第8話 モヤモヤの正体は
さすがに剣が折れては闘えないと踏んだ壱成は、大振りになった瞬間を見計らって懐へと飛び込む。
「甘いわっ!」
ジルフィが振り抜いた剣を咄嗟に返す。
まさかこれだけの大剣を瞬時に返してくると思っていなかった壱成はまともに喰らってしまった。
普通の人間なら致命傷である。
しかし攻撃した方の当の本人が、逆に驚いていた。
「いってぇ」
「なんと。馬をも一刀するという斬馬剣で切り払えない物があるとは……しかしもはや、その状態なら闘えまい」
薙ぎ払われた大剣は、壱成の右腕を切断した後に胴体部分にめり込んで止まっている。
「壱成、大丈夫か」
後ろからミシェルが呑気に質問してくる。
こんなところがNPCっぽいのだ。通常であれば大丈夫どころの話しではない。
しかし壱成の身体も通常では無いため、何故か会話がちゃんと噛みあってしまう。
「ああ、なんとか大丈夫だよミシェル。ちょっと冷やっとしたけど問題ない」
「ばかな。利き腕を切断されて大丈夫だと? 気でも狂ったか」
「剣だから切り口が綺麗だね。これなら直ぐにくっつく」
「は? 何を言ってるのだ貴様……って、なっ!! なんだっ? 何故腕が元通りになるのだ? おかしいだろ!」
「説明めんどくさいし、おっちゃんも突然襲い掛かって来たから良いよね」
言うが早いか相手の懐に踏み込むと、首を狙って切り払う。
よほど驚いていたのか、今度は反撃される事も無く攻撃に成功した。
驚異の反射神経で少し躱されて完全切断とは行かなかったものの、出血状態から見て長くは無いだろう。
「くそ……化け物……め」
それが大男の最後の言葉であった。
「隊長が負けたぁぁぁっ! ひ、退けぇぇっっ!」
第七遊撃隊の副隊長が瞬時に撤退の号令を掛ける。
「壱成、この男の首を持って帰った方が良い」
「なんで?」
「名のある男だと思うから。きっと出世できる」
「おおなるほど! ミシェルは誰だか分かるの?」
「わからない」
「そっか。この大剣も威力がありそうだからもらっておこう」
これであれば薙ぎ払いで複数人を一気に倒せそうだ。
もちろん壱成が肉体改造をしてパワーがあるから出来る技ではあるが。
◆
初日の合戦終了後、ヴァレアス側の本陣では軍議が行われていた。
「まずまずの出だしだな」
「はっ」
総大将のヤゴットが満足そうに髭を撫でる。
「特に右翼の喰い込みが大きいな」
「そのようです。あそこは囮に使う予定だったのですが、ここまで進軍しているのなら作戦を変えた方が良いかもしれませぬ」
「いや、そのままで良い。囮としての価値が更にあがったと考えればよかろう」
ヤゴットはどちらかというと政治力でのし上がった人物だ。だから腕っぷしが強い訳でもなく、知略が得意でもない。
従って軍師のザルハダも臆せず意見を言う。
「しかしこのままですと、さすがに孤立してしまいますぞ」
「なるほどな。何か良い手はあるか?」
「突出したのは右翼の中でも第七大隊のみであります。オロジル准将よ、第七大隊から何か報告は受けてないか?」
「はっ。真丸中尉率いる中隊が、敵の戦国武将を討ち取っておりまする。おそらく、その影響ではないかと」
「誰を討ち取ったのだ?」
「斬馬剣のジルフィです」
軍議を行っているメンバーが一様に顔を見合わせる。
誰か知っているか?とでも言うように。
一人で戦局をも変えてしまうと言う将軍ならともかくとして、単なる戦国武将となると有象無象の人間も含めると数が多くなる。どうしても全てを把握する事は出来ない。
とは言うものの、大物ともなれば一騎で千人規模の兵士に匹敵すると言われる戦国武将である。
それを討ち取ったという事は大きい。
「なら、第六大隊も合流のため向かわせるか」
「そうですね。先に右側エリアを制圧してしまうのも手かもしれません」
こうして着々と二日目の戦略が練られて行った。
◆
「うっひょぉぉぉぉぉ、コイツはすげえや」
大剣を手に入れた壱成は浮かれていた。
昨日倒した男が斬馬剣のジルフィと教えられ、戦国武将という称号持ちであった事が判明した事も合わさってテンションが高くなっている原因の一つだ。
戦国武将とは、伍長や軍曹などと言った階級とは別に付けられる称号である。
特に武力の高い人間に授けられる。
武力が高い事と、隊を率いる事は必ずしも同じ能力ではないために階級とは別に称号が用意されているのだ。
「壱成、浮かれるのは良いがまたしても我々だけ突出してしまっているぞ」
「そうだった。今日は別の隊が合流するから進軍はゆっくりで良いと言われていたんだ」
二日目は壱成にとって消化不良の日となってしまった。
その日の夜に第六大隊が合流した。
野営の準備が進められるなか、中隊長以上の人間が顔合わせのため集められる。
「斬馬剣のジルフィを討ち取ったのはどいつだ?」
「これ! 翼洋。私情を挟むでない。まずは隊列の配備と作戦合わせが先じゃ」
「けっ!」
翼洋は第六大隊所属の中佐である。
中佐でありながら、戦国武将の称号も保持していた。
彼は二年前の戦いで副隊長を務めている際に隊長を討たれて戦に敗北した。
討った人間が斬馬剣のジルフィだったのだ。
必ず復讐すると心に決めていた。
今回の戦はまさに好機だったのである。しかしながら別の人間に討たれてしまった。
敵を討ったのだから何の問題もないどころか、むしろ称賛されるべき事なのであるが彼の心中は複雑であった。
「俺をサナダ中佐の近くに配備してくれよぉ。そうすりゃ頑張るぜ」
「まだ言うのか。私情を挟むなとさっきも言っただろうが」
子供の様に駄々をこねる翼洋であったが、右翼をまとめるオロジル准将はこれを許可した。今回の戦略が変わり、一点突破する必要が出て来たからである。
一点突破するには相当熟練した隊で切り込むか、戦国武将を先頭に突っ込むのがセオリーである。翼洋は中佐という階級以上に武力で買われた人間だ。彼の士気を上げるためにも希望の配列をするのは悪手ではないと判断したのだ。
夜が明けて三日目へと突入する。
「よろしくな。俺は第六大隊の翼洋だ。今日はサナダんトコの中隊と一緒に丘を抜けて背後から敵を討つぜ」
ヴァレアス軍は三日目に右側の丘を制圧する事に決めた。
簡易要塞となっている丘を、わずか三日で制圧しようなどと虫の良い話しではあるが本陣は出来ると踏んだのであろう。
切り込み隊として翼洋とサナダ、二個中隊が選ばれた。
「翼洋、久しぶりだな」
「おう! サナダか。確か二年振りだよな、一緒に闘うのは。それよりも教えてくれ。一体どんな策を使ってジルフィを討ち取ったんだ?」
「策など何もない。そもそも此処に奴が来るなんて想定外だったからな。ウチの若いヤツが一騎打ちで仕留めなければヤバかったぜ」
「はああ? 一騎打ちだと?! んなバカな。オメェんトコに奴を倒せるほどの猛者は居ねぇだろうが」
「今までは、な。辺境の地から集めて来た兵らの中に紛れ込んでたんだよ」
「……まじかよ」
翼洋でさえも絶対に討ち取れるという確信は無かった。
敵討ちを誓った日から、日々の鍛錬は欠かしていないものの敵が強大すぎたのだ。それが、ポッと出の一兵卒にやられたなんて聞くと更に複雑な思いが拡大する。
さすがの翼洋もこれ以上、私情を挟む訳には行かないとは分かっていた。分かっていてなお、サナダ中佐へお願いしたのだ。
その男と共に先頭を切りたい、と。
先陣を翼洋率いる第六大隊が切り、サナダ中佐が後ろに続く。
「貸し一つだからな」
「わかってるさ」
壱成という掘り出し物の兵を貸し与え、且つ、先陣も譲ったサナダは今が恩の売り時だとばかりに念を押した。
(こんな小せぇ奴がジルフィを殺ったのか? 信じられねぇ……)
翼洋の中で疑惑の念が膨らむ。
(どうせ小細工でも使ったんだろ。ジルフィの野郎、しょうもない策に掛かりやがって)
進軍と共に、疑惑は更に強まった。
理由は壱成のパワーレベリングである。先陣を切っている彼は、これ幸いとばかりにミシェルを前面に立てて戦っているのだ。翼洋から見ると、女の陰からこそこそと敵兵を突いている姑息な男にしか見えない。
「何だぁ? よく見りゃその女、NPC兵じゃねぇかよ」
「ご名答。見ただけで良くわかったね。ってか、もしかしてランク鑑定の魔道具持ちだった?」
「正規兵かどうかくらい直感で分からんでどうする。しかしてめぇ、ふざけた戦いしやがって……まあいい!」
翼洋の中で完全に使えない男との烙印が押されてしまった壱成である。
だがしかし激戦地である右翼の丘の上、しかも切り込み隊という重要な任務を行っている最中であるにも関わらず、私情で集中力を欠いていた翼洋も、人の事を言えたものではない。
その証拠に、第六大隊にせまる敵の特殊部隊への反応が遅れてしまった。
気が付いた時には既に大量の火の玉が降り注いでいたのだ。
「な、なんだ?!」
「気をつけろぉぉぉっ!!! 魔術部隊が居るぞっ!」
「下だぁっ! 下から攻撃を仕掛けて来ている!」
想定外の場所からの攻撃に、第六大隊の兵はNPC兵も含めて大混乱だ。
高低差の利を生かした高所からの弓矢による攻撃は大変強力である。
逆に低所から高所への弓攻撃は、どうしても威力が落ちてしまう。だからこそ、丘の中腹を進軍する翼洋の部隊は上からの攻撃ばかり気に掛けてしまっていたのだ。
ところが弓と違って魔法による攻撃は高低差の影響を非常に受けにくい。今回のような重要な戦であれば、貴重な魔術部隊であっても惜しまず投入してくる可能性は十分に考えられる事であった。
注意を払っておくべきであった。
普段の翼洋であれば絶対に犯さないミスである。
「くそっ! 盾持ちは左に寄って攻撃を防げぃ!! 弓隊っ! 一斉射撃だ」
慌てた彼は、更に悪手を取ってしまう。
敵は冷静にタイミングを計っていたのだ。第六大隊の意識が下へ向いた瞬間、今度は丘の上から大量の弓が降り注ぐ。
あっという間に数百人が戦闘不能状態へと陥ってしまった。
(なんて事だ。失態だ! 兵が半分近く持って行かれてしまったぞ……どうする?)
対処なんて無い。
ここまで隊の人数が減ってしまったのなら大人しく後ろの第七大隊に先頭を譲るしかないのだ。
(せめて敵の魔術部隊だけでも削ってやる!)
失態の不名誉を少しでも埋めるため、更なる痛手を覚悟して突撃命令を下す。
「第六大隊は下にいる魔術部隊を殲滅する! 続けえぇぇぇぇっ!!」
魔術部隊は距離が命だ。当然、後退する敵を追いかけながらの戦いになるし、途中には別の敵兵も陣取っている。
もう悪手どころの話しではない。翼洋は完全に理性を失っていたと言えよう。
そんな中でも壱成は冷静であった。
相変わらず、ミシェルを前に出してパワーレベリングを行っていた。
やはりEランクまで上がると、その上にはなかなか上がらないものだな、などと呑気な事を考えながら。
(ん? 隊長の前に何か靄のようなものが見えるぞ)
魔術部隊からのファイヤーボールが断続的に飛んでくるなか、隊長の翼洋は盾も持たずに前進して敵を切りまくっている。
さすがの隊長も火の玉に当たれば倒れるかと思いきや、靄が全て防いでいる事を壱成は発見した。
「隊長、もしかしてそれは魔法攻撃をブロックする障壁か何かですか?」
「貴様! くっちゃべってんじゃねぇぇぇ! おいテメェら! ここが正念場だぞ! サナダの隊に被害が出ないよう、何としても魔術部隊を葬り去るんだ!!」
取りつく島もないとはこの事か、と壱成は思った。
しかし今度ばかりは隊長が正しかった。
この激戦のなか、粒子がどうだこうだ等を観察している壱成の方がおかしいのだ。
そう、靄のように見えるものは粒子なのである。