辺りは真っ暗になりました。

酒場の2階のかたいベッドの上で、セイムは何度も寝返りをうっていました。どうやら、さっき飲んだコーヒーが効いているようです。目を閉じても目の前をぱちぱちと火花が散るような感覚がしますので、これはもう、寝付けるわけがありません。

あしたのためにきちんと寝ないと。そう、思うたびに、ますます目が覚めてしまうような状態です。


「セイム?」


扉がそっと開いて、隙間から遠慮がちにドロシーが現れます。セイムは、体を起こして思わずにっこりとしてしまいました。

「眠れませんか?」

すると、ドロシーはうん。と言います。彼女は半歩ほど踏み出して、そっちに行っていい?と聞きました。セイムがうなずいて、ええ、と答えると、窓から差し込む月の光の中に、なんとも嬉しそうなドロシーの姿が現れます。彼女はそのままの勢いでセイムのとなりにくっついてしまいました。慌てたのはセイムです。

「ちょっと、離れて下さいよ!」

「えーどうしてー?こっちにきていいよーってセイムが言ったから」

声を裏返しながらセイムが言います。

「言いましたけど、いつもはこんなに近づかないじゃないですか」

「だってぇ、セイムとこうやってできるのも今日だけかもしれないーって思ったら寂しくてぇセイムもそう思うでしょ?」

「確かに、そうかも、知れませんけど」

「あー!セイムいまお母さんのこと思い出してたでしょ?!」

「ちがいます!」

ドロシーはふふふと笑います。

「誤魔化したって無駄だよー!私の感応波は、何でもオミトオシなんだから」

すっかり図星を突かれたセイムは、このまま寝たふりをしてしまう事にしました。

しばらくして、ドロシーがぽつりと言いました。

「ねぇセイム?私がパミパミに食べられそうになったら助けてくれる?」

「もちろんですよ、ドロシー。でも、きっとそうはなりませんから。安心してください」

「あした、だーれも来なかったらどうしよ?あ、NPCのおじさんは多分くるけど・・・」

「きっと、大丈夫ですよ」

「どうして?」

「・・・それは」

ドロシーはまた、ふふふと笑います。

「神様が、見てるんだもんね?」

「そうです」

パミパミ・地底空間に住む危険生物、普段は壁に擬態してじっとしている。獲物が近くに来ると背中から散弾のように幼体を飛ばして動きを止め、幼体の餌とする。成長しきった個体は、性質が植物に近くなるため見分けるのが難しい。暗闇で青く光り、その光で地底の植物たちを成長させる。地底の濃いエレメント溜まりを泳ぐように飛ぶ。

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