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「ちょっと、まだ起きてたのお兄――」
「でね? あの作戦成功しちゃった! 案の定、しぃは暁さんが作ったのだと思ってたよ?」
「はははっ、しぃは俺が作ったの好きだからな。でも、時雨が作ったやつでも落ち着いてたんだろ? なんか嫉妬するわ」
そこに崩れ落ちる。
帰ったんじゃなかったの? 時雨がいるということは雫だって――どうやら雫はいないみたいで一安心。
「あ、おはよ~って、まだ夜中だけどっ」
「しぃ、大丈夫なのか?」
「ええ……体調が悪くなったのは時雨と雫のせいだもの……」
病人相手でもぶっ飛んだ性格及び言動を晒してくれた。
そのせいで体調が悪化していままで寝ていたけど、寝たおかげか完璧とは言わないまでもスッキリさせることができたのだ。
「その前に風邪を引いたのはしぃのせいだけどね」
「それだってあなたが勝手にやったんでしょう……あなたなんて嫌いよ、雫も等しく嫌いだわ」
「って、言ってるけど、暁さん的にはどのように考えていると思う?」
「そうだな……自分が決めたことすら守れなくなるのが嫌で時雨との距離を作ろうとしているんじゃないのか?」
なんで分かるのよっ!
大体、兄も加害者だ。
どうして私が嫌がっている相手を家の中に残しておく? 妹を大切に思っているのならまずできないことだ。
「自分が決めたこと?」
「しぃはな髪を切った日に言ったんだ、『色々面倒くさくなったのよ』ってな。俺はすぐに時雨関連のことだと分かった。そんで決めたことっていうのは、昔みたいに戻ろうとしたということだな」
「昔みたいにって、いまとは違うの?」
「あんまり変わらないがな。とにかく人と仲良くしようとしない状態に戻そうとしたんだろ。煩わしい、どうせ分かり合えない、面倒くさい、無駄、まあ言いたい気持ちも少しは分かるんだがな。ただ、そうするときに時雨の存在は邪魔ってことだ」
「えぇ、酷い……」
「そうじゃねえ、寧ろ逆だ。お前のことを気に入っているからこそだよ。揺れちまうんだ、自分はこうするって決めているのに時雨が来てしまったらな」
気持ちが悪いわね……ここまで分かられていると。
確かに私は「色々と」と口にした。
その中には当然、というか1番人間関係のことが含まれていたけど、具体的に言ったわけではないというのに……。
「しぃがボクを気に入っているの?」
「当たり前だ。時雨が俺に名前で呼べって言ってきたときがあったろ?」
「うん」
「そのときだって、どうして自分には言ってくれないのにって嫉妬していたんだぞ?」
「うそっ!? あっ、だからなんか冷たかったんだ」
ちがっ――くはないから強くは言えない。
だってそうでしょう? どうして級友に頼むより先にその兄に頼むのって話よ。
「しぃの中で時雨はもう大きい存在なんだよ。だというのに時雨が冷たくしたせいでロングヘアーじゃなくなっちまったじゃねえかよ!」
「ええっ!?」
「俺はなっ、ロングヘアー状態のしぃが好きだったんだよごらぁ!」
「きゃ~! それって告白っ?」
「ああそうだよ!」
「「うそっ!?」」
病み上がりにこのテンションは辛い。
それに私まで素で驚いてしまった、そんなことは一切ないと分かっているのに。
「俺は世界で3番目にしぃを大切に思っているんだよ!」
「そ、そんなっ!? 1番と2番目は誰なのっ?」
「1番は母さんだ! そして2番目は……竹蔵さんだ!」
「だ、誰っ!?」
ちなみに、お父さんの名前が竹蔵である。
お母さんの名前は千景ね。
「しぃを愛する心では負けない!」
「え、それってマジな感じの方なの?」
「は? え、禁断の愛とか思っているのか?」
「うん、言動だけで見れば」
「んー、しぃは綺麗で魅力的だが、面倒くさいからな!」
「だね!」
「ちょっと待ちなさい! なにが面倒くさいよ!」
確かに私は面倒くさいのかもしれない、でも、だからって好き勝手言わせたままではプライド的にもいられない。
「でも、さり気なく綺麗とか言ってるじゃん」
「俺に断じてそういう気持ちはない」
「ちなみにボクにも! ボクにも……ない、ないはずなんだけど……」
「はずなんだけど?」
「しぃといられないと寂しい! 避けられるともやもやする! 一緒にいてほしいっ!」
「だってさっ」
いや、それとまるで反対の行動をしていたと思うのだけれど。
私はそこまで強くは拒んでなかった。
来てくれればいつだって一緒にいようとしていたのに、一昨日まで他の子のところに行っていたのは彼女の方だ。
「ふぁ~……俺はもう寝るわ。しぃは体調が中途半端なんだから早く寝ろよ」
「ええ、おやすみなさい」
こちらをキラキラした目で見つめている彼女を見て溜め息をつく。
「あなたこそ体調は大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ」
「そう、それならよかったわ。あなたが元気でいてくれないと調子が狂うのよ」
もう私は諦めた。
彼女がこうして来る限り、私は自分が決めたことすら守れない。
どうせこうしていてくれるならいつも通りフラットな状態で接したいと内側が訴えてきている。
「雫は?」
「途中まで一緒に帰ってたんだけど、ボクだけこっそりと戻ってきた!」
「はぁ……あなたが元気でいてくれればそれでもういいわ」
「はい、どうぞ!」
「ええ」
横に座ったらだいぶ楽になった。
今度は寝すぎて微妙な状態だったのだ。
「ちょっと肩借りてもいい?」
「いいよ」
体重を預けるともっと楽な状態に。
「前も似たようなことをしたけど、ごめんなさい。あなたは頭が少し不安なのに勉強を教えることもしないで……」
「よ、余計な言葉だけどねっ――まあ、ボクも悪かったし、多少面倒くさくても許してあげるっ」
見つめ合って私たちはくすりと笑った。
なんとなくいい雰囲気が私たちを包む。
ソファに自然な形で預けている手を握ってみたりなんかりもした。
「ねえ、私のことどう思っているの?」
さっき微妙な言い方をしていたけど、本当のところはどうなのかが聞きたい。
「面倒くさい女の子で、考えなしに大事な髪の毛を切っちゃうアホな子かな」
「……そういうのじゃなくて、よ」
なんかあるじゃない、これこれこうとかあれあれこうとかそういうのと説明したところで彼女も手を握ってくれたのだけれど、
「でもなあ、しぃは面倒くさい子だからなあ」
「はっきりと言ってくれればいいわよ」
「ボクさ、なんでか分からないけど出会ったときからキミのことが気になってた。だから一緒にいようとしたんだけどキミが拒むからさ。そのために他の子といたんだよ」
「そう、それならその子と仲良くしてあげなさい」
「うん――って! そんなわけないでしょうが!」
「えっ!?」
「寂しさを紛らわせるために一緒にいてもらったの! ちゃんとその旨は伝えておいたんだから!」
なんとも残酷なことをする子だ。
中には彼女のことを好きでいる子だっていただろうに。
「うわーん! 髪を切られると分かっていたらもっとグイグイ近づいてたのにぃ!」
「ふふ、生きている限りまた伸びるわよ」
「そっかっ、そうだよね!」
これは自惚れてもいいのよね?
私の人生にしては珍しく気に入ってくれた子ができたってことよね?
「本当はあなたを家に連れ帰った日、無理やりにでもあなたを元気づけたかった。元気になって素敵な笑顔を見せてほしかったから」
「うん」
「本当は私も最初からあなたのことが気になってた。だって私にも優しくしてくれる子だったから」
「うん」
「余計なことを考えて嫉妬したりもしたわ。あなたに冷たい態度をとられて面倒くさくなって距離を作ろうとしたのも本当のことよ。でも」
「うん」
「私、分かったのよ。あなたが側にいてくれると落ち着けるって」
「その割には邪険に扱ってきていたけど」
「だから今日やっと分かったのよ」
以前に気づいていたとしても素直になれなかったから無駄だろうけども。
「少し言い方を変えるわね。ごほん、時雨にはずっと側にいてほしいのよ」
「え~、どうしよっかな~」
「無理なら別にいいわ」
「って、無理ならもうここにいないよ」
「それならいいの?」
「うん、仕方ないからいいよ」
「ふふ、仕方ないなら仕方ないわよね」
「そう、仕方ないんだよ!」
彼女の手を更にギュッと握りしめる。
彼女もまた同じように握り返してくれた。
これがいつか本当に心からに変わればいいと思う。
「それって本心から?」
「やだな~、仕方なくで答えるわけないでしょ?」
「そうねっ」
またもや私の複雑な心を吹き飛ばしてくれた。
だからって甘えてばっかりではいられない。
私も支えていけるように頑張っていこう。
そう私は決めたのだった。




