止まった時計と静止した世界
一人の若い男が街を歩いている時に、腕時計で時間を確認しようとした。しかし丁度電池が切れてしまったのか、秒針が止まってしまっている。
男はため息をつきながら周囲を見渡すと、
「え?」
明らかに自分を中心に時間が静止していたのだ。男以外誰一人動いている人はいない。動揺する男だったが、仕方ないので原因を調べる為に歩き出す。
横断歩道を渡る人、周囲の店から聞こえてくるはずの音楽。本来なら男が嫌う喧騒が、すっぽりと抜け落ちたように消えていた。
「静かだな」
自分が呟いた言葉が思った以上に周りに響く。
それからどれくらい歩いたのだろうか。時計が止まり、時間も止まっているので正確には不明だが、体感でおよそ三十分は歩いたと思われた。
(結局原因不明だな。こんな状況調べても分かるはずないか)
男はベンチに座り休憩する事にした。
「一体どうしたものか……」
男が頭を掻きながら呟くと、
「あれ、私以外に人がいたんだ。あっ、後から来たのかな。それにしてもこんな酷いバグ珍しいよねー」
と、若い女性が当然のように言って近づいてきた。
「バグってあのプログラムエラーの?」
「そう、そのエラーのバグ。パグじゃないよ、可愛いけど」
「そんなボケは要らないから。君はこの異常な世界の原因を知っているのか?」
男にそう聞かれて、女性はキョトンとした表情を見せる。そして少し顎に手を付けて考えた後、口を開いた。
「もしかして君、運悪く負荷が掛かりすぎて、記憶が混濁してる?」
「負荷?」
「そう」
男からしたら話の全容が全く掴めない。
「だって今日凄く天気悪かったから」
「天気が悪いって何を言っているんだよ」
「多分だけど、落雷で異常をきたしていると思うよ。私と君はたまたま一緒にこの時間、この施設のサーバーを利用して入ったと思う。深夜にね~」
こんな事態に陥っているのに、彼女はケラケラと目尻を下げて笑っている。
すると不意に『予期せぬエラーを感知しました。即座にインしている方を強制ログアウトします』と、電子的な音声が頭に聞こえてきた。二人はその場で意識を失い倒れる。そして男は目覚めると全てを思い出した。
「そうか。仮想世界だったんだな」
「あっ、目が覚めた? 君、頭大丈夫?」
隣に先程の女性が話しかけてきた。
「大丈夫、ありがとう」
その時になって男は、ここが仮想世界に入る為の店だと思い出す。こうして静止した時間はリアルで動き出し、時計の秒針も時を刻みだしたのだった。