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02

「でね、妹がさ――」

「へ~、そうなんだ」


 私の周りに集まってお喋りに興じている男女ふたり。

 彼の席は隣なのだから違和感はないが、もう少しくらいボリュームを抑えてほしいと思うのは自分勝手だろうか。


「水嶋さんはひとりっ子?」

「水嶋さんにはお兄ちゃんがいるよ!」

「え、どうして木村さんが知ってるの?」

「だってもうマブダチですから」


 そもそも友達ですらない。

 だというのに自信満々すぎて、てっきりそうなのかと錯覚しそうになったくらいだ。


「マブダチって言うけどさ、ふたりが仲がいいようには思えないんだけど。なんとか木村さんの明るさのみで乗り切っているようなものだよね」

「え~、そんなことないよ~、今日だって水嶋さんのお家に行く予定だし」


 え!? いつの間にそんな話になっていたの……。

 あ、でも木村さんが来てくれたら兄が喜ぶかもしれないし悪いことばかりではないような……。


「へえ、それなら僕も行かせてもらおうかな」


 それは無理!

 どうして全然知らない男の子を家に招かなければならないのかという話だ。


「いいよ~、一緒に行こっ」

「うん、それなら行かせてもらおうかな」


 なんで本人に許可を取らず勝手に決めてしまうのだろうか。

「駄目よ」と言えばいいのに言えないのが情けないところ。

 そしてそのまま木村さんは席に戻り、横の男の子もこちらに触れることなく。

 私はそれから放課後までの間、ずっとモヤモヤと戦い続けた結果、すっかり疲弊状態に。


「よーしっ、それじゃあ行こ~!」

「僕は水嶋さんの家を知らないから案内よろしくね」

「任せて!」


 任せてって家を知らないでしょうが!

 ツッコむことすら面倒くさいから言わなかったが。


「ふんふ~ん」


 ――だったのに何故か家までの道を的確に先導していく。

 曲がって、直進、直進、直進、曲がって、直進。


「着いた!」

「おぉ、僕の家と大きさ変わらないや。僕はてっきり豪邸に住んでいるものだと思っていたけど」


 なにその私のイメージ……それとどうして家を知っているのよこの子……。


「水嶋さんっ、開けて?」


 仕方なく鍵を開けると、ふたりとも勝手に中に入ってしまう。

 それでも流石に冷蔵庫を開けたりはしなくてホッとしつつ、私はふたりに飲み物を準備し手渡した。


「ごめんね、木村さんに急は良くないって僕は言ったんだけど」


 いや、「僕も行こうかな」って乗り気だったでしょうが……。

 私じゃなければ、本当に男の子が心の底から怖いと感じている子だったら通報されてお終いだ。


「ただいま――っと、椎那の友達か?」

「木村時雨です!」

「溝口(とおる)です!」

「へえ、あの椎那にふたりも友達ができるなんてな。今日はめでたいから母さんに赤飯を炊いてもらうか」

「それがいいと思いますっ」


 友達じゃないのよこのふたりは……寧ろ賊かしら?


「しぃ、良かったな」

「……良くないわよ、兄さん」

「「あ、やっと喋った!」」

「兄さんなんて呼び方してないだろ? いつもみたいに『お兄ちゃん』って呼んでくれよ」

「そ、そんな呼び方はしていないわ!」


 このふたりの前で冗談を言うのはやめてほしい。

 いまだって「お兄ちゃんって呼んでるんだ、僕の妹は呼んでくれないから羨ましいな」なんて男の子が勘違いしているし……。


「ふむ……あの、お名前を聞かせてもらってもいいですか!」

「ん? ああ、俺の名前はさとるだ、よろしくな」

「ほうほう、名前もそうですがお顔も凄く格好いいですね!」

「お世辞を言ってくれるのは嬉しいが、虚しくなるだけだからやめてくれ。妹の椎那より背が低いんだぞ……」


 背が低いと言っても私が167センチで兄が166センチというだけなので気にする必要はないと思う。格好いいという点には同意――しないこともないけれど……。


「えと溝口だっけか、ちょっと来てくれ」

「分かりました」


 兄は出ていき木村さんとだけになる。

 正直に言って木村さんも苦手な相手ではあるのでふたりきりにされると困ってしまう。


「暁さんの用事ってなんだろうね」


 確かに溝口くんとふたりきりで話すことってなんだろうか。

 いままで接点がなかったというのに――はっ!? も、もしかして兄はそっち系の人!? ……なんてそんなわけがない。

 だっていつも読書をしているときにネタバレをしてくるんだ。そしてその際にヒロインの話だけ強調してくるからノーマルな人であるのは間違いないだろう。


「それにしても兄妹揃って美形でいいね」

「……そんなんじゃないわよ、兄さんはそうだけれど」

「いやいや、水嶋さんも綺麗だから」

「やめて、お世辞を言われても虚しくなるだけよ」

「はは、兄妹揃って同じこと言ってる~!」


 もうやだ……帰ってくれないかしら……。


「み、水嶋さん……僕はもう帰るね」

「え、ええ」


 でも、帰られたら帰られたで気になるのが私の弱いところ。


「ど、どうしたんだろうね、凄くやつれていたけど」

「気にしなくていいぞ木村」

「暁さんがなにかをしたんですか?」

「ああ、まあちょっとな。妹に手を出したら絶対に許さない、場合によっては死をお届けするからな! って言ったら『今日はもう帰ります』って答えたぞ、はっはっは!」

「お、脅しじゃないですか。それに溝口くんはそんなことできませんよ、草食系男子っぽいですし」

「だな!」


 もうやだ……この兄……。

 相手が溝口くんじゃなければ、八つ当たりされて私が傷だらけになっているところだというのに、分からないのだろうか。

 ――待って、なんで彼ならそんなことをしてこないと私は思ったのかしらいま……。も、もしかして私も……草食系の男の子だと思っている可能性が……。


「も、もういいから兄さんは部屋に戻ってなさい!」

「はいはい。それじゃあ木村、ゆっくりしていけよな」

「はいっ、ありがとうございます!」


 先程から見かけによらずハイテンションな木村さん。

 ひょっとしてこれがビビっときた、ということなのかしら。

 どちらかと言えばされる側のように感じるけれど。


「ね、ねえ」

「うん?」

「兄さんのことが好きなの?」

「うん、好きっ」


 最近の子は段階を踏まずに一気に踏み込むのかもしれない。

 ライトノベルの作中ではこんなことは日常茶飯事なので驚かなか――いや、かなり驚いた。

 だって会ってから数分しか経っていないというのに、こんなことが有りえるだろうか。


「お近づきになりたいな~」

「へ、へえ……だ、だったら2階に行ってきたらどうかしら」

「あ、そういう意味で近づきたいわけじゃないから」

「へ?」


 間抜けな反応になる。

 お近づきになりたいのに物理的な接近は違うってどういうことなのか、それが私には分からない。


「まあまあ、細かいことはいいんだよ~」

「そ、そう」


 元々、深く詮索するつもりはなかったので、私もそれ以上は言及しなかった。聞いたら面倒くさいことになりそうだし。


「木村時雨です」

「――? どうしてまた……」

「改めてよろしくお願いします」

「だからなんで……」

「水嶋さんも言ってよ」

「え、と……水嶋椎那です、よろしくお願いします」

「うんっ、よしっ!」


 なにかしらこの茶番。

 でも意外なのはあまり嫌な気分にはなっていないことだ。

 同性の子からは好かれない人生を送ってきていたので、自分のことなのに驚いているくらいで。

 

「今度、ボクの家に連れてってあげるね」

「いいわよ、そもそも友達ですらないんだし」

「あ……そうだった……」


 彼女も錯覚していたのかもしれない。

 ……ここはグッと堪えて、変に信頼するべきではない。

 しゅんとしているところが妙に可愛いとか、そういうことは仲良くなってから言ってあげればいいのだ。


「それじゃあ暁さんのお部屋に行ってくるね」


 結局行くんかい!?

 ……彼女たちと関わっていると変な自分が出てくるし、ツッコみ役が他にもいてほしくなるからやめてほしかった。


「あ、そういえばスマホ返しておくね」

「えっ!? ど、どうしてあなたが……」

「だってあの空き教室に置きっぱなしだったからさ。あ、ふふふ」

「え……な、なに?」

「ううんっ、それじゃあ行ってきまーす」


 なぜだか嫌な予感がしてスマホを点けてみると、『『時雨煮』が友達登録されました』という通知が。


「……勝手に人のスマホをいじるのは犯罪よ」


 普通に聞いてくれれば教えてあげた。

 昨今、友達じゃなくてもID交換くらいはする。

 情報伝達のためとか色々な理由でなされている。


「そもそも時雨煮ってなによ……煮られているじゃない」


 それならせめて『しぐれ煮』にするとか工夫はいくらでもあったでしょうに。

 ……考えるだけ無駄だ、これ以上はやめておこう。

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