ジゼル。
ある所に、たいへん立派な建物がありました。
薄い青色の、ゆるやかなアーチを描く屋根を持つ建物を中心に、その後ろには、先の鋭い塔が2本見えています。壁は、眩しくならない程度にあせた白色で、近くから見れば、それは、人の胴体ほどもあろうかと言う大きさの自然の石を四角くととのえ、ひとつひとつていねいに、ぴったりと積み上げたものでした。
その周りで、人々は幸せそうに過ごしています。大人も、若者も、男も、女も、顔立ちの整った者から、そうでない者も、やせた者も、太った者も、彼らの顔から笑顔が絶える事は、きっと、決してないのではないのでしょうか。見た者すべてが、思わずそう考えてしまう様なあたたかい、おだやかな場所でした。
建物の正面にあります大きな門は、鉄の樹の巨木からけずり出したもので出来ています。所々に刻まれたレリーフは、全てがこの都市と、この豊かな文明を築きあげた人々をたたえるもので、それは、いついかなる時も、一日中開いていました。ぶっそうな門番などは当然おりませんので、誰もが気の向くまま、好きな時に中へと入ることが出来ました。
では、その中はと言いますと、それはそれはたいへんに見事な物でした。目をみはるような広い空間を別ける壁などはいっさい無く、また、2階の床となる天井のたぐいもいっさい無く、目の前に広がる温かな黄色味をおびた厳粛な空間に、はじめてこの場所を訪れた人々の、何人もが、きっと、言葉を失い、数えきれない程の息をのんだ事でしょう。
外からあたたかな光が差しこむ日窓は、全てが下からは見えない場所にありました。その光の一つ一つが、大扉には描き切れなかったであろう数々のストーリーやシンボルを、たかい天井に照らし出していました。両手に広がる空間にはほこり一つ舞っておりません、その近くから、床と同じく、鏡のように磨かれた白い柱が奥まで連なり7本ずつまっすぐに伸びています。そして、なにより、それらが全て、かすんで見えてしまう様なものが、この場所の、丁度反対側の大窓にはめ込まれています。それはなにかといいますと、誰も、名前も知らない美しい女性をかたどった色ガラスです。この人物がいったい誰であるのか。それを求める旅こそが、なにをかくそう、この神聖教会が生まれた理由でした。
それは、遠い遠い昔の、神聖教会がプレイヤー達によってそうよばれるずっと前から変わらない、知る者も、語られることもない事実でした。
鏡のような床は、じっさいの広さよりも、ずっと広い空間に身を置くような感覚を見るものに与えました。入り口からのびるながいながい赤色のカーペットの先の方で、煌びやかな鎧に身を包んだ女が二人ひざまずいています。少しだけ前にいる方は大人の女で、その後ろにいる方は、うら若き乙女のようでした。
「よく。来てくれた。彼女が君の後継者かね?」
5つある立派な椅子の一つに座っていた男がそう言いました。顔を伏せたまま、女が言います。
「はい。わたくしよりも若く、それでありながら才気に溢れ、知る限り、最も聡明な者です」
広い空間に、しばらくのあいだ、そんな真面目な声が優しくひびきます。
「ふむ」
「若く、才気に溢れる・・・」
「それは、結構だがね」
「実力は、あるのだろうね?」
「そうだな・・・磨かれていない原石など、ただの石と変わらない」
「我々は、実力の無い者を決して認めたりはしない」
「君も、その事をわかっているのだろう?」
「・・・どうなのだ?」
尖った金色の帽子を頭に乗せた4人の男たちは口々にそう言いました。何故、4人なのか。それは、真ん中の一番大きな椅子にははじめから誰も座っていなかったからです。引き続き、下を向いたまま女が言います。
「はい。ご心配には及びません。この者はこの世界にやってきてすぐに、オメガプレデターを単身撃破した者です」
男たちの顔に、よろこびとも、おどろきとも呼べるものが浮かびます。
「あの、オメガプレデターを・・・?」
「200人の討伐隊を返り討ちにしたという・・・信じられん」
「ふぅむ」
「もしそれが事実ならば。我々も太鼓判を押すがね・・・」
一人がそう言うと、ほかの男たちもゆっくりと椅子の背もたれに両方の肩をつけました。
外にいる人々の笑い声が聞こえてくるくらいに、まわりが静かになると、女は落ち着いた様子で言いました。
「はい。正確には189名。その時に犠牲になった方々です」
男たちの顔に、どこか苦々しいものが浮かびます。
声をずっと優しくおだやかにして、彼女は後ろにいる可憐な少女をそっと呼びました。
「ジゼル?」
「はい。お姉さま」
ジゼルは首から下げていた革ひもを引き寄せて、その先にある、青くすきとおったきれいな石をそれぞれに見えるように持ち上げました。
「これは、その時にこのジゼルが得た。戦利品の一つです」
「ふむ」
男の一人が、頭を背もたれに一度あて、右手をかざします。
「ディテクション・・・」
青い石の周りがほんのりとひかりかがやき、それはあっという間に消えてしまいました。男が持つ能力による鑑定です。それを終えた男はのどの奥で唸りました。
「この膨大なエレメント・・・確かに本物だ」
するとほかの男たちは一斉に小さな歓声を上げます。
「ええ。ですがこれはほんの欠片。本体は3つに分けられ、それぞれがヌートリアの動力炉にあります。と、お伝えすれば、この者が撃破した相手が、どれほどのものであったのか、ご理解しやすいかと存じ上げます」
「口を慎め」
「はい。大変。失礼いたしました」
男の高圧的な態度に、ジゼルは人知れずムッとして、その顔を持ち上げていた石といっしょに胸の内にしまいます。
「・・・だが」
男の一人が言いました。続いて、他の男たちも口を開きます。
「やはり、君の後継者となる者だ。そう簡単に承認する事はできん」
「しょせんは、過去の栄光。それは我らが最も卑下すべきものだ」
「たしかに・・・」
「我々は常に明るく、新たな希望を持ってこの世界を照らさねばならない」
「そうだとも」「そうだ」「うむ」
あるものの右手がすっと持ち上がり、彼らはいっせいに口を閉じました。
「どうだろうか?ここは一つ、彼女らに簡単な任務を与えるというのは」
『賛成だ』
「では。そういう訳だ。肝心の任務は、特別にこちらで手配しよう。なに、あのオメガプレデターを倒したという者なら容易いものだろう、下々の者らもきっと、それで納得するだろう」
二人は同時に、はい。と返事をします。それを見た男は、一転して、満足げにほほ笑みました。
「しかし、まぁ。なんという麗しい姿か」
「そうだな」
「うむ。まるで神聖教会の精神そのものが形となったような者だ」
「ああ」
「・・・ジゼル?あなたのことですよ?」
「はっはい!ありがとう・・・ございますっ!」
「では二人とも、我々は君たちの吉報に期待しておるよ。メイリアの風がそなたたちと共にあらん事を」
『はい』
やがて、男たちは一人、また一人と、聖堂の影へと消えていきました。




