第9話 囮作戦vs囮作戦
チャンスとばかりに壱成は隊長の近くに行き、粒子構造を観察する。
やはりこれもTS系の粒子をベースに複数の異なる粒子で形成されていた。魔法を放つ時に構築するものと同じTS系ではあるが、障壁のほうは構造が異なっている。
格子状に編まれたそれにぶつかった火の玉は、粉々に砕けて飛散していた。
はた目には火の玉が消滅したように見えるのだが、壱成の目には粒子レベルに分解されて飛散している事まで正確に観察する事が出来た。
(なるほど。TS系の粒子によってRbl粒子が組み上げられて火の玉になるなら、別の編み方をすれば破壊する事も出来るって訳ね……)
まだまだ謎の多い粒子構造であるが、謎の片鱗を見た壱成であった。
とは言えここは戦場だ。
壱成は早速、障壁を作りだして火の玉を弾きながら、隊長と同じように敵の魔術部隊へと向かった。
「ぐはははははは!! 血の気の多い奴めが誘い込まれて来おったか)
そこへ馬に乗った大男が参上した。
どこから見ても戦国武将である。
経験の少ない壱成であってもそれは雰囲気で分かった。
「うぜぇぇっ!」
完全に頭に血が上った翼洋はひるむ事なく突撃する。
俗に言う一騎打ちである。
戦場における一騎打ちなんて激しく意味の無いもののように思えるが、この世界では五千年以上も続く伝統的なスタイルなのである。
それに、実は周辺にいるNPC兵の士気を上げるという実用的な効果もあったりする。
逆に一騎打ちに横やりを入れた側のNPC兵は、大幅に士気が下がってしまう。
もちろん負けた場合もしかり。
斬馬剣のジルフィに打ち勝つために日々修行していた翼洋は、さすがに強かった。
相手はヘルタジール戦国武将であるジャッカル。岩をも砕くと言われている彼の硬鞭が翼洋の剣を弾き飛ばすも、巧みな足さばきで後ろに回り込み、斬りかかる。
ジャッカルの身体には無数の切り傷が刻まれていく。
しかし傷が浅いからか、ジャッカルの表情に全く焦りはない。むしろ笑っていた。
「ふははははは。非力よのぉ。そんな攻撃では赤子も死なんわ」
「ほざけっ!」
「ほらよっ、どうした。皮一枚切ったところで蚊ほども効かんぞ」
「なめるなぁぁっっ!!」
さらに深く踏み込んだ翼洋の剣がジャッカルの左太ももに深く突き刺さった。
一見勝負が付いた様に見えたが、これは距離を取ってアウトレンジから切り付ける翼洋に対するジャッカルの作戦なのだ。
勝利を確信した翼洋の口元が緩んだのは、ほんの一瞬だった。
「むっ! 剣が抜けぬ」
ジャッカルが瞬間的に筋肉を硬直させながら足を捻じ曲げ、剣を刈り取ったのだ。
尋常な痛みではないだろう。
この気迫に押された翼洋の隙を、大男は見逃さなかった。
「うりゃぁぁぁぁあ!!」
直径が人間の頭ほどもある大きな硬鞭が翼洋の頭を完璧に押しつぶす。まさに声を上げる瞬間すら無く、彼は絶命してしまったのだ。
「ゆけいっ! 兵たちよ。こ奴の部隊を殲滅するのだ」
隊長を取られNPC兵の士気が下がった今がチャンスとばかりに、ジャッカルの激が飛ぶ。
「待ってくれよ。オレとも闘ってくんねぇかな」
そこに水を差すのが壱成である。
「ん? 誰だお前は」
「オレ? 第二小隊隊長、壱成だ。今は特命で単独行動してるけど」
「小隊長だとぉ?」
「一応、階級は伍長な」
まだ足に刺さったままの剣を抜いたジャッカルは、イチイチ相手にしてられないとばかりに壱成に向かって投げつけた。
筋肉のかたまりから発射された剣は、ものすごい勢いである。
並のNPC兵であれば砕け散るような勢いであったが、壱成は難なく持っていた剣で振り払う。
「なんと、もしやその剣は?」
「そそ。斬馬剣とかいうやつ」
「なるほど貴様か。ジルフィをやったのは」
「そゆことね」
もはや壱成の目には、大男は単なる出世のための道具にしか見えなかった。
(あ、でも他の使い道もあるよな)
良い事を思いついたとばかりに壱成の口元が緩む。
岩砕きのジャッカルは、斬馬剣のジルフィに負けずとも劣らない武将であった。
逆に言うと、壱成にとって勝てない相手ではないと言うことだ。
それに武器は以前よりも間違いなくパワーアップしている。
そもそも先の戦いで相手は足に深手を負ったままなのである。
苦戦なんてするはずはなかった。
「ぐぬぬ……」
僅か数分の格闘により、ジャッカルは打ちのめされた。
本来なら此処で壱成が止めを刺すのがこの世界の常である。しかし彼にとって、そんな事は関係ない。
「おーいミシェル。良い感じになったから後は宜しく!」
「承知した」
「これ使ったら良いよ」
ジャッカルが使っていた硬鞭を拾って手渡す。
ちゃっかりパワーレベリングである。
虫の息になったジャッカルに対し、無慈悲に武器を振り下ろすミシェル。
まだランクEの彼女にとっては重すぎる武器である。はっきりいって動かない相手にしか通用しない状態であった。
「ま、待てーっ!! ぶへっ!」
ジャッカルも、まさかNPC兵に殴り倒される最期になるとは夢にも思わなかったに違いない。正統派武人としては非常に気の毒な結果になったと同情せざるを得ない。
戦国武将の敗退にヘルタジール兵の士気が下がる。
そして逆に、ヴァレアス兵の士気が大いに上がるはずであった。壱成のパワーレベリングが無ければ。
ミシェルが一騎打ちを邪魔してしまった事になり、壱成側のNPC兵も士気が下がる結果となってしまった。
「むむっ。しまったぞ。道草くってる間に魔術兵を見失っちまったよ」
「壱成、あそこだ」
「あ、ほんとだ。あれはもう追っても間に合わねぇな」
仕方なく壱成は残った第六部隊の兵と共に、サナダ率いる第七部隊へ合流するべく進軍した。
◆
三日目の夜、壱成から見た敵国であるヘルタジールの本丸では念入りな戦況分析が行われていた。
「左翼の状況はどうか?」
「少々敵兵の被害が想定よりも少ないですが、他は予定通りであります」
「中央は?」
「問題ありません。水右京様が言われました通り、ザレコワ将軍とジン・カイ・ラーム将軍が陣取って動きません」
壱成所属する第七大隊に左翼の丘を奪われたというのに全く動揺が無い。
完全にヘルタジール軍の描いた筋書き通りだったのである。
開戦四日目、ヘルタジール国の周到に準備された策略により戦局が大きく動いた。
中央に位置するヘルタジールの軍が全て進軍する軌道を変え、右翼の軍へと突っ込んだのだ。
これに慌てたのはもちろん、相対するヴァレアス国の左翼に位置する軍である。
ヘルタジールの兵が前方と右側から雪崩の様に襲い掛かって来るなんて、全くの想定外であったのだ。
「申し上げます! 敵兵が左翼に総攻撃を掛けて来ました」
「ん? どういう事かな。敵は何がしたいのだ?」
そのあまりに現実離れした報告に総大将のヤゴットは首をひねる。
しかし軍師のザルハダは一瞬で顔をひきつらせた。
「総攻撃だと? 間違いないのか?」
「はっ! 中央および右翼にも少量の兵は残されておりますが、ほぼ全軍のようです」
してやられた――
ザルハダの額より油汗が流れ出る。
今回は左翼に将軍を六人も配備していた。一人で戦局をも変えるという将軍を、六人である。いささかやり過ぎ感があるほどだ。
計画では明日、一気に突撃して城を落としてしまう予定であった。
そのため、左翼は完全な攻撃型の陣形を組んでいた。
もちろん敵に知られないよう様々な工夫を凝らしていたのだ。右翼の丘を強引に攻め落としたのも策の一つである。あちこちで囮策を平行して展開していた。
勢いとスピードが大事な作戦だったため、将軍も直進型の人間ばかり集めた。
そのため逆に急襲を受けた場合には脆いはずだ。
全て裏目に出るかもしれない。
「なら中央の軍で挟み撃ちにすれば良いではないか」
総大将のヤゴットは、敵の真の目的に気が付いていないためか未だ呑気に言葉を発する。
「城が開放され、中に居た五万の兵も次々と総攻撃の軍に合流しております」
「なんだと!? なら、城は空ではないか。すぐに落としてしまえ」
「ヤゴット様、お待ちください!」
あまりに理解の遅い総大将に待ったを掛けるように、軍師のザルハダは声を荒げる。
その表情に、ただ事では無い雰囲気をようやく感じ取ったヤゴットであった。
「て、敵の狙いは我が国の将軍でありますぞ。今回は特に攻撃に特化した精鋭のみを集めましたゆえ……」
「なんじゃと? 将軍が狙いだと? ……だ、だが城を取ってしまえば我が軍の勝利じゃ。何も問題あるまい?」
「代償が高すぎます……深懐城は確かに重要な拠点ではありますが、我が国精鋭の将軍と引き換えなど……」
精鋭の将軍――。
そう、精鋭の将軍なのである。
ザルハダは自分で言っておきながら、腑に落ちない部分がある事に気が付いた。
如何に不意打ちを受けたとは言え、如何に防衛戦が苦手な将軍ばかりとは言え、そう簡単にやられる奴らではない。敵は本当に将軍達を討つつもりでいるのか。それとも、これすらも策であって別の何かがあるのか。
「申し上げます! 左翼の更に左側より新たな敵軍が出現!! おそらく神龍国の兵だと思われます」
ああそうなのか……と、ザルハダは納得した。
何故かはわからないがヴァレアス国が深懐城へ攻め込む事が北の神龍国に筒抜けになっていたのだ。
そして神龍国はヘルタジール国に対し、助けてやるから通過を許可しろとばかりに話しを持ちかけて軍を此処まで進めて来たのだろう。
「その数、不明! おそらく万はくだらないかと」
ヴァレアス国の北に位置する神龍国とは現在でもせめぎ合いが続いている。
ここでヴァレアスの将軍を少しでも減らしておく事は奴らにとっても有利な展開なのである。
ザルハダは様々な囮を使って城を急襲する策で当たったが、敵は、城そのものを囮として将軍を獲る策であったのだ。神龍国と綿密に連携しながら。
腑に落ちない所が完全に解消され、今回の戦が既に続行不可能になった事を理解したザルハダは、全軍撤退を進言した。城を獲れないのは痛いが、今は一人でも多くの将軍を助ける策に切り替えねばならない。
総大将のヤゴットもこれを受け入れる。
ヴァレアス国の本陣から赤と緑で彩られた狼煙が複数上がった。
◆
「あれ見ろよ、撤退の狼煙だぜ」
第七大隊の兵が叫ぶ。
壱成が所属する第七大隊は、深懐城の城門が開放された事もあって先陣を切って城内に雪崩れ込んだのだ。
何故か城内の兵が殆ど出陣して手薄になっている事も発見し、サナダ中佐が独断先行したのである。
敵味方合わせて三十五万規模の戦いともなれば、全軍すみずみまで状況の伝達は困難である。せいぜい狼煙で大事な情報を伝えるのみとなってしまう。
ましてや第七大隊は右翼に配備されていた。
撤退する決め手となった左翼からは遠く離れており、肉眼では何が起こっているのか判別できるはずも無い。
結果として第七大隊は城内に取り残された。
「ダメです。完全に包囲されております」
「隊長、こちらも敵兵が戻りつつあります」
壱成の周りでも、中隊長の真丸中尉へ続々と悲痛な報告がもたらされる。
ヴァレアス軍が撤退したため、ヘルタジールの軍も順次城に戻って来たのである。
完全な孤立状態だ。
「サナダ中佐が殺られたぞぉぉぉ!!! 隊長が死んだぁぁ!!」
そんな中、更なる悲報がもたらされる。
第七大隊の隊長が討ち死にした、と。
こうなればもう、大隊としては機能しない。
「案ずるでない! 我が中隊は此処へ集結せよ!!」
司令塔を失った大隊との連携は諦め、自らの中隊を指揮する事にした真丸中尉。
彼の目はまだ死んでいなかった。