魔王は死んだ。けれど世界は平和にならない。【短編版】
結構前のこと。
幼馴染みのバカが勇者になると言った。
特にやりたいこともなかったし、ガキみたいに目をキラキラさせてそんなことを言うものだから、ちょっと面白いなって思ってその話に乗ることにした。
あれやこれやと修行のようなことをしたり、勇者としての最大の責務である『魔王討伐』に必要不可欠とされる聖剣を探したり。
色々とやっているうちに俺達は魔王城へとたどり着いていた。
最初は俺と勇者ともう一人の幼馴染みの少女だけだった勇者一行も旅を続けるうちにやたらと熱い魔法剣士と一撃必殺の魔法を使えるくせに杖で魔物を撲殺することに喜びを感じるやベェ魔導師の二人を仲間に加えた五人になっていた。
そして、魔王は討伐された。
決め手は魔導師の杖による一撃だった。魔法じゃない。物理のほうだ。
ともあれ魔王は死んだ。
勇者としてもっとも果たさなければならない責務は果たした。
しかし、どういうわけかその日を境に勇者はどんどん暗くなっていった。
あいつは世界を救いたかったのだ。
世界を平和にして、苦しい思いをしたり泣かなくてはならない目にあう奴を無くしたかったのだ。
皆が救われ笑顔でいられる。
あいつが望んだのはそんな世界だった。
あいつにとって勇者なんてものはあくまで手段に過ぎなかった。
魔王の討伐というのも魔の者に生活を脅かされる人たちを救うための手段に過ぎなかった。
魔王は死んだ。
けれど世界は平和にならなかった。
だから、俺があいつの望む平和を作ることにした。
俺が魔王になることで。
◇◆◇◆◇
「そもそも、前提が間違ってんだよな。魔王がいないならいないで次は人間同士の殺し合いになるに決まってるのに」
玉座で愚痴る。
これまでをさくっと総括すると勇者が悪い。
世界を救いたいならはじめからそう言えって話だ。
そのせいで魔王討伐なんてやる必要のないことをやるはめになった。
「お前もそう思うだろ? マジで余計な手間だったわ」
『お主に開幕即死魔法撃たれたあげく魔導師に魔法じゃなくて杖で撲殺されたうえに余計な手間扱いされる魔王だった我、不憫すぎない?』
「あれはお前が悪い。これから殺し合いってタイミングに渋い声で「よく来たな。勇者とその仲間たち……」なんて言い出したらそりゃ即死魔法撃つだろ」
『いや、だってああいうのって雰囲気大事だし……』
「そんな第三者が決めた雰囲気に自分の行動を左右されるなんて恥ずかしくないのか?」
『何か話そうとしてる魔王相手に不意打ちで耐性防御無効の即死魔法撃つとか恥ずかしくないの?』
同意を求めて玉座の肘置きに座っているテディベアに話しかけると渋い声で同意とも否定とも違うような言葉が返ってきた。
まぁいいや。どのみち魔王の意見とか聞いてないし。
「魔王様、失礼します」
可愛らしいテディベアの姿で渋い声を出す魔王に「殺されたあげく魂だけ蘇生させられてテディベアに詰められるとか恥ずかしくないの?」って聞いてやろうかと考えていると扉が開き落ち着いた声がかけられた。
『どうした。アイス』
「お前じゃねえよ。テディベア」
『……ねぇ、昔の部下が我のことディスってくるんだけど』
「まぁ、テディベアだしな」
『理由になってない!』
憤慨するテディベア。
知ったこっちゃないので視線で扉の前に立つ女に話の続きを促す。
「六魔将、【煉獄】が討伐されました」
「お、マジか。蘇生蘇生っと」
『蘇生蘇生って……』
適当に無詠唱で蘇生魔法を発動すると、前方に光の輪が現れ地面から競り上がるようにして炎を纏った物理的に熱い大男が現れる。
なんかテディベアが訝しげな視線を向けているが知ったこっちゃない。
「グアァアアアッッッ!!!!! 消火器だけはやめろぉおおおお!!!!」
「死因聞こうかと思ってたけど聞くまでもなかったな」
『消火器に負ける魔王軍幹部……』
「まぁ、文明って凄いし。あと、相性も悪いし」
『相性とか以前の問題だと思うんじゃが……』
「はっ!!! 魔王様!! これは情けないところをお見せしてしまったぁぁっ!!!」
『気にすることはないフレイム。いくら魔王軍随一の攻撃力を持つお主でも時には敗北することもある』
「お前に言ってねぇよっっ!!! テディベアァァァ!!!」
『……グスン。我……我……』
「まぁ、テディベアだし」
『テディベアにも人権あるんだぞ!!』
「ねえよ」
そもそも人ですらねーだろ。
「んで? 誰にやられた?」
「人間の町のキャバクラで飲み逃げしようとしたら黒服に囲まれて消火器ぶっぱなされましたぁぁあああっっ!!」
「そうか。消火器持って来い。次は蘇生しないから」
そもそもはじめから蘇生しなきゃよかった。
『……』
テディベアは声を殺して泣いていた。
「あ、魔王様。忘れていたのですが、数日前私の下着を盗もうとした【暴風】を凍死させたままにしてありますのでそちらの蘇生もお願いします」
「同士討ちやめろよ」
『我、そんな風に六魔将育てた覚えないのに……』
とりあえず蘇生。
テディベアがなんか嘆いているけど、六魔将もテディベアに育てられた覚えはないと思うぞ。
「……んあ? ここは……あれ? パンティは? ブラジャーは? 楽園は?」
「楽園は知らんけど地獄ならすぐ後ろだぞ」
軽薄そうな顔をした優男。
後ろを振り向いた瞬間、氷塊に叩き潰されて地面の染みになった。
「おっと、手が滑った。すみません魔王様。もう一度お願いできますか?」
「えぇ……。めんどいな。まぁ、いいけどさ。ほいっと」
『手塩にかけて育てた六魔将がただのサイコパスに……(カタカタ)』
「あの程度でサイコパスとか本職に謝れよ」
『本職とは?』
なに食わぬ顔で再度蘇生を要求する【氷姫】。
それを見て震えるテディベア。
そんな彼らをよそに俺の蘇生魔法によって再び【暴風】は蘇る。
「へへっ、ちょっと癖になりそうだ」
「変な扉開こうとしてんじゃねえよ。俺の仕事増やすな」
『……』
開口一番最低だった。
『ストーム! お主には六魔将としての自覚がないのか!!』
「あん? 誰だてメェ。テディベアの分際で気安く俺に話しかけてんじゃねぇぞ。パンティになって出直してきな!」
「全てを台無しにする最後の一言」
『もうやだぁ……』
テディベアが泣きながら俺に抱きついてきた。
これテディベアの姿だからいいけど、魔王本来の姿はかなりでかくて威圧感のあるおっさんなんだよな……。
そう考えるとなんか嫌になってきた。
「キモいからちょっと離れてもらっていい?」
『酷すぎないか!?』
「冷静に考えたらお前ただのおっさんじゃん。そんなのに抱きつかれても……。せめて十歳くらいの金髪幼女の依り代だったらありよりのありだけどさ」
『我、今お主に関して聞かない方が幸せなこと聞いた気がするんだけど』
「今度、手頃な幼女探すか」
『どう聞いても犯罪の臭いがするんだが?』
「何言ってんだ。魔王なんだからそりゃあ人の一人や二人は拐うだろ。たまたまそれが幼女だったってだけだ」
『幼女である意味』
「趣味だな」
『聞きたくなかった』
「もっと言うなら金髪蒼眼で卑猥な言葉に免疫がない子がいい」
『聞きたくなかった』
テディベアがまるでヤバイ奴を見るような目で見てくる。
腹立つからいっぺん殺して床とかに蘇生させようかな。
「つーかな、まるでヤバイ奴見るような目で俺のこと見てるけど、もっとヤバイ奴はいるからな」
「――呼んだ?」
「……頼むから帰って?」
「イヤ♪」
しまった。
ヤバイ奴の筆頭を召喚してしまった。
『魔導師、だったか?』
「違うぞ。ただのメンヘラストーカーサイコパスだ」
「ねぇ? いつになったら帰ってくるの? 私、待ってるんだよ?」
「帰って?」
ニコリと頬笑むメンヘラストーカーサイコパス。
帰る気配はまるでない。
『というか、どうして魔導師がここに……。門番は一体何をしてる』
「安らかに眠ってるよ」
「死んでんじゃねえか」
余計な仕事が増えた。
こいつら絶対に蘇生魔法の価値が分かってないな。
わりと疲れるんだぞこの魔法。
「で? 何しに来たんだ? 用がないなら帰ってくれ」
「私はいつでもあなたの側にいるよ?」
「俺もう今日の夜トイレ行けねえや」
なんなら今すぐ漏らしそうまである。
『……ふむ。なんだ。勇者の奴、結婚するのか?』
「んあ?」
『ほら、これ』
怖いからテディ抱いて寝ようかな。
なんて考えていたらテディから聞き逃せない発言が飛び出し、一枚のカードを見せられる。
「『俺達、結婚することになりました! なんか国が祝ってくれるらしいけど、それとは別に勇者パーティの皆で祝いたいから良かったら来て欲しい!』……って、マジか」
差し出されたそれに写っていたのは満面の笑みでもう一人の幼馴染みをお姫様抱っこする勇者。
両想いなのは旅が始まる前から知ってたけど、思いのほか早くにくっついたな。
お互い死ぬほど鈍感で放っておいたら一生両片想いしてそうな感じだったんだけど。
「あなたが魔王になってから、勇者はあなたに全て背負わせてしまったって悩んでいたの」
「……へぇ、別に気にしなくていいのに」
「お前のせいだろ。何被害者ぶってんだって何回か殺そうとしたんだけど失敗した」
「お前、人の幼馴染みに何してくれてんの?」
ちょっとしんみりした俺の気持ちを返してくれ。
『ふむ。まぁ、勇者の立場では迂闊に動くことも出来んからな。お主に会いに行くことも思うように出来ず苦しんでいたところを僧侶が献身的に支えて想いが通じあったというところか』
「お、じゃあ俺のおかげじゃん」
「違うよ。勇者はドMだから、あなたのことで苦悩してるところをドSの僧侶に言葉責めされて虜になったの」
「……」
ちょっとしんみりした俺の気持ちを返してくれ。
『我、それ知りたくなかったんだけど。我を倒した勇者パーティのほとんどがヤバイ奴だったとか知りたくなかったんだけど』
「ちなみに魔法剣士は夜になると女装する癖がある」
『知りたくなかったんだけど!! 勇者パーティ、変人コンプリートしてるじゃないか!!』
「おいおい、テディ。俺を除いてって言葉が抜けてるぞ♪」
『お主は筆頭だ』
「あ゛?」
失礼なクマだな。
「しかし、そう言われてから見てみるとこの写真も少し違和感がありますね」
「ん?」
腹立つから便器とかに蘇生してやろうかと考えていたら、【氷姫】がカードを見てそんなことを言い出した。
「いえ、この勇者、満面の笑みですが、心なしか頬が上気しているような」
「……たしかに」
言われてみればその通りだ。
でもそれがなんだ?
「勇者の首に抱きついている僧侶ですが、耳元で何か囁いているように見えませんか?」
「おっと、それ以上は誰も幸せになれないからやめるんだ」
え、あいつらなに。
プレイ中に撮った写真送りつけてきたの?
いやいや、さすがにそりゃないか。
『なるほど。見られるとより興奮するタイプだったか』
「殺すぞ」
『我を倒しに来た時より強い殺気』
うん。何も見なかったことにしよう。
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