第30話 迎えに来たと言われたが、俺は殺すことにした。(問答無用)
迎えに来たと言われたが、俺は殺すことにした。
右手に聖剣を展開。そして即座に踏み込む。
そして場の全員の認識が働く前に、この女を一太刀で切り伏せようとする。
――だが、美崎と名乗った女の姿がその瞬間、消えた。
次に現れたのは、少し離れた場所。
距離にすれば俺から数mも離れていない。転移直後、美崎は軽く身じろぎした。
その反応からして、俺が切りかかった事実を認識できたのは今、か。
つまり、攻撃を回避した転移は、美崎の意思によって行なわれたものではない。
「……自動反応型の能力か、めんどくせぇな」
俺はボヤく。
「何を、やってるのよ!」
「ぬおわッ!?」
いってぇ!
音夢に、後ろ頭をひっぱたかれた。
「何すんだよ、いきなり!」
「それはこっちのセリフよ。美崎さんは、わざわざ迎えに来てくれたのよ?」
「はぁ? こっちナメ腐るようなクソを連れてきた女だろうが?」
「それにつきましては、誠に申し訳ございません」
俺に切りかかられたのに、美崎は冷や汗一つかくことなく言ってくる。
見た目、静かな佇まいをしているが、随分キモが据わった性格をしてらっしゃる。
「そこに転がっているゴミクズは、本来は同行せず、私一人でお二人をお迎えにあがるはずだったのですが、無理やり私についてきまして」
「ふ~ん、へ~」
まぁ、どうとでも言えるよな。
「でもさぁ、こいつ、俺の身内をコケにしてくれたんだよね。秀和を殺しかけた分も含めて、全然、ワビが足りてないんだけどさ。どうしてくれるんすかね?」
「……本人を殴り殺しておいて、まだ足りないと?」
「全然」
若干、美崎が顔を青くしているが、こんなクソ一人の命で贖えると思ってんのか?
「ねぇ、橘君……」
イライらラが増しているところに、音夢が呼びかけてきた。
「ンだよ?」
「秀和君達のことなんだけど」
「おう、早く治してやってくれよ」
「それはすぐ治すけど」
「だから、何だよ。主語を明確にしろ。主語を」
「じゃあ言うけど――、どうでもいいんじゃなかったの?」
「…………」
何だ、こいつ。何言って……、――あ。
俺の脳裏に、散々言い続けてきた「どうでもいい」がフラッシュバックする。
「「「勇者様ァ――――ッ!!!!」」」
と、そこにダメ押しとばかりに冒険者達が俺を呼ぶ。
反射的にそっちを向いて、俺は、嬉しそうに笑っている冒険者達と目が合った。
「よかったわね。橘君の気持ち、しっかり伝わったみたいよ」
音夢に言われた瞬間、顔から火が出そうになった。
「全然、どうでもよくないクセにカッコつけるから」
「う、う、うるちぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッッ!!!!」
挙句に噛んだ。
うあああああああああああああ、死にたい。もう死にたい。誰か俺を殺してッッ!
「わぁ、センパイが右に左に転がってる~。カワイイ~」
「はいはい。じゃ、秀和君治しちゃうわね」
のたうち回る俺を半ば無視して、音夢は倒れている秀和へと歩いていく。
うつ伏せだったデカブツをよいしょとひっくり返して、音夢は傷の具合を見た。
「……酷い火傷。装備も焼き切れて、相当な高熱だったのね」
近寄って覗き込んだ玲夢が「うっ」と呻いて顔を背ける。
だが一方で音夢はしっかりと秀和の姿を直視して、火傷を観察し続けた。
「どんな傷でも、私のやることは一つだけど」
音夢が、右手に硝子の小瓶を握っていた。
中に液体が揺れるそれは、おそらくは空間収納庫から出したもの。
「少しだけ待っていてね、秀和君」
音夢は蓋を開けて、中の液体をパッパッ、と秀和に振りまいていく。
そして小瓶を脇に置き、手を合わせて唱えるのは、俺とは別種の増幅詠唱――、
「愛はさだめ。さだめは死。でも、そんなさだめこそ死して愛だけ残ればいい」
とんでもねぇコト言ってんな……。
『トシキ様の増幅詠唱も似たようなものですわよ?』
「バカな……」
心を読んだルリエラに言われ、俺は戦慄に身を強張らせてしまった。
その間も、音夢の増幅詠唱は続く。
「例え世界が終わっても、あなたの物語は終わらない。ブチ治してブチ生かす!」
秀和を濡らす液体が、詠唱の完成と共に白く輝き始める。
音夢が、魔法を発動させる。
「――命水昇華」
広がりつつあった輝きが粒子となって秀和の身に集まり、そして弾ける。
それは一瞬のことで、だが一瞬を過ぎたあと、秀和には傷一つ残っていなかった。
「話にゃ聞いてたが、こうして直に見るとスゲェな……」
『癒しの賢者』との二つ名を戴くに至ったヒーラー、小宮音夢。
アルスノウェに存在する無数の治癒魔法を学び、会得したこいつだが、実は――、
「実質、これしか魔法が使えない、ってのもなかなか異常事態だけどな」
そう、音夢は、自分が覚えた魔法を基礎としてそれらを統合してしまったのだ。
自分の属性である水を媒介として、対象者を完全回復する。という魔法に。
ゲーム的にいえば、HPだけではなくMPをも回復してしまう。
ああ、こう言えばわかりやすいか。
音夢は『ただの水をエリクサーに変える魔法』を会得した、ということだ。
今、秀和に振りかけた液体も、ただの水だ。
音夢はそれをエリクサーに変えて、秀和を治しちまったってワケよ。
……何、そのトンデモ魔法。
相手が死んでさえいなければ、完全に治せるとか、どういうことよ。
バッドステータスは治せないのかといえば、そうでもなく普通に治せるんだって。
水さえあれば完全回復が可能。
しかも、固有スキルではないため習得難易度は激高いが、音夢以外にも習得可能。
おかげでアルスノウェのヒーラー業界では、革命扱いされたんだとか。
生成したエリクサーの効き目は数分も続かないとか、欠点もあるにはあるらしい。
だがそれは、アルスノウェのヒーラーが今後克服するべき課題だろう。
「う……」
声を漏らし、秀和がゆっくりまぶたを開ける。
他の冒険者達も走ってきて、秀和の周りを囲みだした。
「よかった!」
「秀和さん、無事かい!?」
口々に秀和を案じる冒険者達。
立ち上がった秀和は、近くに立っている音夢の方に向き直って頭を下げた。
「ありがとうございます、音夢さん。恥ずかしい話ですが、死ぬかと思いました」
「死んでてもおかしくない火傷だったわ。それでも死なずに済んだのは、あなたがそれだけ頑張って体を鍛えていたからよ。さすがね、秀和君」
音夢に褒められて、秀和は照れたように目線を下げた。
治ったのはめでたい。だが、それを祝うより先に俺には言うべきことがある。
「悪かったな、秀和」
俺は、秀和に頭を下げた。
「油断したばっかりに、おまえを辛い目に遭わせた」
胸の奥から、苦々しい悔恨がにじんでくる。
あってはならない油断を俺はしてしまった。そのとばっちりを受けたのが秀和だ。
頭を下げた程度で、何を詫びられるようか。そんな思いが俺の中に渦を巻く。
「いえ、いいんです。顔を上げてください、勇者様。僕は今、嬉しいですから」
「嬉しい……?」
一人称を素に戻した秀和は、にこやかに「はい」とうなずいた。
「今まで何度も僕達を守ってくれた勇者様を、やっとお助けできたんですから」
「…………」
ポカ~ン、と、なってしまった。
秀和の言葉は完全に予想外のもので、だから、俺は反応できず固まってしまった。
すると、秀和は軽く苦笑してから、
「僕の勝手な感想です。勇者様にとっては、どうでもいいこと、ですよね?」
「それがねぇ~、秀和ク~ン。あのね、センパイったらね~」
「な、何ですか、玲夢さん……?」
玲夢は、ニマニマしながら秀和に近づいていく。
「うおおおおおおおおおお、何言う気だおまえぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「え~、ここにいるみんなが、センパイの身内だって教えてあげるだけですよ~?」
やめっ、やめろォォォォォォォォォォォ――――!!?
「身内、ですか? 僕達が、勇者様の……?」
うあああああああ、秀和君、聴覚判定ロール成功してんじゃねぇよください!
「ぐ、ぐぎぎぎぎぎ……!」
いかん、このままでは、俺が羞恥心で死んでしまう。
だってさっきから顔がスゲェ熱いんだモン。このままじゃ五臓六腑が焼けて死ぬ。
「そこの、美崎とか言ったな、おまえ!」
「何か?」
俺は、それまで傍観を決め込んでいた美崎夕子に水を向ける。
「おまえ、俺と音夢をミツのところに連れていくんだろ。早くしろ!」
「え、ちょっと橘君?」
寝耳に水、でもないだろうに、何故か驚く音夢。
「もう、今すぐになの?」
「そうだよ。準備なんていらねぇだろ。早くしろよ!」
俺が急かすと、音夢は「はぁ」と諦め混じりのため息をついた。
「仕方ないわね。覚悟、決めていくわ」
「そうですか。では、市長のもとのお送りしますね」
おう、早くしろ。はよ。はよ。この場から逃れるために。
「勇者様!」
秀和が俺を呼ぶ。
ちょっとそっちを向くのに抵抗を覚えるが、秀和と他の冒険者が、声を揃えた。
「「市政府なんか、ブチ破ってブチ壊してきてください!」」
「……おう」
俺は、そっちを向かずに軽く手を挙げて応じ、そして景色が暗転した。
次の瞬間、俺と音夢は市庁舎の市長室に転移していた。




