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先視の魔女は、すべてを奪われ囚われる


「ベルディア、君は、どうして……っ!」


 大剣を先視の魔女たるわたしの胸に突き刺したまま、ルシオが絶望に目を見開く。

 そう、彼にわたしを殺す気などなかった。

 わかっている。

 わたしがそうさせたのだ。

 彼を助ける方法が、彼を幸せな未来に導く手段が、もうこれしか残されていなかったから。


 廃墟の石畳に倒れこむわたしから剣を引き抜き、ルシオは身動き一つとれない。

 本当はわたしを抱きしめたいのだろう。

 けれどその手は大剣を握り締めたまま動けない。

 すべて、わたしが魔法で彼の身体の自由を奪っているのだから。


 ルシオの後に続き、第一王子のディランが駆け付け、茫然自失のルシオを抱きしめた。


「駄目だルシオ、ここにいてはいけないっ、もう彼女はお前の愛した彼女じゃないんだ、瘴気に蝕まれた魔物なんだ!」

「でもっ、彼女はっ……!」


 離れようとしないルシオを、異母兄であるディランが強引に引き離す。

 その瞳に宿るのは嫉妬でも羨望でも卑下でもなく、ただただ愛するものを失った弟に対する憐憫と、家族の情。

 わたしが視た、未来の通りだ。


 ごふりとわたしの口から血があふれる。

 それと同時に、わたしにまとわりついていた紫の瘴気をより一層強める。

 身も心も闇に囚われたかのように見せかけるために。

 

「ベルディア、ベルディアーーーーーーー!」


 ディランに引きずられるように引き離されながら、ルシオが叫ぶ。

 金色の瞳に浮かぶ涙に、騙している罪悪感に、心が押しつぶされそうになる。

 

 この程度では、わたしは死なないのだ。

 大剣が確かに胸を貫いたけれど、魔女たるわたしは人よりもはるかに強く、身体はすぐに傷を治してしまうから。

 わたしが石畳に膝をつき、身体から血を流し続けているのは、わたしがそれを望んでいるから。

 ルシオとディランの目の前で、わたしは死んだように見せかけなければならないのだ。

 そうすることによってしか、ルシオがディランに殺される未来を回避できないのだから。


 ――愛しているわ、ルシオ。


 声にならない声で呟いて。

 わたしは廃墟に仕込んでおいた魔法陣を発動させる。

 瘴気に呑み込まれ、消滅したように見せるために。

 一際濃く、瘴気をわたしの身体からあふれさせ――わたしは、魔法陣に呑み込まれた。




◇◇◇◇◇◇




 わたしとルシオが出会ったのは、いまから12年ほど前だ。

 ルシオはこの国の王子でありながら、いないものとして扱われてきた。

 そんな彼を唯一気にかけ、大切にしていたのは彼の異母兄であり、第一王子のディランだった。

 そのディランが原因不明の病に陥り、ルシオは、異母兄を助けたい一心で、わたしの住む森を訪れた。


 本来なら森にはまじないがかけてあるから、わたしの元までは決してたどり着けない。

 だというのに、幼い身体で異母兄を想う一途さが奇跡を起こした。

 

 森の奥深くで自由気ままに過ごしていたわたしの元までたどり着いたルシオは、傷だらけで自分こそが死にそうになりながらディランの病を治す薬を求めた。

 わたしは、人とかかわりたくなかったらこそ森の奥に隠れ住んでいたのだが、流石に幼子を、しかも満身創痍の子供を無視するのは気が引けて。

 気まぐれも手伝って、わたしは第一王子ディランの未来を先視で『視』た。

 病の原因が特定できると思ったからだ。

 けれどそこで視た未来は病などではなく、毒殺を嘆くルシオの姿。


 わたしは、ルシオに解毒剤を持たせ、即座にディランの元へと転移させた。

 邪魔な見張りやらなにやらはわたしが眠らせ、ディランは命を取り留めた。

 

 それからというもの、ルシオは毎日のように森へやってきては、わたしに魔法を教えてほしいとせがんだ。

 ディランもまた、教師や使用人の目を盗んでは、ルシオと一緒にわたしのもとを訪れるようになった。


 ルシオは人でも扱えるような簡単な初級魔法から、いつの間にか大魔法使いと呼ばれるような魔法を覚えるまでになっていた。

 けれどディランは魔法の適性が薄く――わたしが気づいたときには、ルシオを妬むようになっていた。


 ディランの瞳に灯る暗い光に気づき、未来を視たときにはもう遅かった。

 何度視ても、ディランはルシオを殺し続けた。

 

 あるときは戦場に送り、戦死に見せかけて。

 あるときは、隣国で事故に見せかけて。

 ディランがわたしを欲していることにも気づいたから、その手を取る未来を視てみてもだめだった。

 嫉妬に狂ったディランが、結局はルシオを殺してしまうのだ。

 毒殺他殺刺殺……ありとあらゆるルシオの死の未来を視続けて、わたしは気が狂いそうだった。

 

 わたしに視えるのは、いま取れる選択肢を取った場合の未来だけ。

 過去を変えることはできない。


 三人で歩む未来がないか必死に探し続けて視続けて。

 ふと、気づいたのだ。


『もしも、わたしがいない未来なら?』


 その結果が、いまだ。

 ルシオが愛するわたしをその手にかける。

 それによって、ディランは自分がいかにルシオを大事に思っていたのか。

 ルシオが自分を兄として慕ってくれていたか。

 幼い頃に持っていた確かな家族愛が、嫉妬を上回り凌駕するのだ。


 先が視えるといっても、先過ぎる未来はわたしには視えない。

 けれどぼんやりと、その未来が幸せかどうかは色味でわかるのだ。

 暗く不幸であるなら黒や灰色に。

 明るく幸せであるなら光り輝く白に。

 

 わたしを消した後の世界は、ルシオにとって優しく明るく輝いて、ほのかに桃色の光も混ざっていた。

 桃色は、愛情。

 ルシオは、わたしの消えた世界で、けれど確かに愛する人と幸せになる未来が待っているのだ。


 わたしを手にかけたことは彼の心の傷となるだろうけれど、愛する人と幸せになれる未来がある。

 そう確信できたから、わたしはこの計画を実行に移せた。

 

 遺跡に隠して描いた魔法陣は、異世界へ飛ぶ魔法陣。

 取り込んだ瘴気が身体に馴染むころには、わたしは異世界へと移動していることだろう。

 

 わたしはルシオの幸福な未来を願いながら、眠りについた。




◇◇◇◇◇◇



「……んっ……」


 小鳥のさえずりと、温かな陽の光にわたしはぼんやりと目を覚ます。

 異世界に渡ったのだろうか。

 身体から漏れ出る瘴気がないということは、そういうことなのだろう。


 わたしはゆっくりと身体を起こし――違和感に目を見張る。

 柔らかな真っ白いベッドの上にいたのだ。


 都合よく異世界のベッドの上に転移したのだろうか。

 いや、そんなはずはない。

 わたしは、人里から離れた場所を転移場所に選んでおいたのだから。


 けれどここは、誰かの寝室のようだ。

 おそらく貴族と思われる。

 質の良い調度品は以前ルシオの王宮を訪れた際にみたものとよく似ている。

 

 とりあえず先を視ようとして――かぶりを振った。

 視えない。

 目覚めたばかりのせいだろうか。

 もう一度、目を細めて、未来を視ようと試みる。

 けれど一向に視える気配がしない。


 異世界では使えないの……?


 視えるものが見えないと不安が残るが、わたしには膨大な魔力がある。

 とりあえず、この部屋から出ておこう。

 貴族の部屋に突然魔女がいたなら、見つかれば大騒ぎになる。


 テラスから外に出ようと窓に手をかける。

 瞬間、はじかれたようにわたしは手を引っ込めた。


 ……この窓、魔法がかかっている?

 

 改めて部屋を見渡してみる。

 部屋中、何かの魔法がかけられている。

 貴族の家なら外敵から身を守るために防衛魔術がかけられているのは当たり前だけれど、それとは質が異なるように感じる。

 そう、言うなれば、この部屋から何も外に出さないような……。


 ぞわりと鳥肌が立つ。


 早くここから逃げなければと本能が告げているが、魔法がうまく操れない。

 指先に集中しようとしてみても、魔力が霧のように霞んでまとまらないのだ。

 魔力自体は確かにわたしの中にあるというのに。

 こんなことは初めてだ。

 とてつもなく嫌な予感がして、わたしは椅子を振り上げる。

 魔法が使えないのならば、物理。

 思いっきり窓に椅子を叩き付けるものの、窓にひび一つ入りはしない。


「無駄だよ?」


 不意に響いた声に振り替える。


「なに、そんな驚いた顔をしているの? まるで死人を見たかのようだよ、ベルディア?」

「ルシオ……」


 そんなばかな。

 わたしは、確かに異世界に渡ったはずなのに。


 わたしから引き離され、涙を流していた彼の姿がまざまざと思い浮かぶ。

 金色の瞳と、黒い髪。

 いま目の前にたたずむ彼は、色彩こそ同じものの、随分と成長して見える。

 20代後半ぐらいだろうか。

 随分と背が伸びて、わたしは彼を見上げてしまう。 

 そんなわたしを見つめ返す金色の瞳は、ルシオとは思えないほどに瞳に暗い光を宿している。


 愛する人と、幸せな未来を歩んでいるのではなかったの……?


 未来を視ようにも、視れない。


「無駄だよ、ベルディア。君はもう未来は視れない。それどころか、魔法も使えない」

「何を言っているの……? それに、ここは、どこなの?」

「わからない? ここはローデムベガディット王国。君が望んだ異世界じゃない。あぁ、ベルディアの魔法陣が間違ってたわけじゃないよ? 僕が、後から書き足したんだ。この未来に飛ぶようにね」


 ドクン、ドクンと、心臓が嫌な音を立てる。

 聞いてはいけない、そんな気がする。


「君を失ってから、毎日が地獄のようだった。毎日毎日あの時を夢に見た。君の心臓を貫く夢を。何度も何度も何度も何度も!

 そんなある日、ふと、気づいたんだ。

 あの遺跡の魔法陣の痕跡にね。

 君が生きている可能性に心躍ったよ。

 ああ、また君に会えるんだって!

 父も母も兄も誰もかれも死んで僕一人になって君の描いた魔法陣を理解して改変するのに途方もない時間がかかったけれど……もう、誰にも、君自身にも奪わせはしないよベルディア。

 僕と二人、永遠に、ここで過ごそう?」


 わたしを映しているようで映していない、そんなルシオがわたしを抱きしめる。

 わたしが、彼をここまで追い詰めてしまったの?


「幸せに、なってほしかったのに……」

「幸せだよ? 僕は、ベルディアと共に過ごせるのだから」

 

『遠い未来で、ルシオは愛する人と幸せになれる』


 わたしの先視は確かにそう見えた。

 ならこれは、彼にとって、幸せなの……?

 

 もう未来を見通せないわたしには、わからなかった。


 

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