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悪意。

 川にかかる砦の門の前で、ふと、二人の目線があいました。いたいけだった少女の目からは明るさが消え、それは見る間に険しいものになります。女はそれを、そっと目線で落ち着かせて、正面にあります門を見あげました。そこに、プレイヤーの姿は見当たりません。

鹿角砦。その名のとおり、かたくとざされた門の中央には、鹿の頭をかたどった一風変わった飾り物がつるされていました。それは、偶然にもこの場所を訪れてしまったものを拒むような、また、遠ざけようとするような、どこか近寄りがたい不気味さをあたりにただよわせておりました。

ジゼルの小さな手を中心に、エレメントの流れが加速します。

それに気づいた女は振り返り、ゆっくりと首を横に振りました。ジゼルもそれに従います。やがて二人は門に近づいて、両足のいちをととのえました。

「ごめんください」

豊かな水が流れる音の中に、そんな声がひびきます。するとすぐに。

『はい。今開けますよ』

と、返事が返ってきます。

まもなくして、木がきしむ音と一緒に、目の前の門は、とても重そうに、ゆっくりと持ち上がりました。中ではプレイヤー達がせっせと働いている姿が見え隠れしています。たくさんの品物を調べたり、木箱のふたを開けたり、そこに釘を打ち付けたり。とにかく、よそ見をするものなど誰も居ませんでした。

ただ一人、二人の目の前に現れた人物。その人物を誰だって見まちがうはずがありません、鹿頭のカトウその人です。

その姿を目にしたジゼルはとつぜん顔を真っ赤にして思わず目を逸らしてしまいました。彼は上着を着ていなかったのです。

女は気にする様子も見せず、自分たちがやってきた理由を簡単に説明しました。

「ごきげんようカトウさま。あなた方の働きぶりを是非とも拝見したく、この度は、お訪ねした次第です。もし、ご迷惑ないようでしたら、中の様子を少し見せていただく事はできませんか?」

とがった角がゆっくりと空を切り、カトウは両手をわずかに広げます。次の瞬間、空気がわぁっと震えました。

「どうぞどうぞ。ですが、僕たちは信用モットー。次の便も控えているものですから、全員が手を止めるわけにはいきません。それでよければ、気が済むまでどうぞ好きなだけ見て行って下さい。なんでしたら、ここで直接買い付ける事も出来ますよ?肉に酒、魚は都市で買うものよりも新鮮でずっと安い。乾燥させた爪熊の肝なんかもありますよ?こちらも都市ではなかなか手に入らない物でしょう?これは大変に精が付きますよ?」

「カトウさん?」

「はい?なんでしょうか?」

「レディーの前ですよ?」

「・・・これは失礼」

カトウはそう言うと、最も近くにいた彼の仲間を呼んで、上着を持ってこさせます。

「スレイブと言うのは存外不便なものでしてね、人の頃よりもずっと感覚が鋭くなってしまうんですよ。寒さも、暑さもです」

「分かりました。出来るだけ短い時間で済むようにします」

大きな上着が小さな竜巻のように動いてカトウの体に巻き付くと、また空気がわぁっと震えます。

「それはそれは、どうも。話が早くて助かります」

彼は前を向いたまま歩き出します。ですが、それでも、左右に飛び出た両方の目は二人の目と合っていました。

「川の向こう側にも、ここと同じだけの荷物があるんです。もっとも向こう側はここよりもずっと珍しい品物を取り扱っていますがね。どちらからご覧になりますか?」

「ではそちらにはわたくしが、こちらはこの者に任せます。それでよろしいですか?」

これはつまり、二人が離れ離れになってしまうということです。たまらず、ジゼルが声をあげます。

「お姉さまっ!」

「しっ。ジゼル。あなたも教会の騎士ならば心に鍵をかける術を身に付けなさい」

「・・・はい」

「くれぐれも、皆さまのお仕事のご迷惑にならないように。ね?」

「・・・はい」

「それから、どのような時でも、しっかり務めを果たすように。ね?ジゼル」

「はい!お姉さま!」

「では、カトウさま。そのような運びで、どうぞよろしくお願いします」

「分かりました」

カトウはもう一度近くの仲間を呼び寄せてその人物をジゼルに付けました。こうして、二人の任務はとどこおりなく、しずかに、幕を開けました。



~鹿角砦・西側~


「あっ!あっ!その箱!その箱も怪しいっ!開けて下さいまし!」

ちょうど今、箱のふたに最後の釘を打ち込んだばかりの男は、教会から派遣されて来た若い騎士の要求にうんざりとしながら両手を広げました。

「おいおいまたかよ。この箱にはなんも入ってねえって」

「この箱・・?今この箱って言いましたね!?では別の箱には何か入っているんですね?!そういう事ですね?」

「勘弁してくれよ」

「おい、この人の言うとおりにしろ」

「はーいはい」

「ご協力。感謝しますっ」


 たとえ、尊敬するお姉さまが近くに居なくとも、いいえ、だからこそ。手を抜く事など許されません。この日、彼女によって開けられた箱は、実に12個。その、全てが異常なし。つまるところ、次の箱は13個目ということになります。ジゼルはこの時も、自分の直感を信じて、懸命に与えられた任務に挑みます。彼女は、どんなイカサマの瞬間でも見逃してなるものかといった様子でバリバリと音を立てて広がる箱のすき間に注目しました。ですが。そんなジゼルの意気込みをよそに、現れたのは薄い紫色の色糸で刺繡ししゅうがほどこされたきれいな服でした。彼女はうでを組んで、少しだけ眉毛を曲げます。

「ふむ・・・これは、素敵なお洋服ですね」

自分で閉じたばかりの箱のふたを、また自分で開けるはめになった男は、おもわず深いため息を一つつきました。彼は仕方なく片手でその服をすすめるような仕草を取ります。

「どうだい?広げてみるかい?」

「いいえ。これは問題ありません。もう閉じていただいて結構です」

「はーいはい」

「ご協力感謝します・・・ですが」

あらためて真面目そうに働く彼らの姿を目にしたジゼルは、つい考えていたことを口に出してしまいます。それは、任務とは言え、彼らを疑ってしまったことへ対する、彼女なりの謝罪だったのかもしれません。近くにいた大人たちはじっとその続きを待ちました。

「・・・おかしいですね。あの感応波の持ち主は、いったいどこに隠れてしまったのでしょうか?わたしはてっきり誰かから奇襲を受けるものかと・・・」

『・・・』

口に出してしまってから、こころなしか大人たちの視線が自分にささるのを感じたのでしょうか。慌ててジゼルは言い直します。

「あっ!まさかそんな訳ありませんよね?物騒なことを言ってしまって申し訳ございませんでした。あ・・・次はあの箱を開けてくださいっ!」

ジゼルはなにかを誤魔化すように、今まさに船に乗せられて運ばれるところだった箱を指さしてそう言います。

「あれは、もう出発しますよ?別の箱ではだめですか?」

すぐ後ろにいた担当のものが穏やかにそう言いました。

「いいえっ!あの箱です!」

「そうですか、分かりました」

まったく、誰に似てしまったのでしょうか。誰かを困らせる快感を覚えてしまった彼女は嬉しそうに身を震わせます。ベテランの捜査員か、はたまた日曜日の子供か、とにかく、彼女はすっかりえらくなってしまったような気持ちです。

「まさか・・・人またたびですね!あの箱には人またたびが入っているんでしょ?そうなのでしょう?」

おまけに、心にもない思い付きでそんなことまで言ってしまいます。

彼女の言う人またたびとは、一度吸うと病みつきになって、そのことしか考えられなくなるというたばこのことです。これらは、使用こそ禁止されているわけではありませんが、たくさんの人またたびをほかの領地へ持ち込むことはトラブルを招く恐れがある。とし。そこそこに禁止されていましたので。ジゼルの言うとおりに、もし、あの箱一杯に人またたびがつまっていたとするならば、彼らを注意する理由としてはこの上なくちょうどいいものだったのかもしれません。

さっそく、船に積まれていた木箱が、何人かの手によって船着き場へともどされます。ジゼルは軽い足取りでそちらに向かいました。

やるならばしっかりと、胸を張って。彼らの潔白を証明しなければならなりません。

「さ。早く開けてくださいな?お願いします」

「・・・」

箱のふたがぎいぎいときしんですき間が空きます。

「これは・・・?!」

そこから漏れて来たのは、言葉では言い表せない様な恐怖に満ちた感応波でした。

「・・・っ!」

ジゼルはとっさに大気中のエレメントから作り出した上昇気流に乗って、橋を支える杭の上へと逃れます。彼女がいた場所には、青白い刃が何本も突き立てられていました。全員がジゼルに注目し、その内の一人が言います。

「まぁ、時間は稼げた。あとはお前を始末してそれで終わる」

「・・・まってください・・・皆さま。皆さま?これはいったい」

ジゼルの瞳が右に左にぐらぐらと揺れました。彼女ははっとなにかを思い出して走り出します。

「お姉さまっ!!」

走り出したジゼルのあとを、滑るような動きで大人たちが追いました。



~鹿角砦・東側~


 向こう岸で、さっそく一つ目の箱が開けられるのをカトウは前を向いたまま見ていました。

彼の言うとおり。こちら側にはとても珍しい品物が沢山ありました。女は、それらに目線を向けるどころか、一つ一つを触れる事無く鑑定し、その全てが異常なし。とされました。前を歩きながらカトウが言います。

「気が済みましたか?」

女はいままでどおり、ただまっすぐ、彼の目を見つめると、ええ。とだけ答えます。すると白い鼻息が、がっしりとした肩をなでるように後ろへと流れてきました。

「気に入りませんな」

「なにがです?」

「あなた。僕たちのなにを知っているのですか?」

カトウの後を追いながら、女は穏やかに答えます。

「さぁ、なにも、それでよろしいじゃありませんか?異常なし。教会の情報が間違っていただけ。ただ、それだけです」

するとカトウは立ち止り、ぐっと背中を持ち上げて鼻から息を出しました。空気がまた、わぁっと震えます。彼は、とたんに落ち着きはらったようすで言いました。

「・・・そうですか。それはよかった。ただね、僕はあなたに是非見て欲しいものがあるんですよ」

その提案を、女はかるく断ります。

「いいえ、結構です。あなた方は忙しいのではなくて?」

「まあまあ。そんなことを言わずに。あなた方が探しているものですよ」

「わたくしたちが探しているもの?」

「ええ、正確にはその手掛かりと言った方がいいかも知れませんね」

カトウはまた歩き出しました。

「ところで、この辺りの川では時々、小さいですがエレメントコアが採取される事があるのをご存じですか?」

「話をすり替えないで欲しいものですね?」

「すり替えてなどいませんよ。さぁ。この中です」

カトウが案内したのは、砦のすみのほうにある、ひとけのない、薄暗いどうくつでした。女が立ち止まってジゼルの姿を探している間に、カトウはどうくつの影に溶け込んですぐに見えなくなってしまいます。

『さあ。暗いから足元に気をつけてください』

どうくつの中からそんな恐ろしい声が聞こえました。女には自分の強さにも、また、ジゼルの強さにも絶対の自信がありました。なので彼女は、カトウの声のする方へ、ゆっくりと向かいました。


 うす暗いどうくつの中を、壁にそってゆるやかに曲がったその先には、ゆらゆらと揺れる光が見えています。その奥で、小さな檻に人が何人も入れられておりました。その人たちは、全員がぐったりとしています。それを見た女の顔が、ほとんど変化することなく冷たく歪みます。

「これはいったいどういう事でしょうか?」

カトウはふふふと笑いました。

「売り物ですよ。これらもね」

振り向いたカトウの両目が、天井近くの影の中で赤く光かがやいていました。次の瞬間。

「これは」

女の足元から黒い影が伸びて、それは、あっという間に辺りを包んでしまいます。ゆれていた火も、入り口からほのかに漏れていた光もどちらも全く見えなくなりました。闇の中から、なんとも嬉し気な声がひびきます。


「闇ですよ。闇のエレメントです」



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