ルルとララの恋物語
以前短編で掲載した物語です。
紙飛行機の青い背に乗る幼虫に愛しさを感じていただけたら、作者として幸せです。
「あれ?こうちゃんはどこだ?」
紙飛行機は、地面の方を見て、こうちゃんがいないことに気づきました。
「しまった。風に乗るのが気持ち良すぎて、遠くに来すぎた」
紙飛行機の脳裏に2歳のこうちゃんのぷっくりした笑い顔が浮かびました。
そのこうちゃんを喜ばせようと、ママが持ってきた色紙でパパが紙飛行機を折ったのです。こうちゃんは紙飛行機をひどく喜んで、何度も何度もぶーんと腕をふりまわしていました。
「よーし、こうた。パパが外でとばしてあげよう。それっ」
その時のこうちゃんの嬉しそうな顔といったら。
『もっとこうちゃんを喜ばせたくて、調子にのりすぎた』
紙飛行機は、後悔しました。
「こうちゃん。もう戻れないよ、どうしよう」
まだ若い紙飛行機は、途方にくれました。
紙飛行機がどんどん風に流されて、ミカン畑の上を通ったときです。
「怖い。あの茶色いのは何なの?怖い……。どうしたらいいの」
突然風がやんで、か細い声が聞こえてきました。
紙飛行機は、声のする方へうまく着地しました。
見上げると、ミカンの葉に米粒より小さい黒い生き物がいます。
「君。ねぇ、君。何を泣いているの?」
紙飛行機は、小さな黒い生き物に尋ねました。
「さっき、私のそばを何か早いものが横切ったの。怖くて……」
「それは、たぶん鳥だよ。僕も鳥くらい飛べたら、帰れるのにな」
「あなたは、同じようなのにぜんぜん怖くないわ。ねぇ、あなた。帰れないのなら、私の傍にいて。一人じゃ心細いの」
「でも、ぼく……」
小さな黒い生き物は、声も体も震えていました。
紙飛行機は、再び吹いてきた風をつかまえて、ふわっとミカンの葉にのりました。
そして、あらためて小さな黒い生き物の顔をまじまじと見つめました。丸いつぶらな目が、こうちゃんととても良く似ています。
紙飛行機は、なんとなくここにいたくなりました。
『こうちゃんのところへは、もう戻れないし……。なんだかほっとけない』
「うん、いいよ」
紙飛行機は、思わず答えていました。
一緒にいるようになって、2人は、ルル、ララと呼び合うようになりました。
ララがルルが乗る風の音が歌みたいに聞こえると言ったのが、きっかけでした。
ルルは、そんなことを話すララをかわいいと思いました。
「ララ。どうだい!空を飛ぶのは気持ちよいだろう」
「ルル、本当ね。お日様までいけそうだわ」
ルルはミカンの木からうまく風をつかまえて、時々ララを乗せて、空を飛びます。ルルル、ラララ。ルルのまわりの風は、優しい音色でうたっています。ララは、ルルが優しいから、風も優しいんだと思っています。そのルルをびゅんと風をきる鳥たちがからかってきました。
「お~い。ノロマ。ノロマな青いやつが、いっちょまえに飛んでるぜ!!」
「ほんとだ!!ほんとだ!!」
すると、ルルはすましていうのです。
「そうだね。僕はノロマさ。でも、いいんだ。君たちみたいな飛び方では、大切な人は乗せられないだろうからね」
「ははっ。負け惜しみもはなはだしいぜ!!」
鳥たちは、言いたいことを言い終えると、さっさっと行ってしまいます。
「ルル、平気?」
「あはは。ララ、大丈夫だよ。この青い翼はララを乗せるためにある!!な~んてね」
そのルルの青い翼が、太陽に照らされて、美しく輝いています。
『まぶしくてきれい』
ララは、その度に優しいルルを好きになります。
そして、2人で色々な話をします。
かわいいこうちゃんのこと。
器用で優しいパパとママのこと。
ルルは無邪気に話してくれます。
そんな時、ララは怖くなります。
『ルルは、本当は帰りたいんじゃないのかしら?』
だから、ララは良くこう言いました。
「ねぇ、ルル。私って黒くて醜くて、何も知らなくて、一緒にいてつまらないでしょう」
ララは自分に自信がありませんでした。
「僕は、君との暮らしが楽しくて仕方がないよ」
「本当に?」
「うん。だってララったら、何もかも初めて見るもので、一緒にいて僕も楽しくなっちゃうんだもん」
そう言って、ララをみかんの木に戻します。
「ララは純粋で、大好きだったこうちゃんにそっくりだ。ちっとも退屈しないよ」
ララは、その言葉を聞いて少し安心するのでした。
雨の日も風の日も、2人はミカンの木に寄り添って、2人でやり過ごしました。
そんな中、ララは脱皮して、いも虫になりました。
体も大きくなって、食欲も前の数倍。
ミカンの葉は、あっという間になくなっていきます。
ララは、そんな自分を恥じていました。もう大好きなルルの背にも乗れません。
「ルルは何も食べないで平気なのに。ルル、私を嫌いになっていいのよ」
「何をいうのさ、ララ。どんなララだってララはララ。僕は大好きだよ」
そう言って、ルルはララをそっとその青い羽で抱きしめるのでした。
ある日のこと。
ミカンの葉が大量に食べられているのを、人間が見つけました。
人間は、ミカンの木を守るために、消毒液をかけることにしました。
シュッシュッ。鼻をつく嫌な匂いが2人に迫ってきました。
何も分からない2人も、ただ事でないことに気づいていました。
「ルル。私の事はよいから、逃げて」
その言葉を聞いても聞かなくても、ルルは決意していました。
「何としてもララを守る!!」
ララを無理やり葉の裏に隠れさせると、その上にルルが覆いかぶさりました。
シュッシュッシュシュシュー。ルルの体に消毒液がかけられました。
「ううっ」
ルルは思わず声をあげました。雨とは違って、毒が体の中にしみこんでくるのが分かります。
「ルルっ」
ララは、悲痛な声をあげました。
ルルはあっという間に気を失ってしまいました。
その後、雨が数日続きました。みかんの木を滴り落ちる強い雨に打たれて、ルルは意識を取り戻しました。
体はずっしりと重く、息をするのも辛い状態でした。
「ララっ。ララっ。大丈夫?!」
目を覚まして最初に気になったのは、ララのことでした。
ララの声はどこからもしません。
雨音だけがルルの耳に聞こえました。
見上げると、ララの大きさの立ったままのぶったいがありました。
「ララ。ララなの?お願い!!返事をしてよ!!」
ルルは悲しくて辛くて、声のかぎり叫び続けました。
「ララ。ララ。ララ……」
しかし、相も変わらず、雨音だけがルルを包んでいたのでした。
それから、しばらくの時が過ぎて、ルルの声はもうとうに嗄れて、立ち尽くしたララにも届かなくなりました。
でも、ルルは、一瞬たりともララから目を離しませんでした。
夜も昼もララを見つめ続けました。
ララが一生動かなくても、ルルは傍にいるつもりでした。
「ララ。僕たちはずっと一緒だよ」
2週間目の夜明けが近づいてきました。
東の空がだんだん金色に染まっていきます。
その時でした。
ララの体が金色に輝きだしたのです。
ルルは息を飲みました。
ゆっくりと、でも確実に、ララは、さなぎをやぶって、その黄金の羽を太陽のもとにさらけだします。
そして、羽が完全に広がった時……。
「ララ……」
ララは、それはそれは美しいアゲハ蝶になっていました。
ルルはただただ見とれていました。
ララは、太陽よりも輝いていました。
「ルル、ありがとう。私、あなたのおかげで蝶になれたわ。」
ララは、ひらひらと、ルルの下に舞い降りました。
「ルル、今度は私の番。私があなたをこうちゃんの元へ運んでいくわ」
「ララ……。あぁ、ララ、僕は……」
声にならない声をしぼりだして、ルルは泣きました。
ララは、前にルルがしたように、そっとその黄金の羽でルルを抱きしめました。
「ありがとう、ルル。本当にあなたを愛しているわ」
そう言うと、「待ってて」と、ララは空に舞い上がって、仲間を呼びました。
何匹ものアゲハ蝶が、優しくルルの体を空へと持ち上げます。
「あぁ、久しぶりだ。空を飛ぶって、やっぱり気持ちいい」
みかん畑を超え、菜の花畑をこえ、こうちゃんの家の赤い屋根が見えてきました。
「ララ、あれが、僕の生まれた家だ」
ルルは嬉しそうにララに報告しました。
「でも、もう僕のことは忘れているだろう」
「ルル……」
「いいんだ。僕はこうちゃんの家に帰れただけで満足だし、それに……」
ルルはララを見つめて言いました。
「いっしょにいたい人は、もうそばにいる」
「きゃはははは」
その時、子供の声がしました。こうちゃんです。手には赤い紙飛行機を持っています。
「こうた。外で飛ばさないの?」
「うん、家の中だけにする」
「まだ、青い紙飛行機のこと、気にしているの?」
「……」
「大丈夫よ。きっとお友達ができて、楽しくやっているわよ」
「ほんとう?」
「そうよ。お外にはちょうちょうや鳥がたくさんいるでしょう」
それを聞いて、ルルはララに笑いかけました。
赤い屋根の裏庭の花畑の上で、蝶たちはルルを下しました。
そして、ひときわ美しい一匹の蝶が、裏庭に住むようになりました。
ルルは思いました。
『もしかしたら、紙飛行機としては僕はもう飛べないかもしれない。だけど……、「ルル」としては、本当に誰よりも幸せなんだ』と。
今日も、ルルとララ、2人の笑い声が裏庭から聞こえてきます。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。