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07

「聞いてください椎那さん!」


 兄妹揃って唐突ねと私は呆れつつも家の中に彼女を入れた。

 飲み物を渡したら一気に飲み干し、そしていつになく落ち着きなく彼女はソファに座っている。


「どうしたのよ?」

「友達ができました!」

「良かったじゃない。それだけならどうしてそんなに慌てているの?」

「あのっ、この前の方は誰ですか?」


 彼女は私の袖を掴んで聞いてきた。

 誰――木村時雨という名前の女の子で友達、としか言えないわよね?


「どういう関係なんですか?」

「友達よ?」


 まだ1ヶ月も一緒にいないけれど、いてくれないと気になるそんな存在ではある。が、彼女は他の友達を平気で優先するときがあるので、あまり信用したくないのが現状だった。


「それ以上の気持ちは?」

「ないんじゃないかしら」


 少なくとも向こうには。

 だからと言って自分にもあるわけではない。

 あるのはたまに感じるよく分からない感情だけ。


「なんでそんな他人事みたいな言い方なんですか! 私はあなたに聞いているんですっ」

「落ち着きなさい……ないわよ、そんなの」


 そもそもこれが恋感情かどうかすらも分からない。案外ただの独占欲が強い女というだけなのかもしれないし、結局向こうは名前で読んでくれる、なんてことはないわけだし。


「神様に誓って言えますか?」

「ええ、いまのところはね」

「それって今後はどうなるのか分からないってことじゃないですか」

「どうなるのかなんて分からないのが普通でしょう? 大体、どうしてそんなことを気にするのよ。私が誰を気に入ろうが、好きになろうが自由じゃない。それに仮にもし私があの子を好きだとしても、あの子が私を好きになることは絶対にないわよ」


 いけない、つい声音や言い方が冷たくなってしまった。でも、私の気持ちも分かってほしい。ないものをあるかのように判断されるのは複雑だから。一生懸命考えている、あの気持ちたちがなんで発生したのかって。


「……聞いちゃ駄目なんですか? 私だからですか?」

「え? ち、違うわよ……」

「木村時雨先輩じゃないからですか?」

「違うわ、あなたは勘違いをしているだけなのよ」


 私と同じでネガティブな考え方をする子――って、別に彼女が私のことを気にしているとかそういうわけではないのだから妥当ではないか。


「木村さんのことを別に好いているとかってわけではないのだから」

「……教えてくれてありがとうございました。今日はもうこれで帰ります」

「ええ、気をつけて帰るのよ」

「……木村先輩には付いていくくせに」

「え?」

「いいえ、失礼しました」


 最後にぼそっと呟いた言葉、付いて行くって言うけれどあれは無理やり……。

 少なくとも私はそういうものだ、メリットがなければ受け入れないと判断して家へと歩こうとしていたのだ。抵抗しなかったのは言っても聞かないと思ったからで、他意なんかは一切ない。


「調子が狂うわね。いまは自分の中の気持ちと戦うだけで精一杯なのに……」


 いっそのこと、あの子が誰かと付き合うなり、私の元を去ってくれれば複雑な気持ちを抱えずに済むのに。


「……もしもし?」

「あ、いまから行ってもいい?」

「え……もう、なんであなたはそんな唐突なの……」

「む、来ちゃいけない理由でもあるの?」

「別にないけれど……」

「それなら行くっ、ついでに泊まるから!」

「え、ちょ――もう!」


 雫ちゃんとはあんな別れ際だったのにその後すぐ彼女を招き入れたら最低人間だ。

 でももう無駄、どうせすぐに訪れて呑気ににこにことしていることだろう。

 私の言葉は届かない。よしんば届いたとしても誤解され、すれ違いになる。

 全部、全部……木村さんのせいっ。


「やっほ――」

「ばか!」

「えぇ!?」


 現れた彼女に半ば抱きつくようにして彼女の胸を叩く。


「ちょっと待ってよ」


 彼女は私の腕を掴んで困り顔。

 仕方ないので説明すると、「へえ」とちょっと冷たい声音で言葉を発した。


「あの子がそんなことを言ったんだ」

「え、ええ……え、どうしてそんな怖い顔……」


 溝口くんが言っていた理由が分かった。

 怖い顔をされると勢いが完全になくなる。それどころか次の言葉を発することすらできなくなるくらいの効力があった。


「なんでそんな怯えた顔をしているの?」

「べ、別にそんな……」


 普段、私がしていることが相手にこんな影響を与えているなんて……。


「とりあえず今日は泊まるから、いいよね?」

「……そもそもそんな荷物を持ってきているんだから、駄目だと言っても無駄じゃない」

「えっへへっ、ありがと!」


 って、かなり無理矢理吐き出させたようなものだけれど。私が無駄なことをしない主義だから良かったものの、他人なら叫ばれているところだ。


「というかさ、水嶋さんって分かってないよね」

「え?」

「ボクが思い切り嫉妬していたのにさ」

「嫉妬……あなたが私に?」

「いや、水嶋さんにと言うよりも溝口さんの妹さんに、かな」


 あの子の去り際が微妙だったため「そうなのね」と割り切ることができない。

 大体、どうして彼女に嫉妬するの? 自惚れでもなんでもなく、それでは私が彼女と仲良くすることが嫌みたいではないか。


「それよりお風呂入ろっ」

「どうぞ」

「はぁ、じゃなくて水嶋さんも!」

「えぇ!?」


 ――数分後。


「聞いてないわよぉこんなの……」

「いいでしょ別に、同性同士なんだから」


 そういう問題ではない。

 同性同士で問題ないはずなのに、彼女の素肌を見ているとドキドキするんだ。

 湯船だって大きいわけではない。ふたりが並べば肩がぶつかり合うくらい密着することになるわけで。


「木村さ――」

「ね、暁さんの気になる人って誰だと思う?」

「え? そうね……」


 特殊だと言っていたことだし学校の先生という可能性もなくはない。


「先生とか?」

「あ~、男の子って美人な教師に惹かれるものだよね、ラノベで見たもん」

「創作と現実世界をごっちゃに考えてはいけないけれどね」


 実の妹にくらい相談してくれてもいいと思う。

 聞いたところでなにができるんだと言われたらそれまでだけど、兄には支えてもらったわけだしなにかをしてあげたいのだ。


「ちなみに、ボクにも気になる人がいるんだ」

「誰なの?」

「水嶋さんには言いませーん」

「なんでよ……兄さんと違って口は堅いつもりよ?」


 そもそもばらせる友達がいない。いや、仮にいたところで言おうとはしないだろう。


「でもさ、雫ちゃんとあったことは説明してきたよね? というかあれってなんで? 隠しておけば問題ないよね?」

「……しょうがないじゃない、あなたに申し訳ない気持ちになったのだから」

「その割には『ばか!』とか言って殴ってきたよね? 謝ってくれてないよね?」

「あ、謝れと言うのなら謝るわ」


 あの怖い顔を見ることになるくらいならいくらでも謝ろう。それくらいは私にもできる。


「それならさ、手を繋いでよ」

「え、そんなことでいいの?」

「うん、手を貸して」

「え、ええ」


 柔らかく意外と小さいそんな彼女の手。

 けれど今日はなぜだか心地良さが勝っており、離したいとは思わなかった。最低でもなんでもいいから、彼女がいてくれる内は味わっておこうと本能が決めたのかもしれない。


「ねえ、そろそろ椎那ちゃんって呼んでいい? しぃって暁さんみたいに呼びたいんだけど」

「……私には求めなかったじゃない」

「だからいま求めているでしょ」

「それは屁理屈よ……全く」


 ちょっとむかついて手をギュッと握っておく。

 なぜだか彼女も同じように握り返してきて、またもや私はドキリとした。……馬鹿だ私は。


「しぃ、やきもちを焼かないの~」

「ちがっ、そんなんじゃ……」

「もういいじゃん、ボクの前でくらい偽らなくてさ」

「って、私とあなたはあまり仲良くないじゃない」

「ひどっ!?」


 少なくともあなたにとっては違う。

 私としては彼女くらいしかいないんだ現在は。

 他の友達とわいわい楽しそうにできる彼女にとっては、私の存在はあくまでおまけみたいなもので。


「もういいっ、先に出てるからねっ」

「え……か、帰るの?」

「ううん、お湯が熱くてのぼせそうだからだよ。大丈夫、寂しがり屋さんのところにいてあげるから」

「さ、さっさと出なさい!」


 駄目だ、確実に依存してきてしまっている。この子がいなければ駄目な精神になってきてしまっている。

 だってその証拠に、もう雫ちゃんに対する罪悪感が消えているんだもの……。


「え、まだいたの? と、というかそれ、私の……」

「えへへ、しぃの匂いがする」

「……とにかくリビングに行ってなさい」

「うん」


 着られているし、そもそも制服を着たくない私は部屋に行って服を着る。


「はぁ……なんなのよあの子……」

「木村時雨ですっ」


 考えるだけ野暮ってことよね。

 それに家に来られて迷惑と感じていないのだから無意味だ。


「そうだ、きちんとご両親には言ってきたの?」

「うん、書き置きで」

「そう、ならいいけれど」


 木村さんの親に怒られる、なんて展開になったら最悪なので一応聞いておいた。……嘘をついていないという保証はないので無意味かもしれないが。

 

「ね、ベッドに転んでもいい?」

「好きにしなさい」

「ありがと!」


 主である私がベッドの端に座り、お客さんである木村さんが真ん中にドバンと寝転ぶという謎の構図となっている。


「そういえば今日の小テスト何点だった?」

「45点ね」

「えっ、しぃって頭いいんだ……」


 一応50点満点中なのでそう捉えてもらっても大袈裟ではない。でもそこで引け散らかすつもりは毛頭ないので、「ふふ、あなたはどうだったの?」と聞いておいた。先程までの複雑な気持ちはもうなかった。


「3点……」

「えっ!? だ、大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫っ、万が一のときはしぃに教えてもらって頑張るから」

「教えるのは上手くないから……あなたの力になれるか分からないわ」


 それに勉強の仕方は個人個人で違ってくるものだ。

 私には合う方法が彼女には合わなかった、なんてことも普通にあるわけで。けれど私を頼ってくれて嬉しいという気持ちもあって、きっぱりと断ることもできずなんとも中途半端な返しになってしまう。


「いいの、しぃといられればそれでいいもん。あ。赤点になりそうだった場合は死ぬ気で教えてもらうつもりでいるけどね」

「そうならないように常日頃から頑張りましょう」


 勉強をしていなければ自己責任ということは勿論分かっているが、私はこの子にそんな目にあってほしくなかった。


「それならしぃもボクのこと名前で呼んでよ」

「時雨、一緒に頑張りましょう」

「うんっ」

「それなら今日から――」

「ううん、明日から! だって今日はしぃと一緒にいられるんだからめいいっぱい味わっておかないと」

「もう……調子がいいんだから」


 それは私も同じだからなにも言わずにベッドに寝転ぶ。


「さっきはごめんなさい」

「なんで?」

「勝手にあなたのせいにしてばかとか言って」

「いいよ、なんたってボクは器が大きいからね」


 確かに私が自分勝手に行動しても呆れずにこうして側に来てくれている。彼女の寛容さがなければとっくの昔に消滅していた関係だろう。


「……ありがと」

「どういたしまして」


 なぜかではなくそこで自然に彼女の手を握った。

 彼女はビクッと驚いていたようだったが、すぐに握り返してくれた。


「面倒くさいけど、友達でいてくれる?」

「ボクも同じだから大丈夫だよ」

「ふふ、面倒くさいのは否定しないのね」

「空気が読めない少女だからね!」

「なにそれっ」


 彼女といると色々な発見をさせてもらえる。

 家族以外の人の温もりを求めるときがくるなんて思わなかったけれどね。

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