母の手袋
真夏ですが、雪が降る真冬のお話で、すこし涼めますように。
カヤは、赤い手袋をぎゅっと握りしめて、校庭の隅に立っていた。時計は9時少し前。
(もう少しだ。もう少しでお母さんの手術が始まる)
「こんな寒いのに。マラソンかよー」
そんな声もするが、今のカヤにはどうでも良いことだった。
カヤに気づいたクラスの女の子たちがやって来た。いつもクラスの中心にいる女の子たちだ。「ちょっと山里さん。早く走りなさいよ。何さぼっているの?」
「あっ、ごめんなさい。今走るわ」
カヤは慌てて走り出し、転んでしまった。
でも、手袋だけは土に触れないようにした。
それをボスの塩山さんだけは見逃さなかった。目で取り巻きの子たちに合図を送る。小堺さんが、カヤからさっと手袋を奪った。
「返して!」
カヤは必死になって言った。お母さんが入院前に編んでくれた、お母さんの分身のように感じている手袋。
女の子たちは、面白がって次々に手袋をパスしてカヤには渡さない。
(お母さんに、もしものことがあったら……)
と気が気ではない。一生懸命取り返そうとするが、手が届かない。
「返して!大切な手袋なの。お願い!」
「お前ら、やめろ!」
その時、長谷川君が割って入った。長谷川君を見て、カヤはドキッとした。
「山里が嫌がっているじゃないか。やめてやれよ」
女の子たちは、気に入らない様子で
「何よ。人をいじめっ子みたいに。ただの遊びじゃないの」
と言いながら、グラウンドへ向かう。
「ありがとう」
緊張しているから、消え入りそうな声になってしまったが、お礼を言った。
長谷川君は赤い手袋をカヤに渡しながら
「本当に大切にしているんだな」
と言った。その瞬間、赤い手袋に雪片が舞い降りた。
「あっ、雪」
2人は同時に声をあげた。それがおかしくて、2人は同時に笑った。
カヤは、明るい気持ちで教室に戻った。雪が降り続く中、窓の外を見ながら、カヤは願った。
(お母さん、頑張って。手袋のおかげで、お母さんにまた話したいことができたの。今度はお母さんのために手袋を編むわ。お母さんにも良いことがあるようにって)
カヤにお母さんの手術が成功したことが伝えられたのは、その日の昼休みだった。
終わり
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