あの人が作ったロボット
心が優しいということは、人の心を溶かします。今苦しんでいる人も、人だけでなく、ペットや好きなこと、自然からでも優しさをもらえますように……!ファイトです!
今よりもAIが進化した未来のお話です。
ママが家を出ていってから、1年が過ぎた冬だった。
その人は、私の13歳の誕生日に、パパに連れられて、我が家にやって来た。
「ハッピーバースディ!ユカ!」
パパは、陽気にうかれていた。
「この人が、以前から話していた人だよ。今日、パパの新しいパートナーになってくれた。今日は、ダブルで記念日だな。」
「ユカちゃん、お誕生日おめでとう。これから、よろしくね。」
その人は、緊張した笑顔で、私にあいさつした。
あぁ。今までは、何とかその人と会うのをさけてこられた。だけど、もう無理だ。
私は、どうしてよいのか分からず、ただうなだれていた。
パパは、うれしさをかくせないようすで、私の肩を抱いた。
「ユカ、幸せになろう。こんどこそ、みんなで幸せに。なっ。」
じゃぁ、ママとは幸せじゃなかったの?
私は、パパの一言にむっとした。
パパがそんな風だから、ママに好きな人ができるのよ。ママと離婚してから、まだ1年なのに…。
もしかしたら、ママ、戻ってくるかもしれないと思っていたのに。
パパのばか。もう、しらない。
私は、そっぽを向いた。
その人は、よく分からないけど、ロボット工学の博士かなにかで、パパより5つも年上だった。
その世界では、かなり有名な人らしい。
家に連れてくる前、パパがひどく熱く語っていたから。
「ユカ。めちゃくちゃおもしろい人なんだよ。昔のロボットまんがが好きでね。それで、この道に入ったらしい。」
「ふ~ん。」
「その人の夢もおもしろいんだ。」
興味ないよ、パパ。
私は、のどまで出かかった言葉をすんぜんで飲み込んだ。
「まず、ロボットが、ひとりぼっちの人をいやすパートナーになるんだ。でも、それだけじゃない。そのロボットをとおして、そこから人と人とをつないでいく。そして、世界中の人が、ひとりぼっちじゃなくなる。」
「あっ、そう。」
「だから、彼女は、ロボットの性格の研究をしている。やはり、望ましい性格というものがあるからね。パパは、彼女のその夢を心から応援したいんだ。」
私にしてみれば、そんなことはどうでも良かった。大事なのは、ママと比べてどうかということ。
その人は、ママより太っていたし、ちっともきれいじゃなかった。
ママみたいに、おしゃれなかっこうもしていない。お化粧もしていない。
髪もカラーリングもせず、一つにまとめているだけ。
よりによって、どうしてこんな人とパパは再婚したのかしら。
それに、パパがママを『ママ』と呼んでいたように、その人を『お母さん』と呼び始めたのも腹ただしかった。
そんなある日。
私は、いつものようにとぼとぼと学校から帰ってきた。
いつからだろう。いつもいる自分の家でさえ、さみしさを感じる場所になったのは。
ビー。
玄関のロックを、虚しい気持ちではずした。
「オカエリナサイ。」
玄関のドアが開くと、唐突に何かに出迎えられた。
『おかえりなさい』の一言に、一瞬ママの姿が重なった。
が、よく見ると、その声の主は、パパがあの人にもらって、大事にしているロボットにそっくりのごつい姿をしている。
年代物の超合金の正義の味方は、今もパパの部屋の真空のガラスの棚に大切に飾ってあるのだが、私には馬鹿馬鹿しいおもちゃ以外には見えない。
ロボットは、見かけからは想像できないような、小さな女の子のような声で歌うようにしゃべった。
「ハジメマシテ。ワタシハ、ユキ。」
驚くよりもピンときた。絶対、あの人がつくったロボットだ。
私は、ママを思い出させた腹いせに、ロボットをにらみつけた。
「ちょっと、ここは研究所じゃないわよ。」
「アナタノゴハン、ツクリマシタ。」
確かに、奥からいい匂いがしている。
「へっ?何いってんのよ!!」
「ゴハン、タベテクダサイ。」
「ふざけないで!!」
「フザケテイマセン。アナタノオカアサンカラ、タノマレマシタ。」
私は、『おかあさん』という言葉にピクッと反応した。
「いらない。それに、あの人はお母さんじゃない。」
「ダメ。カイグイトサプリメントダケデハ、ココロモカラダモビョーキニナリマス。」
そう言って、ロボットはカチャカチャッと、私の腕をつかんだ。
「ちょっと、何するのよ!」
「トニカク、タベテ。」
ロボットは、無理やり私を椅子に座らせ、食べ物をぱぱぱっと口に押し込んだ。
その瞬間、「あっ。」私は、声を出した。
この生クリームとチーズがきいた感じは……。
「ママがつくったクリームシチューと同じ味だ。」
「ワタシニハ、ユカリサンノリョウリギジュツガ、インプットサレテマス。」
ユカリ……。ママの名前だ。
とってもおいしい……なつかしい……ママ……。
私は、久しぶりのママの味に不覚にも泣いてしまった。
それからは…そう、それからはロボットのおかげで、私はちゃんと栄養の整った食事がとれるようになった。
顔色も良くなり、朝も辛くなくなり、私はどんどん元気になっていった。
と言っても、相変わらず、あの人とはなんの進展もなかったけれども。
が、私は意外なことに学校に行っている以外、ずっとロボットと一緒に過ごした。
大嫌いなあの人がつくったロボットといる理由、それは……。
ママの味がどうしても忘れられなくて。
それから、どうしようもなく一人ぼっちのさみしさをまぎらわすために。
ロボットだからだろう。
あの人の影を感じることなしに、最初は利用している、という感覚だった。
ところが、だ。
だんだんユキというロボットの待っている家に帰るのが楽しみになってきてしまった。
中学校にも近所にも、本音で話せる友達なんか一人もいなかったし、それに、ロボットだからかどうかは分からないけれど、ユキは、色眼鏡でいろんなことを見なかった。
そういう人(あっ、ロボットか)とは、一緒にいて気がとても楽だったし、何と言っても新鮮だった。
まんがばかり読んでいる私に、
「ユカハ、ゼンゼンベンキョウシマセンネ。」
「いいの。私、勉強きらいなの。」
「オオッ。ユカハ、ドリョクカデス。」
「なんでよ。」
「ダッテ、ベンキョウジタイガ、キライナンデショウ?」
「そのとおりよ。」
「ベンキョウヲスルノガ、キライナワケデハナイカラデス。」
「ええっ?」
「ソノショウコニ、ユカ、イッショウケンメイ、マンガヨンデマス。」
「う、うん。まあね。」
「スキナコトハ、イッショウケンメイ。」
と、いう具合。
それが、嫌味に聞こえず、私へのエールに聞こえるのが、ユキだった。
しかも、面白くてちょっとあいらしい。
「ユカ。ショウライ、ナニニナリタイ?」
「う~ん。今のところ、マンガ家かなぁ。」
「ワタシハ、モットカワイクナリタイ。」
「えっ、どうして?」
「ケサ、ミーチャンニ……。」
ミーちゃんは、ご近所さんが飼っているわんぱくな子犬だ。
「ミーちゃんに、何かされたの?」
「ヒョウシキダト、オモワレマシタ。」
ぷっ。私は、思わずふきだした。
「分かった。おしっこ、ひっかけられたんでしょう。」
「ウウ………。ミーチャン、コワイ。」
それだけではない。時々、どきっとすることも投げかけてくる。
きまって、私がふきげんな時だ。
「ユカハ、イマ、シアワセデスカ?」
幸せ……。私の頭に、ぱっとパパとママが浮かんだ。
そして、その後、あの人の顔も。
私は、何となく胸が痛くなって、急いで打ち消した。
「分からない。」
「ワタシハ、シアワセ。」
「あら、そう。どうして?」
「ユカガ、スキダカラデス。パパモオカアサンモスキ。」
「ロボットは、単純でいいわね。」
「ソレダケデハアリマセン。ユカリサンモ、ミーチャンモ、ミンナスキデス。」
「えっ、ママもミーちゃんも?」
「ユカモ、ミンナヲスキニナレバ、シアワセニナレマス。セカイジュウノミーンナヲ。」
私は、何も言えなかった。
現実は、そんなにあまくないし、そんなの理想だ。
でも……、もし、もしもそうなったら素敵だろうなと思ったから。
本当は当たり前で大切なはずなのに、みんなが忘れてしまって通り過ぎていること。
そういったことを、ユキはちゃんと持っていた。
『ユキといると、楽しい。』
私がそう思うのに、そんなに時間はかからなかった。
ユキと話していると、可笑しくて、はっとして、あたたかくて、嫌なことなんてみんなふっとんだ。
私たちは、妙に気が合って、ほんとうのきょうだいみたいだった。
あの人がユキを作ったという事実がしゃくにさわったけれど、ママの味とユキの性格は最高に気にいっていた。
そんな穏やかな日々が続いていた、ある蒸し暑い夜だった。
ユキと私は、食卓を囲んで、夕飯を食べていた。
もちろん、ユキは、私の話をおかずにするだけだったけれど。
あの人はいない。
ユキが来てから、忙しいらしく、顔をめったに合わせなかった。
トゥルルルル。
私の携帯が鳴った。
パパからだ。
珍しい。なんだろう?
「ユカ。お母さんが……、お母さんが。今、連絡があって……。」
「パパ。落ち着いて。いったい、どうしたの?」
「お母さんが、お母さんが、家から研究所に向かう途中、交通事故に遭って、病院に運ばれた。」
「え?それで、大丈夫なの?」
「ひどいけがらしいんだ。」
パパのうろたえように、さすがの私も真っ青になった。
どうしよう?
もしも、もしもあの人に何かあったら……。
ユキは、今ではとても大切な存在になっていた。
ユキを好きになればなるほど、あの人に何か恩みたいなものを感じなかったといえば嘘になる。
「まだ、ユキのこと、ありがとうと言えていないのに……。」
私は、震えた。
「オカアサン、ジコ?ダイジョウブ?」
ユキも、あの人が心配でおろおろしている。
しっかりしなきゃ。
私は、頭が真っ白になりながらも、急いで病院に向かった。
その人は、痛々しくベットに横になっていた。
パパは泣いていた。
「パパ、しっかりしてよ。大丈夫、良くなるよ。」
私は、それだけ言うのが精いっぱいだった。
「ミーちゃんを助けようと、道路に飛び出したらしい。ミーちゃんは無事だったけど、お母さんが……。ううっ。」
私は、黙ってパパの背中をさすった。
「ううっ。ユカ、ご飯、おいしかったか?」
「パパ、こんな時に何を言っているの?」
パパは、その人の手をそっととって、私に見せた。
手は、切り傷と絆創膏だらけだった。
「パパ。この人の手……。」
「ユカは知らなかったろうけど、ずっとご飯を作っていたのは、お母さんだったんだ。」
「えっ、でも、ユキは自分が作ってるって……。」
「ユキのボディを見ているだろう。あんなこった料理をつくれるつくりじゃない。」
「言われてみれば、そうだ……。確かにボディは古い型のままだ。」
「ユキに嘘をつかせていたんだ。お母さんらしい嘘だ。」
「パパは、何も聞いてなかったの?」
「知らなかった。ユカが喜んで食べていると聞いて安心していただけだった。ママからの電話で、嘘のことをきいた。」
「ママ?どうしてママが?」
「本当に、お母さんらしいよ。ママのユカリに何度も頭を下げて、忙しい中、料理を教えてもらっていたみたいだ。」
パパは、ぽつりと続けた。
「お母さん、研究一筋で、料理なんかした事なかったから、苦労したろうな。」
私は、がーんと頭をなぐられたみたいな気持ちだった。
「お母さん、ユカとユキが仲良しなのがうれしくて、がんばっていたんだ。」
ユキの名前がでて、私は鼻の奥がつーんとした。
「私、ユキが本当に好き。」
「そうか……。ユキの人格モデルはね、お母さんなんだよ。」
「えっ、それってもしかして、ユキの性格って……。」
「そう、お母さんにそっくりだ。まるで、お母さんの子供みたいに。」
私は、あまりのことに、立っているのがやっとだった。
そして、胸がつまって、それから一言も話せなかった。
「ユカ。パパも頑張るよ。お母さんを見習って。」
私は、泣きそうな気持でその声を背に、病室を後にした。
病院から帰ると、ユキが、ミーちゃんに吠えられながら、家の前でうろうろしていた。私を見つけると、カシャンカシャンと走ってきた。
「オカエリナサイ。オカアサン、ダイジョウブ?」
「大丈夫だよ。検査したら、大したことないって。すぐ退院できるよ。」
「ヨカッタ。」
「良かったね。嘘つきロボット。」
「ゴメンナサイ。オカアサンハ、ワタシニトッテモ、オカアサン。ヤクニタチタクテ、ウソツキマシタ。」
「もう、いいよ。料理もおいしかったし、あなたみたいな弟もできたし。」
ユキは、私を見つめた。
「ユカ、オカアサン、スキニナッタ?」
「わからない。でも、嫌いじゃなくなった。」
ユキには表情がないはずなのに、くすっと笑ったのがわかった。
「こら。」
私も、ユキをこづきながら笑った。
「ありがとう。」
私は、ひんやりとしたユキのボディをそっと抱きしめて言った。
あの人の顔が浮かんだ。
退院したら、同じ言葉を言おう。
ちゃんと言えるかな?私、口下手だからな。
でも……。
ユキと過ごした半年は、ママとパパと仲良く過ごせていた時と同じくらい、ぽかぽかした時間だったから。
「ユカ。オカアサンニモ、アリガトウ、イウ?」
見透かしたようにユキが言った。
「もう、ユキったら。」
だけど、そうだね。
お母さんとは、まだまだ呼べそうもないけど……。
勇気をだして。
「ありがとう、ゆきえさん。」
ひとまず、心の中でつぶやいた。
昨日まであったもやもやは、もうなかった。
夜空いっぱいのきらきらした星たちを、きょうだい二人で見上げながら、私は、いや私たちは、とびきりいい気分だった。
それからのことは……少しずつ進んでいった。
パパは、研究を終えると、一目散に家に帰って、まだ車椅子のゆきえさんを助けた。
パパの料理は、めちゃくちゃまずかったけれど、私は文句を言わなかった。
が、それは同時に私とゆきえさんとの微妙な距離を表しているのだけれど。
私は、早くゆきえさんの料理が食べたかったのに、口に出せずにいた。
それよか、ユキのことさえ「ありがとう」と言えていなかった。
パパは、そういうところもものすごく鈍感で役に立たないし、このままではだめだ、と思った私は、ゆきえさんが車椅子から降りて、初めて料理を作ってくれた日に伝えようと決めた。
何度もユキを相手にセリフを練習して、端から見たら馬鹿みたいだったろうと思う。
恥ずかしい……。
でも、それだけ真剣だったのだ。
その日、ユキは料理をつくっているゆきえさんのそばについて
「オカアサン。オテツダイデキナクテ、スミマセン。」
などと言いながら、料理の合間にゆきえさんに椅子をすすめたり、座らせたりしていた。
『ユキは素直に表現できていいよな~。』などと思った時だ。
ゆきえさんが、よろっとよろめいた。
私は、ユキがいるのに、思わずキッチンに飛び出していた。
ユキの腕につかまったゆきえさんは、私を見て驚いたが、すぐに
「ゆかちゃん。大丈夫よ。」と笑顔になった。
その笑顔がユキを彷彿とさせて、私は勇気が湧いた。
「あの……、ユキのこと、料理のこと……」
声が詰まった。喉がからからに渇いてしまって、それ以上声が出ない。
すると、ゆきえさんは私の頬を両手でそっと包んで言った。
「ゆかちゃん、ありがとう。ユキと仲良くしてくれて。料理を食べてくれて。」
その手の温もりは、私のどうしようもなかった最後のこだわりと余分な力を溶かしてしまった。
そして、泣く寸前で声を振り絞った。
「ありがとう。」
その瞬間、ユキが私を抱きしめた。
「ユカ。アリガトウゴザイマス!!」
ゆきえさんが心底嬉しそうに言った。
「ユキ。それは私のせりふよ。」
思わず、3人で顔を見合わせて、泣きながら大笑いをしてしまった。
そこにパパが帰ってきた。
「おいおい。楽しそうだな。パパも仲間にいれてくれよ。」
こんな賑やかで楽しい晩餐は、どれくらいぶりだったろう。
パパが浮かれて、ゆきえさんがおっとり笑って、ユキがぼける。
私は、ほとんど話さなかったけれど、心には温かいものがずっと流れていた。
その夜。
ベッドに横になりながら、ユキに聞いた。
「ユキの夢はなあに?」
「ワタシノユメハ、モウカナイマシタ。デキレバ、モウチョットカワイクナリタイケレド。」
「ふふ。そっか。私、もう一つ夢ができちゃった。」
「ソレハナンデスカ?」
「ロボット工学を勉強すること。」
ユキは黙っていた。
「私がユキの姿、必ずもう少しカワイクしてあげる。」
ユキは、「ユカ。ダイスキ。」とぽそっと言った。
それを聞いて私は、満ち足りた気持ちになって、考えた。
明日、起きたらユキと一緒に、ゆきえさんに「おはよう。」と言おう。
「行ってきます。」「ただいま。」も言おう。
ありがとうが言えたんだもの。
それぐらい簡単よ。
私は頬が思わず頬がゆるんだ。
ゆきえさんが作ってくれたユキというロボットは、こうして私に美味しい料理と温かい家族と叶えたい夢をくれた。
明日からも、これからも、ユキがいる。パパもゆきえさんもいる。
私もいつかユキみたいなロボットを作りたい。
そして、色々な人をつないでいくんだ。
「ユキ、私も大好きだよ。」
そう言って、明日という日を楽しみにしながら、私はまぶたをゆっくり閉じた。
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
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