01
読むのは自己責任で。
会話のみ。ワンパターンのみ。
「邪魔なんだけど」
教室で読書を楽しんでいたら言われた言葉だ。
争うのすら無駄だと思った私は無言で教室から出てきた。
廊下の適当なところで腰を下ろして読書を再開。
「なにあれ」
「さあ、教室に居場所がないんじゃない?」
その通りだし、これもまたなにかを言うのが面倒くさいから食いつくことはしなかった。
内心で溜め息をつく。
なにをしているわけでもないのに邪魔者扱いされる毎日。
どうしたって不満は溜まるけれど、学校でそれを解放したら余計に絡まれるようになるだけだから我慢しているというのが現状だ。
「こんにちは、なにやってるの?」
なにやってるのって読書しかないじゃない。
――と、今度は言おうとして口にできなかった。
私は男の子及び男の人が苦手だ。
昔、電車に乗って街に行った際、痴漢に遭ったからだ。
あの日以来、本当にどうしても必要なとき以外は乗らないようにしているが、どうしたって異性と距離が近くなることもあってほとほと困っていた。
「って、本を読んでいたんだよね、ごめんね邪魔をして」
別に邪魔というわけでもないけれど。
駄目だ、この子が悪いわけじゃないのにやっぱり怖い。
「もう戻るね。あ、せめて空き教室で読んだら? スカート、汚れちゃうでしょ」
「……え、ええ」
「良かった~、完全に無視されるかと思っていたよ」
流石に私でもそれはできなかった。
憎い判定を下せば遠慮なく最後まで貫くが。
彼の助言通り、目の前にあった空き教室の中に入って席に座った。
「ふぅ、そもそも邪魔とか言われる前に出るつもりだったわよ」
教室にいると大きな声で話す子が多い。
ただただ近くを通っただけなのに体がビクッと反応してしまい、ただ痛いそんな女になってしまっているのだ。
「んん……」
「えっ」
振り向いてみれば、窓際最後列の席に女の子が突っ伏して寝ていることに気づいた。
その子の髪色は若菜色。肩口ぐらいまでの比較的短い毛量。
「ん……? あれ、ボク以外にも誰かいたんだ」
「じゃ、邪魔してごめんなさい」
多少どもったが、自分でも驚くくらいすっと声が出た。
基本的に黙るか、無駄だと察して黙るかでしかないので、珍しいことだ。
「大丈夫、問題ないよ」
「ゆ、ゆっくり寝てちょうだい」
そもそも1番いいところで止まっているのと、不必要に人と関わりたくない私は意識を本の中に戻した。
「ふーん、見た目によらずライトノベルとか読むんだ」
「……兄のを借りてきているの」
本はいいわよね。
読んでいるだけで現実から目を逸らすことができるのだから。
読書しているときだけは煩わしい人間関係のことを考えずに済むのだから。
「ねえねえ、アニメとか好きなの?」
別に嫌いじゃない。
活字をタイプならなんでも拒まず読むタイプだ。
読書は好き好んでしているわけじゃない。
活字を目で追っていれば時間をつぶせるから。
アニメだって兄におすすめされたのを見て、意外と面白くて最終話まで一気見したことすらあった。
「そういうのをなんだっけ、オタクって言うんだっけ? 最近は女の子にも増えているんだってね」
おた……く……おたふく?
頭がいいというわけではないので横文字を使われても分からないことがある。
「萌えーとかって言うの?」
「も、もえ? 燃えはしないわよ?」
意外と熱い展開で手をギュッと握ったりはするけれど。
「ふーん、ふーん? そういう感じなんだね」
そういう感じとは?
というか、さっきから独り言が多いわねこの子……。
「あ、ボクの名前は木村時雨ね。キミは?」
「え、水嶋……椎那」
どうしてわざわざ自己紹介なんてしてきたんだろう。
そしえてどうして私も素直に自己紹介をしているんだろうか。
「ちなみにボクがここで寝ていた理由は、教室だと賑やかすぎて寝られないからです。キミは?」
「邪魔だと言われたからよ」
「え、もしかして嫌われてるの?」
どうかしら。
あの子が私の席を毎日使っていることは知っているわけだし、私も別に自分の意思で出てきたようなもの。
机も椅子も学校の備品だ。授業のときに使用できるのなら特にムカつくわけでもないのだし、嫌われているというのは違うんじゃないかしら。
「嫌われてはいないわよ」
「なんだ良かった~」
なんでいいのだろうか。
どちらにしたって彼女には一切関係がないというのに。
「クラスは何組?」
「3組よ」
「え、奇遇……ボクも3組なんだ」
「ふふ、お互いに他人には興味ないようね」
それでもこの菖蒲色の髪が視界に入らないって凄いことだわ。
この派手な髪色のせいで邪険に扱われるときがあるんじゃないかっていつも考えている。
「あれ……キミみたいな女の子がいたらすぐ気づきそうなんだけど……あ、そういえばボクはずっと寝ていたんだった」
「しっかりと夜に寝るべきよ」
「どうしてもやりたいことが多くてさ。あれもこれもって考えているうちに朝になっちゃって、学校で寝ればいいやって思考になっちゃうんだよ」
私もそういうときはあるから強くは言えない。
けれど寝ることなく済んでいるのは、周りの子たちに口実を与えないためである。少しでも標的にされないよう振る舞っているのだ。――こちらが自衛したところで悪口を言われないわけではないのが難点ではあるが。
「あ、というか読書の邪魔してごめんね。ボク、いつも言われるんだ、空気が読めないって」
「大丈夫よ」
普通に話しかけてくれるだけで嬉しい。
悪口を言われるのは慣れているが、だからって積極的に聞きたいわけではないから。
「ボクが友達になってあげよっか?」
「別にいいわ」
「え、てっきり『本当に!?』って食いついてくるかと思ってたよ」
この子に罪はないが男の子っぽい見た目で少し怖いのだ。
同性なのは胸の膨らみで分かるし名前的にもそう。
だからこれは珍しく他人を――木村さんを不快にさせないために言っていることだった。
「ひとりは慣れているし、ひとりのほうが好きなのよ」
「そっか、なら仕方ないね」
「ええ。悪かったわね、お昼寝の邪魔をしてしまって」
「大丈夫だよ、午前中はずっと寝ていたし」
ある意味大丈夫ではないけれど……。
とにかく挨拶をして空き教室をあとにした。
教室に戻ると私の席に座って盛り上がっている女の子が。
そうやって友達と20分くらい盛り上がれるのは羨ましいことかもしれない。
問題なのは彼女と会話しているのは男の子という点なのだ。
「はい、どいてどいてー、水嶋さんが困ってるでしょ?」
え、いつの間にか私の横には木村さんがいて代わりに女の子に言ってくれた。
「は? あんたの席じゃないじゃん」
「キミの席でもないでしょ? そこの彼氏クンの席でも借りればいいんじゃないの?」
「は、はぁ!? か、彼氏なんかじゃないんですけど!」
「いいからいいから、とりあえずそこどいてねー」
「ちょ、きゃぁ!?」
なんでわざわざ手もしくは腕ではなく太ももを掴むの? これはこの子じゃなくても驚く。
「はい、座ってね」
「あ、ありがとう」
自分の席に座ってなんとなく横を見てみると、
「やあ、水嶋さん」
先程の男の子が爽やかな笑顔を浮かべてこちらを見ていた。
ま、まさか横の席だったなんてと絶望する。
が……私も彼女のことを言えないみたいだ。この距離で分からなかったなんてどうかしている。いや、男の子だからこそ分かろうとしなかったのかもしれないのでなんとも言えないが。
「そんなに嫌そうな顔をしないでよ。知ってるよ僕、君が痴漢に遭ったこと」
「えっ!? あ……」
あまりに驚きすぎて大きな声が出てしまった。
どうして……だってそれはこの学校の誰も知らないはず……。
もしかしてこの子が痴漢――。
「なんて誤解しないでよ? 勇気が出なくて動けなかった、だからごめん」
「び、びっくりしたじゃない……」
「ごめん。それにその人は捕まったから大丈夫だよ」
「私は本当に必要なとき以外に電車に乗るのはやめたからもう大丈夫よ……って、なによその顔」
こちらを驚いた顔で見つめてくる男の子。
「い、いや、水嶋さんって普通に喋れるんだなって」
「あ、当たり前でしょう!? あ……」
ああもうだから嫌なのよ……。
慣れないことをすると必ず駄目な部分が出る。
今回は人と会話するのが不慣れだったせいで赤っ恥をかいてしまった。
「大声出してどうしたの? あ、キミが水嶋さんに意地悪をしたとか? だったら許さないけど」
あんな失礼な態度を取った後なのに優しい女の子だ。
「違うよ、そんなことしてないよ」
「本当かなあ、さっきだって『痴漢』とかって単語が聞こえてきていたけど?」
「み、耳がいいんだね木村さん。僕はただ、水嶋さんも女の子だから気をつけてねって言っただけだよ」
「え、なんだ、キミがしていたわけじゃなかったんだ」
私も同じことを思ったから強くは言えなかった。
「そもそも僕がしてたらこんな話題出さないでしょ……」
「分からないよそんなの、敢えて犯人がそういうことを言って油断させて……とかあるでしょ」
「木村さんはどれだけ僕を罪人にしたいんだ……」
「木村さんありがとう。でも、きっとこの子は大丈夫よ」
「水嶋さんが言うならこれでやめておくけど、油断しないほうがいいよキミ」
そうよね、これくらいの警戒心はもっておくべきよね。
とりあえず大して知らない男の子とふたりきりにならないようにしておこう。
自意識過剰でもなんでもいい、あのときの恐怖を味わうことにならなければ。