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05

「あの、ちょっといい……大丈夫ですか?」


 初めて出会ったときから1週間くらい経ったときのこと。

 いきなり家に訪れた溝口くんの妹さん、雫ちゃんに困惑しつつも中に入ってもらった。――もう驚かない、どうせ彼に聞いたのだろうと。


「はい」

「ありがとうございます……あ、美味しい」

「ふふ、私のお気に入りなのよ」


 あのふたりの唐突さに比べたら可愛いくらいだ。

 それにしてもどうしたんだろうか。


「あ、お兄と喧嘩しちゃいまして……」

「え、一緒にお買い物に来ていたくらいだったのに?」

「はい……嫌いなピーマンを食べたくないとごねていたら『食べないと追い出すからね!』と」


 あの子がそんなことを言うかしら。

 一応、無害認定をしているので、そんなわけないと考えた。

 寧ろ彼ならどうすれば食べてもらえるかを考えて色々作ったりしそうなくらいだと思う。


「嘘はいけないわよ」

「うっ……実はお母さんと喧嘩をしまして、お兄の制止の声を振り切り出てきたということになります」

「理由を聞いてもいいかしら?」

「友達はできたのか、彼氏候補のひとりでもいないのか、それを毎日聞いてくるんです。まだ学校は始まったばかりじゃないですか、いきなり彼氏候補とか言われても困りますよね……」


 あまり言いたくはないけれど、溝口家の家族じゃなくて心底良かったと思ってしまった。そういう干渉のされ方は私が1番嫌だと認識していることだからだ。

 人には人のペースがある。大体、そう簡単に友達ができるなら最初から作っているだろう。でも現実はそうではないから、こうしてチクチク突かれる形になる、と。


「仮の友達としてあなたの家に行ってあげましょうか?」

「えっ、いいんですか?」

「私で良ければ、だけれど」


 ついこの間まで自分だって友達がいなかったのに偉そうだが。

 だからあくまで仮の友達ということを強調しておいた。「友達になってあげるわ」なんて偉そうには言えないから。


「それならいまから来てください!」

「えっ」




 溝口家のリビングにて私は座っていた。

 問題なのは目的の人物である彼女たちのお母さんがいないことと、何故か溝口くんが私の目の前に座っていることだろう。

 いやまあ彼らの家なのだから当然と言えば当然だが、どうして私の前に座るのかという疑問が尽きない。


「――でさ、雫ってピーマン嫌いなんだよね」


 どうやら嘘ではなかったようだ。

 横に座っている彼女に視線をやると、彼女は気まずそうに顔を背けた。


「あ、ごめんね、いま母さんは友達のところに行っていて」

「大丈夫よ。それより私こそごめんなさい」

「大丈夫だよ。んー、チョコ食べる?」

「え? あ、くれると言うのなら」

「はい」


 お礼を行って受け取ると、Sの形のチョコレートだった。

 椎那だからSをわざわざ選んでくれたのだろうか。――あ、美味しい。


「そういえば今日は木村さんといなかったね」

「ええ、彼女には他の友達がいるもの」


 いつでも一緒にいるわけではないし、なにより木村さんは兄のことを気に入っている。私としてはそういう意味で近くにいてほしい。が、まさか直接言うわけにもいかないので、どうすればいいのかと迷っているのが現状だった。


「大丈夫、僕が水嶋さんの友達だから」

「は?」

「そ、そこまで怖い顔をされるとは思わなかったな……」

「いえ、私とあなたは友達だったの?」


 どこからが友達なのか分からない。

 個人的には知り合いレベルだと思っていたのだが、そこはやはり個人の考え方や捉え方で変わっていくらしい。


「最近は一緒にいるしそうなんじゃない?」

「それってあなたが勝手に来るだけよね? 隣の席だから常に話しかけてくるだけよね? 迷惑とは言わないけれど、あまり短絡的な思考はしない方がいいわよ」

「うっ……あ、あの、もう少しくらい優しくしてください……」


 いや、私的には苦手なはずなのにそうでもなくなっているから怖いのよ。単純すぎるというか、実に都合のいい要素というか。

 ただ過去に男性から痴漢をされたからといって、これから出会う男の子を毛嫌いする必要はないのだからいいこと、なんだろうけども……。


「椎那さん、もう少しくらいお兄に優しくしてあげてください」

「って、雫は水嶋さんに迷惑かけないの」

「……ごめんなさい、まさかお母さんがいないとは思わなくてですね……」

「別にいいわよ。悪かったわね、溝口くん」

「いや、僕も自分勝手な考え方をしていたから」


 ここで責めることもできるのに自分にも非があったかのように言うのか彼は。女の子にモテそうな性格をしていると思う。


「でもあれだね、水嶋さんの友達になりたいな」

「それはどうして?」

「どうせ隣同士なら仲がいい方がいいでしょ? それにあのクラスでは水嶋さんにとって2番目の友達だからね」

「ふぅん、よく分からないことを言うのね」


 ――木村さんに言われたときの方が嬉しかった気がする。

 兄にだけ頼んでいたときも変な感情を抱いてしまったわけで、どうしてなのかよく分からないけれど。


「溝口くんが友達だと思いたいなら別にいいわよ」

「でも、それだと水嶋さんにとっては友達じゃないよね?」

「もういいんじゃないかしら。そもそも私が読書をしていても気にせず話しかけてくるじゃない」

「ははは、そうしなきゃいけないって思ってね」

「言っておくけれど、私はそこまで弱い人間じゃないわ」


 小中高校現在と、私はほぼひとりで乗り切ってきた。

 勿論、他人がいなければできないこともあったし、家族がいなければ生きられていないので「ひとりで生きれる」なんて自惚れるつもりはない。けれどこれは話が別だ。

 そんなことで時間を消費させるのは申し訳ないし、言い方はわるくなるけれど余計なお世話というもの。

 同情心なんてのはいらない。どうせ友達でいてくれるなら、私だからそうなりたかったと言ってほしいのだ。

 ここでも問題なのはそれは私個人の考え方であって他人にとっては違うということで。


「椎那さんも友達がいないんですねっ、その気持ちはよく分かりますよ!」

「別に悪いことばかりでもないわよ。授業中や勉強中に集中できるし、相手に気を遣うことなく生活できるし、放課後はさっさと家に帰ってしまえば自由の時間を謳歌できるし、ね」


 が、木村さんと出会ったことで少し変化を見せている。

 いつの間にか私の方から一緒にいたいと考えてしまっている。

 それでも彼女には他に友達がいるわけで……ここのところは我慢をしているというわけだ。

 だって初めてなんだ。初めてだからこそ距離感を大切にしなければならない。もしそこを誤って、そして一方的に絡みに行ったら嫌われて終わってしまうだけ。

 だったら傍観を選ぶ。私が謝ろうとしてできなかったあの日みたいに来てくれるのを待つ。その気があればきっと近づいてきてくれるだろうと信じて。

 

「でも私は寂しいです! 友達がたくさんいてほしいです!」

「それなら頑張ってみなさい。でも、無理は禁物よ。あくまで、雫ちゃんの素を出していかなければならない……って、私が言っても参考にはならないだろうけれど」

「そんなことはありません。それに椎那さんは友達になってくれたじゃないですか」


 え、あくまで『仮』だったのだのだが……悪い気はしないけれどね。


「無理やりピーマンを食べさせようとしてくるお兄から椎那さんを守ります!」

「ふふ、それならお願いするわね」

「はい! お任せください!」


 良かった、私にだけ冷たいというわけではなくて。

 いまの彼女は確かに明るくて、周りの子に好かれそうな感じ。

 彼女もまた私にはない良さを持っている。ひとつ年上のはずなのに、彼女の方が先輩のように感じた。


「えぇ……僕は別に水嶋さんに悪いことはしないけど……」

「そんなことは分かっているわよ。だって溝口くんは草食系男子だものね」

「えぇ……」

「ふふ、冗談よ。さてと、今日はそろそろ帰るわ、兄さんが心配しているだろうから」


 立ち上がって出ていこうとした私に「お兄ちゃん、でしょ?」と揶揄してきた彼を睨みつける。


「こ、こわっ!?」

「やめなさい、次に言ったら……」

「わ、分かったっ、言わないから……」

「ふん、ならいいのよ」


 ま、別にそんなに恥ずかしいことではないけれど、ね。

 屋内から出て少し歩くとなぜか雫ちゃんが私を追ってきた。


「ま、待ってください!」

「どうしたの?」

「あの、今日はありがとうございました! それと、先週はすみませんでした」

「それを言うために出てきてくれたの? こちらこそありがとう」

「い、いえ……えへへ」


 唐突だが、そういう可愛い笑みを浮かべられるって才能だと思う。

 なんとなく柔らかそうな頬を触りたくなって実際に触れて。


「あ、あのっ?」

「あ、ごめんなさ――」


 困惑した感じの彼女の顔が至近距離にあって、私はすぐに手を離そうとして。


「なに、やってるの?」


 ふたりで声がした方を向くと、木村さんがそこに立っていたのだった。

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