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桜と涙とありがとう

大切な友人の絵にインスピレーションをもらって、書いたお話です。



その二十歳くらいの男の人は、うさぎみたいな真っ赤な目で何度も何度も頭を下げていた。


「本当に申し訳ございません」


その言葉は、ここ数日でやつれて小さくなったパパの背中をいっそう物悲しくさせた。


「君にもお母さんがいるね。二度とこんな過ちを繰り返してはいけないよ」


「本当にすみません。会社に入ったばかりで、毎日慣れなくて、苦しくて……毎日残業で寝不足だったんです」




私は、耳をふさいだ。


いたたまれなくなって、私は席をたって玄関を出た。     


外の空気は、ここ2、3日で大分暖かくなった。


走ろう。


なぜかそう思った。


私は走って走って走り続けた。


男の人の言葉を、忘れたかったのかもしれない。


心臓がバクバクいっている。


汗もかいて、口がからからで、吐きそうだ。


それでも涙は出てこない。


ママが、交通事故で亡くなってからお葬式まで、私は一粒の涙も流せなかった。




あの朝、ママが言った。


「学校から帰ったら、一緒に桜を見に行こう。ママ、とっておきの秘密の場所を見つけたのよ」


「え~、やだよ。せっかく部活がないんだもん。ひろこたちと買い物に行くよ」




桜が大好きだったママ。


桜を見ている時のママの幸せそうな顏。


決して美人じゃなかったけれど、私は小さい頃桜よりママのその顔に見とれていたものだ。


思い出すと、私は心臓を丸ごとぎゅっと握られたような気持ちになる。




ふっと意識がなくなった。


気づくと、緑色の草の上にピンクの花びらがたくさん落ちていた。


「桜?」


私は、ゆっくり周りを見渡した。


桜の木々が何本もあって、みんな花盛りだ。


青い空に花びらが舞って、緑の野原も全てピンクに覆われている。


そよ風が吹く度、花が揺れる。


私はその美しすぎる光景を見て、ここがママが言っていた秘密の場所だと確信した。




「ユカ」


当たり前のように自然な声が聞こえた。


振り返るとママが笑っている。


「どう?きれいでしょう。」


「ママ!」


私は、夢?そう思いながらも、駆け寄って絶対ママを離すものかと力いっぱい抱きしめた。


「ユカ。ごめんね。こんなに早く死んでしまって。まだまだ一緒にいてあげたかったのに」


私は、頭がが~んとした。


『やっぱり、ママは死んだんだ』


私は、ママがいなくならないように更に強く強く抱きしめた。


もっともっとママを大切にすれば良かった。


いつも口答えして、気に入らないことがあると八つ当たりして……。


勉強もしなくて心配をかけ通しだった。


ご飯もお弁当も美味しいのに、「ごちそうさま」なんて言わなくなっていた。


ひろこと仲直りできたのも、ママのアドバイスのおかげなのに、そのことにお礼を言ってもいなかった。


お葬式の間中、考えていたことを言おうとしたけれど、言葉が出でこない。




「ママ、ごめんね。私、私……」


「謝ることなんてないわ。ユカとパパはママが世界で一番愛している家族だもの」


「でも、良い子じゃなかった」


「ふふ。ユカも子供が生まれれば分かるわ。子供はいてくれるだけで親は幸せなの。それに、あなたは良い子よ。あなたのおかげで、ママは何倍も強くなれたわ」


風が吹いた。桜吹雪が私たちを囲む。


「じゃぁ、ママ、幸せだったの?」


「うん。幸せだった。世界で一番愛しているパパと結婚できて、ユカを授かって……ユカとパパと最高に幸せだった。ありがとう」


悲しみなんて微塵も感じないほど、ママは笑った。


「だから、二人には元気で幸せでいてほしい。それがママの一番の願いだよ」


「ママの一番の願い……」


「まぁ、ママの娘と旦那様だから絶対大丈夫だろうけどね。信じているよ、ユカ」


また、風が吹いて、桜吹雪が舞った。


「あぁ、きれいね。最後にユカと見ることができで良かった。ありがとう」


ママは、あの桜を見る時の表情になった。


『あぁ。ママ本当にきれい』


それを見て、つつー。初めて涙が出た。


「ありがとう、ユカ」


ママの手が私の涙をぬぐった。


「ママ、いっちゃうの?」


「信じてるよ、ユカ」


「ママ、ママ、ママ……いかないで」


「信じなさい、ユカ。幸せになれるから。信じなさい、ユカ。信じてね」


涙が止まらない。


でも、この別れがどうしようもなくさけられないのだ、と直感した。


私は絶対に忘れるものか、とママの顔を見つめた。


「ママ、ありがとう」


もっともっと伝えたいことがあった。


でも出てきた言葉は、ありがとうだった。


三度目の風が吹いて、桜吹雪が舞った。


そして、今度は私だけを包みこんだ。




ふっと意識がなくなって、気付くと目の前にはパパとあの男の人がいた。


男の人は、土下座をして、パパの後ろにいた私に言った。


「俺にもおふくろがいます。それなのに……本当に申し訳ありませんでした」


私は、涙を流しながら顔を下に向けた。


制服のスカートに桜の花びらがついている。


私は、ママの幸せそうできれいな顔を思い出した。


『信じているよ、ユカ』


『信じなさい、ユカ。幸せになれるから』


ママの声が聞こえたような気がした。


「涙が出たから……きっと……きっと私は大丈夫になります」


めちゃくちゃな日本語だけれど、やっとの思いで言った。


男の人もパパも驚いて、目を見張った。


「幸せになろなきゃ、パパ。それがママの願いだから。だから、前をむきたい」


私は、ひっくひっくしながらパパの背中に抱きついた。


パパは泣きながら、男の人に言った。


「君はこの子の分まで、お母さんを大切にするんだぞ」




あれから、何度目の春を迎えただろうか。


私は、それ以来秘密の場所に行けていない。


けれど、桜は毎年必ず見に行っている。


そしてこの春私は出産する。


あの時、ママに会えたからこそ、子供を授かった時の喜びはひとしおだった。


「子供はいてくれるだけで幸せ」


ママの言葉の意味が痛いほど分かる。


ママ、今私は幸せだよ。


パパも元気だよ、私達幸せにやっているから安心して。本当にありがとう。


桜を見上げ、私はやっぱりちょっと泣いた。




おわり    



お読みくださり、ありがとうございました!

何か感じたことがありましたら、ご感想などいただけますと嬉しいです。

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