喜助じいさんと狐のなぞなぞ
こんなおじいさん、たまにいらっしゃいますよね(笑)
喜助じいさんは、この春で八十八歳。でもよぼよぼのおじいちゃんと思ったら、大間違い。と言うのは、本人はいつまでも若いつもりだからです。確かに、足腰は丈夫で杖なんて要りませんし、目や耳も年齢のわりにはしっかりしています。そして、いつまでも長生きしたいと毎朝の散歩を欠かした事がありません。寒い冬でさえ、下駄をつっかけてカランカランと歩く姿は、近所の風物です。
ある日のこと。いつものように散歩に出ると、いきなり黒い猫が横切りました。喜助じいさんは、「うーん。」と唸りました。黒い猫が横切ると、良くない事があると聞いた事があるからです。
「まぁ、一度くらいこんな事もあるわな。気にせんわい。」
喜助じいさんは気を取り直して又歩き出しました。春の日差しが暖かく、さっきの出来事も忘れたころ・・・。
カァカァカァ、バサッバサッ。今度は喜助じいさんの頭の上で沢山のカラスが鳴いています。
「こりゃまた、どういう事だ?」
さすがの喜助じいさんも、嫌な気持ちになりました。
「そうだ。いつも行っているお稲荷さんにお願いして気分を変えるか。」
喜助じいさんは急いで、下駄の音を立てながら、お稲荷さんに向かいました。
「お稲荷さん、何か良くない事が起こりそうです。どうかわしをお守り下さい。」
着いた早々、喜助じいさんはお社の前で深々と頭を下げました。すると、その瞬間。ブチッ。なんと下駄の鼻緒が切れたのです。喜助じいさんは、真っ青になりました。
「一度ならずも三度まで。こりゃ、本当になんかあるわい。」
喜助じいさんがそう呟くと、
「その通りです!」
と、なんとお社の陰から狐が現われたのです。
「き、狐がしゃべった。」
喜助じいさんは、入れ歯をガクガクいわせて、腰をついてしまいました。
「そんなに驚かないで下さい。私は、あなたにどうしても伝えたい事があるんです。同族のよしみで、このお社の狐様が私をあなたと話せるようにして下さいました。」
喜助じいさんは、まだ口をあんぐり開けたままです。
「聞いてください。あなたの寿命は後半刻もありません。」
「何じゃと!」
喜助じいさんは、いきなり背筋をぴしっと伸ばしました。喜助じいさんにとって、狐が喋るより寿命がなくなるという方が驚きだったのです。
「それは本当か?」
「はい。後少しであなたは死にます。」
「何て事だ!」
喜助じいさんは余りの事に体を震わせました。
「でも、助かる方法があるんです。」
狐は、慌てながらも力強く言いました。
「何じゃと?どうすればいいんじゃ。」
「私のなぞなぞに答えればいいんです。」
狐は、さも重大だと言わんばかりに喜助じいさんを見ました。
「なぞなぞだと?ふざけているのか?」
「ふざけてなんかいません。狐の私が、あなたと話せているのが、何よりの証拠です!」
喜助じいさんも、確かにそうだと思いました。
「私は、お稲荷さんに頼んで不思議な力を頂きました。あなたが一番大切なものを、お稲荷さんの前でいえば、助かります。だから、ヒントになる私のなぞなぞに答えて下されば、あなたは死にません。」
「それは本当じゃな。よし、分かった。生きる為なら何でもする。でも何でお前さんは、わしの為にお稲荷さんに頼んでくれたんじゃ?」
喜助じいさんは、不思議に思い狐に聞きました。
「あなたに恩があるんですよ、喜助さん。」
狐はそう言って、ボンっと煙の中に消えました。そして、声だけが続きました。
「喜助さん。私のなぞなぞは、私が化けたものを探す事です。寿命がある内に答えて下さい。私は、あなたが一番大切にしていて、一番近くにいるのに、そこからは全てを見ることは出来ず、触れられる時もあれば、触れられない時もあるものです。」
一番大切。一番近い。ここから見えない。触れられる時もあれば、触れられない時もある。喜助じいさんの頭に一番最初に浮かんだのは、家族の顔でした。ばあさんや息子や嫁や孫。本当に本当に大切です。
(一番近く。そうだ、家族が一番近い。一番大切。でも、見えない?家族は見えるしなぁ。待てよ。ここからと言っておったな。ここに家族はいない。今は触れられんが、家に帰れば触れられる。)
喜助じいさんは、張り切って答えました。
「分かった!家族じゃ。」
「違います。」
「なんじゃと!」家族じゃなければ何なんだ?喜助じいさんは、困り果ててしまいました。
(これでわしもお終いかの。優しかった母ちゃん父ちゃんの所へいく時が来たか。うん?今のわしがいるのは、両親や先祖のおかげじゃ。一番近い?一番大切?見えないし、触れられない?生きてる時には触れられた!そうか!今度こそ!)
「狐!わかったぞ!今度こそじゃ!答えは、御先祖さま、仏さまじゃ。」
「違います!喜助さん、時間が迫っています。」
狐は焦った声を出しました。喜助じいさんも焦って、狐を怒鳴りました。
「こら狐、そんな事言って、わしをからかっているだけなんだろう。」
「違います。私はあなたに恩を返したいだけなんです。」
「恩?」
狐の恩返しなどと、そうそうある事ではないじゃろう。喜助じいさんは、遠い記憶を手繰り寄せました。
狐、狐っと。そうじゃ、そうじゃった。このお稲荷さんで、わしは昔死にそうな子狐にお供え物の油揚げを食わした事がある。そうか、そうか。あの時の子狐か。そしてその時喜助じいさんは子狐にこう言ったのです。
「ほれ、食え、狐よ。お稲荷さんで狐が倒れてどうする。命あっての物種じゃ。生きろよ。動物といえど、命は尊いからの。」
喜助じいさんは頭をぽんと叩きました。
「分かったぞ!狐。お前を思い出した。そして、答えも分かったぞ。一番大切で一番近くで、ここでは全ては目に見えず、なるほど死んだら触れられんわな。答えはわしの命、すなわちわし自身じゃ!!」
「正解です!」
「いたっ」
髪が1本ひっばられる感覚があった後、狐はぼんと煙とともに、喜助じいさんの頭の上から現われました。
「良かった。これであなたは死にません。」
「ありがとう、狐よ。お前のおかげで、わしゃ長生きできそうじゃ。」
「もう、力が切れます。こちらこそ恩が返せて良かったです。いつまでもお元気で。」
狐はコーンと鳴き、お社の裏へ走って行きました。
喜助じいさんは、狐を見送りながら思いました。明日から散歩は家族を連れて行こう。ついでに墓参りもしよう。そして、またお供え物の油揚げを買わんとな。またこんどこんなことがないとはかぎらんわい、と。
おしまい
最後までお読みくださり、ありがとうございました!