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鹿頭のはぐれスレイブ。

~とある神聖教会のへきち・ブルーアストラル領との境界線近くの丘上~


「さあジゼル。ドラドの川が見えてきましたよ?目的地はあの川の下流です」

「はい。お姉さま」

「公の任務とは言え、境界線近くをシップで飛ぶわけにはいきませんからね。長い道のりではありましたが疲れてはいませんか?」

「はい。平気です」

「そうですか。それはよかった。さ、わたくしの近くに来てごらんなさい。とてもきれいな眺めですよ?」

「はい」


 二人がやってきたのは、神聖教会とは別の、プレイヤー達の集団であるブルーアストラルがおさめている地域、その境界の近くでした。この流れの先にあるブルーアストラルも、また、ここ神聖教会も、どちらも、立派な大人たちが取り仕切る人の集まりですので、よけいなトラブルをさけるために、境界線といいましても、それはほどほどにあいまいなもので、なおかつ、目だつ建物を立てないようにする。など。お互いに気を使うことを心がけていました。

女の手を取り、うっそうとした木々のすき間から抜け出たジゼルは、実に久しぶりの太陽の光をとても眩しく感じました。彼女は思わず片方の手を上げます。それとほとんど同時に、目に飛び込んできたおおきくてすきとおった川の存在感にすっかり圧倒されてしまいました。

流れのはげしいところでは小さな虹がかかり、かすみがかったその中を時々、魚たちがいきいきと飛びはねています。ドラド川、神聖教会の山々からブルーアストラルを抜け、やがて、海までつながる大きな大きな川の本流です。太陽の光を反射して、ヒスイ色にひかる川の流れを目にした彼女の口から、思わずまぁ!と声がもれてしまいました。

「綺麗、とてもきれいです。お姉さま・・・!」

女は優しく微笑んで、必要ないと知りながらも、もっと川のすがたを見ようと前へ前へと出たがるジゼルの体が、そのまま滑り落ちてしまわないようにさりげなく手を引いて、自分は、より、安定している場所に居場所を移します。

「ふふ、今はちょうど乾季と雨季の間。場所によりますけれど水の深さはちょうど良いかも知れませんね?この任務が無事終わったら、一緒に水浴びをしましょうか?ね?ジゼル」

「水浴びっ!?」

「お嫌ですか?」

「い・・・いいえっ!とっても、楽しみです・・・」

「では行きましょうか?」

「はいっ!」

聖堂を出た時からずっと変わらない歩調に、ジゼルもつづきます。やがて、人ひとりがやっと通れるくらいの、消えかけたほそい道が、木々のすき間から見え隠れし始めると、女は前を向いたまま口を開きます。

「今回の任務は、境界線近くにあるとある商業団の査察です」

「ささつ・・・?」

「そう。査察です」

ジゼルはすこしだけ意気込みを外されたのでしょうか。わずかに安心したように言います。

「また時間湧きを倒すのではないのですね・・・。お姉さまと・・・」

女は、歩きながらふふふと笑います。

「あなたは本当に勇ましいですね?簡単な任務ですが、これには本来、わたくしや一部幹部だけに与えられている特権をあなたにも行使する場を設けるという大変回りくどい意図があるのですよ?」

「それはどういったのもなのですか?」

「そうですね、簡単に言ってしまえば。多くのプレイヤー達に悪影響を及ぼすような行為を注意し、その権利を、ほかのプレイヤー達にも共有するという権利です」

「権利・・・?共有?」

「はい。わたくし達は人の自由意志を尊重します。たとえそれが誰かの迷惑になる行為だとしてもです。ですが、あまりある迷惑行為はわたくしたちの平穏を脅かし、やがてトラブルのもととなってしまいます。ですので、わたくしたちが一つの指標となり、やっていいことと、わるいこと、どこまでならばお互いに譲り合うことが出来るのかをお互いに考え、もしその指標に反した場合、わたくしたち以外の者でも、その行動に異議を唱えることが出来るようにする権利です」

不安そうに口元をごにょごにょとまげて、ジゼルが尋ねます。

「もし、それでも聞いてくれなかったらどうするのですか?」

「簡単です。その時は、長い長い時間をかけて説得したり。別の選択肢を教会から与えたり、余裕のある者から分け与えたりと、とにかく、わたくしたちを含めた大勢で解決への道を探します。さながら、北風と太陽のように。一方的に奪おうとするのではなく、自らの意思でそうしたくなるように、全員で努力するのです」

「・・・私のような者に、そんな勤めが果たせるのでしょうか?」

「大丈夫。その心配はいりませんよ?あなたは、わたくしの思いつく限り、この上ない適任者です。騎士団の方々や、皆さまを信じて。そうすればきっと、あなたの力になってくれるはずです」

「お姉さまがそうおっしゃって下さるのなら・・・だけど、なんだかとても、そわそわしてしまいます・・・っ」

女はまたふふふと笑いました。

「その、商業団の事ですが・・・」

「はい」

「彼らには神聖教会の所有する物品を不正な手順を用いてブルーアストラルへと持ち込んでいるという疑いが掛けられています。リーダーは鹿頭のカトウと名乗るプレイヤーで、彼ははぐれスレイブでもあります。・・・ところで、あなたははぐれスレイブについて、ご存じですか?」

女がわざとらしくジゼルの方を振り返り、そう尋ねました。

ジゼルは、こうみえましても、教会騎士団が定期的に行う座学の訓練を一度も欠席したことがありませんでしたし、もともと、頭のつくりはたいへん良かったので、女の質問に嬉々として答えます。

「はい。はぐれスレイブとは、主従契約を結んだ後、さまざまな理由で主人を失ってしまったときのスレイブ側のプレイヤーの事を指します」

「では、スレイブとは何ですか?ジゼル」

「はい。スレイブとは、プレイヤー間で行われる主従契約の結果、従士側に付けられる名称です。スレイブは、主人であるマスターが一定距離内にいる場合、さまざまな能力が大幅に強化される代わりに、外見の一部、または全身が動物のように変化します。契約には元々各地に存在している通称儀式石と呼ばれるものの一つであるスレイブジェネレーターが使用されます」

「ふむ。では、スレイブとはぐれスレイブの違いは何ですか?」

ジゼルは引き続き。早口で続けます。

「はい。通常、スレイブはマスターと離れ離れになった場合、緩やかに時間をかけて、得た力と共に人間性を失い、より野生動物にちかい存在になります。ですが、はぐれスレイブの場合、それらペナルティが無くなる事に加えて・・・」

「はい。もう結構ですよ?たいへんよくできました。わたくしからはなまるをあげましょうね?」

「やったっ!お姉さまっ!」

「ふふふ。あなたの知るとおり、はぐれスレイブは、マスター無しでも強く、特殊な力を持つ存在です。加えて、彼らは人によって動物的な欲望がとても強くなってしまう傾向があります。大事は無いとは思いますが、気をつけるんですよ?ジゼル」

その言葉に、いったいどんな恐ろしいことを思い浮かべたのでしょうか。ジゼルはここぞとばかりに普通の女の子を演じてみては、こころおもむくままに甘えます。それが、はなまるを与えられた者のごほうびでした。

「やだ・・・っお姉さまっわたし怖い!」

「大丈夫。大丈夫ですよ?あなたにもし何かあったら、その時はわたくしが必ず守ってあげますからね?」

「・・・はい。お姉さま」

「さ。もうすぐそこです。参りましょう」

「はい!」



~同、水上施設・鹿角砦~


 広範囲のディテクションの能力ウィリに加えて、優れた精神感応のウィリを持った男は、目で見えるところにいきなり現れた二人のすがたをとらえると、顔を青くして、あわてて川にかけられた橋をわたり、むこう岸の、うす暗いどうくつの中にいる自分たちのリーダーであるプレイヤー。鹿頭のカトウのもとへと向かいました。

「カトウ!教会の騎士が来やがった!!」

じめじめとした空気の中に、つよい動物の匂いがする空気を吸い込みながら男はそう報告します。

どうくつの壁にはゆらゆらとゆれる火によって、世にも恐ろしい尖った角の影が何本も映し出されていました。

「カトウ!おい!聞いてんのか!」

「黙れ・・・!」

「あ・・・あぁ。すまねえ」

男は言われたとおりにすこしの間だまっていましたが、彼は自分のウィリがどれだけ役に立って来たのかを今までの経験上、誰よりも知っていましたので、とても、おだやかな気持ちになどなれません。しかし、男は、カトウの言うとおりに待つことにしました。

やがて、異変にきづいた別のプレイヤー達も、その場にかけつけます。

「カトウ。ちょっとやばそうだぞ!」

「・・・ああ。もうすぐだすぐに行く」

どうくつの奥からそんな恐ろしい声が聞こえます。やがて、壁に映っていた影がぐっと上まで伸びて。奥から、カトウがあらわれました。カトウは、その二つ名のとおり、頭が雄鹿のものと置き変わってしまったような大きな男です。蒸し暑いどうくつの中でもその鼻息は白く見え、両方の目は本物の鹿のように無表情で赤く光っていました。加えて、真っ黒なたてがみは胸元を覆うくらいに長く、なにも力を加えていないと言うのにもっこりと盛り上がっていました。

「ああ・・・カトウ・・・騎士が来たって。俺、言ったよな?ちゃんと、はじめに」

「数は?」

「・・・ふたりだよ!ほ・・・ほんとうだ!」

その恐ろしさときたら、彼の姿を見て、本来仲間であるはずの者までもがそのように恐れてしまう程です。カトウは、ゆっくりと男へと近づいて彼ののどを思いきり殴りつけました。

もともと、戦闘用のウィリを何一つ持っていなかった男は当然ひとたまりもありません。彼は、ものすごい勢いでかたい壁に叩きつけられてぐったりと動かなくなってしまいます。

「そいつの感応波はだだ漏れだ。捨てろ。邪魔だ」

ゆっくりと、自分たちを通りすぎていくカトウの背中に、彼らは消えそうな声で口々に、ああ。と、もらして、動かなくなった仲間の一人を、大きなふくろにいれて川に投げ込みました。

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