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五つ目の薬

いとこのきれいで優しいお姉さんに、小さい頃憧れてました。

そのお姉さんと一緒にいたくて仕方ありませんでした。

この作品は、立原えりか先生の『まほうつかいのまごむすめ』のオマージュ作品です。

ひなこは、帰ってきてからずっと頭が痛かった。


何だか熱もあるようだ。食欲もない。


「今日は夕飯を作ったら、すぐに寝よう」


ひなこは、母親と自分の大好物、シチューを作ることにした。




「今頃お母さんも頑張っているのだろうな」


ひなこのお母さんは、看護師だ。


夜勤の時は、いつもひなこが自分の夕飯兼母親の朝ご飯を作る。


小学校三年生の夏休みに、初めてカレーライスを作った。


その時のお母さんの嬉しそうな顏。そして「おいしい!」の一言。


嬉しかった。


それ以来、母親思いのひなこは台所に立つようになったのだ。




ジャガイモをむいている時、ふらっとした。


でも、手を止めることはしない。


女手一つで自分を育てている母親の方がよっぽど大変だ。ひなこは、いつもそう思って頑張る。


「そうよ。シチューを食べて、薬を飲めば大丈夫よ」と言い聞かせながら。




ぐつぐつ煮る段階になって、今度はくらくらしてきた。


熱を計ってみると、三十八度もある。


ぐったりして、キッチンテーブルの上に頭を置いて横を見た。


ひなこが、幼稚園生の時にかいた絵が貼ってある。


そこには、二人の女の子が描かれていた。


バラ色のワンピースを着ている歳が大きい女の子と黄色のワンピースを着ている小さい女の子と。


どちらも笑っている。


「バラ色が好きな子だったわ」


一度、お母さんが酔った時に話してくれた。


ひなこが、その人の好きなものを知っているのはそれだけだった。


そう思ったら、ひなこはふと心細くなった。


「すごく辛い……。このまま死んでしまいそう。あぁ、死ぬ前に一度だけでも会いたかったのに」


もう、薬を飲む気力もない。


「ちょっと頑張りすぎた。お母さん、ごめんね」


ひなこは、やっとの思いで火を止めると、すきっぱなしの母親の布団に倒れこんだ。






あたたかい手の感触が服の上からする。


その優しさが心地良かった。


「お母さん、帰ってきたの?」


そう言おうにも、声が出ない。


ひなこは、布団の上で気が付くと、潤んだ目で手の主を見ようとした。




目の前に、きれいな、20歳くらいの女性の顔が現れた。


今まで見たこともない人だ。


バラ色のワンピースを着て、病気のひなこでも驚くほどに美しい女性だった。


「あなたは誰?」


そう言おうとするが、やはり声が出ない。


その女性は笑顔になった。


「寝ていなくてはだめよ」


しっかり者のひなこは、ふだんは知らない人を家にあげないし、お世話になることなど全くない。


だから、声をふりしぼって聞いた。


「だ……れ……?」


「心配しなくても良いわ。私はあなたがあんまり苦しそうだから、あの絵から出てきたのよ」


ひなこは、びっくりした。


女性は、続けた。


「私は、あなたを看病したいの。これは魔法だから、怖がらずに安心して」


そう言って、優しくほほえんだ。




ひなこは、自分が描いたバラ色のワンピースの女の子が成長したら、こんな風になるだろうなと想像した。


『でも、そんなことってあるのかしら?


熱があるからおかしくなっている?それとも本当に?』




女性は、柔らかい白い手でひなこのおでこに触れた。


よい香りのする花びらになでられているかのようで、心地良かった。


ひなこは、何だか甘えたくなって、じっとしていた。




「今ね、おかゆを作ったの。卵がゆよ」


それは、とても美味しそうだった。


黄金の卵がしっとりとお米に絡んで、柔らかそうでふわふわして。




女性は、卵がゆをふーふーと冷まして、ひなこの口に運んだ。


ひなこは、思わず口を開けた。


味は喉が痛くて分からなかったが、びっくりするほど体にしみ込んだ。




『いつもの私とは違うわ。いつもだったら、どんなに熱があっても、自分で食べようとするのに。


私、いつからこんなに甘えん坊になったのかしら?』




そして、女性は汗でぬれたひなこを清潔なパジャマに着替えさせた。


女性の手は、お母さんのがさがさの手と全く違った。


まるでばらのつぼみのようなので、ひなこは『お母さんに悪い』と思いながらもうっとりした。


そして、その手は薬をくっと飲ませ、おでこを冷やすタオルを手際よくしぼる。


ひんやりしたおでこが気持ち良かった。


女性は、とてもてきぱきしていて、その様子がひなこのお母さんに似ていた。


ひなこは、女性の一挙手一投足をじっと見つめた。


何だか目が離せない。




「薬はじきに効いて来るわ。後は、ゆっくりお眠りなさい」


ひなこは焦った。


「帰っちゃうの?」と、かすれた声で言った。


女性は、返事をする代わりにほほえむと、ひなこの汗びっしょりの髪をなでた。


ひなこは恥ずかしかったが、こんなことをしてくれるのはお母さんぐらいだったし、素晴らしく美しくて優しい女性にそうされて嫌な気持ちは全くしなかった。




ひなこは、このまま眠りたくなかった。


女性をずっと見ていたかった。


それを察してか、「眠れないのね」と女性が言った。


「いいわ。眠れるようなお話をしてあげる」




女性は、優しい竪琴の様な声で話し始めた。


「これは、あなたが描いた絵の中のお話よ」




そして、こう続けた。


「ある所に、しっかり者の魔法使い見習いの女の子がいました。その女の子は、お父さんと暮らしていましたが、仕事はお母さんと同じ魔法使いを選んだのです」


ひなこには、女性が少し涙ぐんで見えた。




「女の子には、歳の離れた妹がいました。が、両親が悲しい魔法で別々の国に離れ離れになった時に、姉妹も引き離されてしまったのです。その魔法は強い力で、家族をばらばらにしました」




「どうして……ばらばらにならなければ……いけな……かったの?」


女性は、ひなこのか細い声での問いに、


「それは……昼も夜も関係ない魔法使いという職業を父親がきらったからよ」


と答えました。


「でも、姉の方は魔法使い見習いになることを選びました。ある時、父親が病になって、姉が心を込めて魔法を使ったことがありました。その姿を見て、やっと父親も魔法を認めたのです」


「でも、でも今は……、今はそのことより姉妹の話を聞いてほしい」


ひなこは、目でこくんとうなづいた。




「女の子は、一日たりとも妹の事を忘れたことはありませんでした。生まれたばかりの妹は何も覚えていないでしょうが、姉の目には妹の小さなかわいい顔が焼き付いていたのです」


そこで、女性は息を大きく吐いた。




「そして、ずっとずっと、妹の幸せを祈り、会いたいと願っていました」


『その気持ち、よく分かる』


ひなこは、眠くなる頭でそう思った。




女性の声は、子守歌のように、優しくひなこの胸に響いた。


「そんなある日、姉は大人になった証として、父親から魔法の地図を譲り受けました。姉が魔法の地図に一番に願った事。それは妹と妹といっしょに暮らす母親の家を知ることでした」


ひなこは、また『その気持ち、よく分かる』、そう思った。




「地図を頼りに妹の家を探し出すと、鍵が開いていました。ところが呼んでも誰も出てきません。嫌な予感のした姉は、勇気を出して家に入り込みました。すると、妹が熱で倒れているではありませんか」


ひなこは、妹を自分に重ねた。


「魔法使いの見習いの姉は、その病気には特別な五つの薬が必要だと幼い頃母から聞いた話を思い出しました」




ひなこは、うとうとしながらも、続きが気になった。


「姉は、妹を救うためにその薬たちを与えました。頑張り屋の妹のために、姉はできることをしてあげたいと思ったのです。一つ目の薬は休息、二つ目の薬は栄養のある食事、三つ目の薬は清潔な衣類とタオル、四つ目の薬は、熱さまし。みな愛情という魔法を使わないとできないこと」


タオルを取りかえながら、女性はひなこを見た。


「五つ目の薬は……そう、五つ目の薬が難問だったのです。五つ目の薬は、妹が今一番願っていること、ということだったから」




女性は、そこで深呼吸をしました。


「姉には五つ目の薬が全く分かりませんでした。妹のことを何も知らなかったからです。姉は一生懸命考えました。そして、妹の生活を想像して思ったのです」


何だと思う?と問いかけるように、女性はふっと笑った。


「姉は、妹が描いた絵を見つけまじまじと見つめました。そして、やっと五つ目の薬が分かったのです」


ひなこの髪を撫でながら、女性はしっかりと言った。


「五つ目の薬はね……『お姉さん』だったのよ」




勘の良いひなこは、そこまで聞いて女性を焦点の合わない目で改めてじっと見た。


『このお姉さんは絵の中の人……。絵の中の妹は私……』


そして、ひなこの潤んだ目から一筋の涙が流れた。


「正解だよ……。お……姉ちゃん……。魔法でも……う…れ…し…い」


「正解できて良かったわ。ずっとここにいるから安心して休んで」


女性はそう言って、やさしくひなこの手を握った。


ひなこは安心して、すっと眠りに落ちていった。




朝、シチューの良い匂いで目が覚ますと、お母さんが、台所で食事をしていた。


「お母さん?」


「ひなこ。熱が出たのね。今は下がっているようだけれど、念のため今日は学校を休みなさい」


「うん」


「シチューを作ってくれたのね。いただいているわ。無理させちゃって、ごめんね」


「ううん」


あれ?私シチュー作り終えたっけ?


確か途中で……。もしかして、もしかして、お姉ちゃんの幻が……。


「お母さん。あの……帰ってきて……誰かいなかった?」


「あらあら、寝ぼけているの?鍵があけっぱなしだったから、誰もいなくて良かったわよ。気をつけなきゃだめよ」




『やっぱり、絵に戻ってしまったのね』


ひなこは、絵を見上げた。


バラ色のワンピースの女の子が笑っている。


昨夜の余韻がまだ残っていた。


会いたい。


とても会いたい。


昨夜のことなのに、懐かしくて仕方がない。


でも、あれは魔法だったのだから、もう会えないわ。


ひなこは、泣きそうなのを必死でこらえた。


でも、もう一度もう一度だけでも良いから会いたい。


涙がぽろぽろと出できてしまった。


拭っても拭っても止まらない。




滅多なことでは驚かないお母さんが、驚いて言った。


「ひなこ。どうしたの?まだ具合悪いの?」


お母さんのがさがさの手が、ひなこの汗臭い髪を撫でた。


泣き止まなきゃ。お母さんに心配かけちゃう。でも、無理だわ。


お母さんの手も大好きだけれど、あのバラのつぼみのような手でもう一度触れてほしい。


ひなこは、顔を手でおおった。




「会いたい!会いたい!会いたい!お姉ちゃん!!」


声を殺して、ひなこは叫んだ。




その時。


ピンポーン。


チャイムが突然鳴った。


「ひなこ、ちょっと待ってて」


お母さんが慌てて、玄関のドアを開けにいった。




お母さんがドアを開けた瞬間、ひなこの胸はどっくん、どっくんと波打った。


玄関ドアの横の鏡がバラ色のワンピースを映している。


「えりこ!」


お母さんの驚いた声が聞こえる。


えりこ……。確かお姉ちゃんの名前だ。


もしかして、もしかして。


ひなこは、よろよろしながら玄関へ向かった。




これって、もしかして。


夢、じゃない?


あれは、夢じゃなかったの?


心臓が今までで一番音を立てている。


ひなこが、玄関へ行くと……


そこには、確かにあの女性がほほえんでいた。


「熱、下がった?」


ひなこは、五つ目の薬が本物だったのを確かめるようにゆっくりと口を開いた。


「お姉ちゃん?」


えりこは頷いて、バラのつぼみのような手で、ひなこの頭をそっと撫でた。


おわり





最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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織花かおりの作品
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作成:コロン様
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[良い点] 風邪を引いている時の心細い心情がよく分かり、感情移入しちゃいました。読み終えると暖かい気持ちをいただきました。 [一言] 素晴らしいお話をありがとうございます。 最近マスクをしているお陰?…
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