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異世界アバター冒険記  作者: 青ひつじ
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第7話 私財を持とう


「あ、気が付いた」


 ミルテイシアが静かに瞼を開く。

 その中心で瞳孔が光量調節のために大きさを変化させる。きっと内部では送り届けられた光の信号が彼女の脳へと届き、弟が覗き込んでいる映像を映し出した事であろう。


「ラシルド……」

「姉さん。良かったよ、意識が戻って」

「……!! くっ! 奴は?」


 一瞬で記憶を手繰り寄せた彼女は、自分が気絶した後の状況を確認すべく跳ね起きる。


「ははは、姉さん。慌てなくて良いんだよ。全て終わったんだから」


 ミルテイシアは弟のラシルドから状況の説明を受け、改めて驚愕した。

 壱成が更に強大な魔術を行使したこと、そして高レベルポーションでも治療できないようなケガを負った彼女の体を、壱成が修復したこと。


「うそ……もしかしてエリクサーでも使ったの?」

「んな高価なモノ、彼らは持ってないってさ。何か彼の特殊スキルだと言っていたよ。説明を聞いたんだけどさっぱりだよ」


 そう言いながら、ラシルドは顔を横に振る。

 そして、粒子操作なんてスキルは今まで見た事も聞いた事も無いよ、と付け足した。


「神器も?」

「このとおり」


 何はともあれ目的を達成できてよかった、とミルテイシアが緊張の糸を解く。

 改めて部屋を見渡すと、少し離れた場所で壱成とミシェルの姿が目に入った。NPC兵のミシェルもゴーレムの一撃を受けて戦闘不能になっていたから、おそらく彼女の治療を行っているのだろう。


 ミルテイシアは治療の様子を見ようと近くへ移動した。

 エリクサー級の効果をもつ粒子操作とやらのスキルを自分の目で見るためだ。


「ミルテイシア、気が付いたのか。丁度良かったよ。今、コイツの治療も終わったところだ」

「……」


 スキルを見る事が出来なくて残念そうな彼女であった。


 そんなミルテイシアに対し、壱成は説明を求めた。

 もちろんゴーレムに挑んだ事である。


「すみません壱成どの。これだけの恩義をもらっておいて恐縮なのですが、詳しくは話せないのです」

「オレは口は堅いほうだよ」

「本当に申し訳ございません。これが神器だと言う事も、できれば他言しないで欲しいのです」


 簡単に話せる内容であれば、最初から話していたであろう事は壱成でも予想は付いた。


 ダンジョン内、しかも契約中のパーティを不自然に解消したのも、おそらくは、あわよくば壱成が援護する可能性も考えての事だろう。そう壱成も気が付いていた。


「チョー気になるのは気になるけど。ま、仕方ないか。オレが勝手に割り込んだんだし」

「ご配慮感謝いたします。……あの、お詫びに集めた魔石は全てお渡しいたします。本日分だけでなく、初日からの分も含めて」

「たはは。ありがたく貰っておくよ。と言ってもどうせ中尉に没収されてしまうんだけどな」


 もともと冒険者としてダンジョンに潜った訳では無く、いわばこれは仕事なのである。

 仕事で入手した魔石は軍に渡さなければならない。


 といってもノルマである兵五百人分の魔石にぐっと近づいた事は確かである。


「私達の魔石は軍に渡さなくても良いのではないでしょうか。壱成どのの私財として貯めておけば良いのです」

「えっ?」


 ミルテイシアから驚くべき提案が出て来た。

 更に驚くべき事に、壱成が驚いて固まっている間にミシェルからも同様の発言が出て来たのだ。


「我々のクラスであれば、一日あたり二十人分程度の魔石収集が相場とされています。それ以上入手できた場合は私財とするのが一般的ですね」

「まじかよ……」


 また一つ、この世界の驚くべき常識に驚く壱成なのであった。


「それに正規兵と言ってもちゃんとした蓄えは必要ですよ。いつ軍を抜けても生きていけるように、ね」


 ミルテイシアも重ねてそそのかしてくる。


「いやいや、そんな脱走みたいな事はするつもりないから。何処の馬の骨とも分からないオレを拾ってくれたんだし」

「逆ですよ、壱成。あなたが捨てられた時の事も考えて置くべきなのです。状況次第で簡単に国から切り離される可能性はありますよ」


 そんなバカなと壱成は思ったが、すぐに考え直した。

 あれほど手厚い日本であってもリストラはあったのだ。きっとこちらの世界のほうが兵のリリースは簡単なのであろう。


「しかしこんなに大量の魔石、見つかったらヤベェな」

「アイテムボックスもお渡しします。壱成どのの私財はコレに入れて置けば良いでしょう」


 ミルテイシアが何もない空間から突然アンクレットを取り出した。


「おおっ。今、ソレどっから出て来たの?」

「アイテムボックスです。異空間に色々な物を収納して置く事が出来るのですよ。高価なものですが、今の私達にはこれ位しかお礼としてお渡し出来る物がありませんので」


 これは壱成にとって大収穫であった。

 異世界ならきっと存在するだろうと思っていた便利グッズの一つである。いつかは手に入れたいと考えていた物が早々に手に入った。


「ならついでにNPC兵のランクを見る魔道具も貰えちゃったりなんかしない?」


 調子に乗った壱成が欲を出す。

 どう考えてもアイテムボックスのほうがランク鑑定の魔道具よりも高価なはずだから、どさくさに紛れて手に入れる事が出来るかもと考えたのだ。もし彼女たちが持っていれば、の話しであるが。


 ラッキーなことに、ミルテイシアは複数持っていた。


「一つ余っているものがありますので差し上げます。あの、壱成どのを買収するみたいで気が引けるのですがこの事は――」

「安心しな。秘密はぜってぇーに守ってやる」


 捨て台詞だけ聞かれると、何かとんでもない悪党に間違われそうな壱成であった。


          ◆


 新アルテリウス歴4337年11月12日。


 壱成が所属するヴァレアス国は東の隣国であるヘルタジール国へ本格的な侵攻を開始した。


 動員された兵はおよそ二十万。

 当然ながら殆どがNPC兵ではあるが、その規模から正規兵の数も不足していたために壱成が居る辺境の地まで募集が掛かった。


 もちろん壱成は意気揚々と名乗り出た。出世のチャンスを逃す手はない。


 ガルシアとしては掘り出し物の若者を手放すのは惜しかったが、その一方で彼の実力を高く評価しており、辺境の地でくすぶらせる訳には行かないとの思いもあって許可したのである。


 極端な戦力低下を防ぐため、またしてもラーナはアルル村に残された。


「すげぇな、見て見ろよミシェル。人がまるでゴミのようだ」


 招集場所である秦北(しんぺい)平原を丘の上から見下ろした壱成が興奮した様子で言葉を発した。


「……言っている意味が良くわかりませんが」

「いいんだよ、言ってみたかっただけだから」

「少し急いだ方が良いのでは? 日が昇り切るまでに辿り着かなければなりませんので」

「わーってるって。NPC兵ってのは本当に感情が無いやつなんだな」


 感情が無い訳ではなく、単に壱成がはしゃぎ過ぎているだけなのである。

 魔石から造りだされたNPC兵と言えど、人間と同じように喜怒哀楽を持っており時には恋だってするのだ。


 ただ、自らの生命よりも軍に重きを置き、軍事的な命令が全てに優先されるという点だけが生身の人間である正規兵と全く異なる点なのである。


 秦北(しんぺい)平原に到着した壱成は今回の(いくさ)について説明を受ける。


 目標はヘルタジール国最西端にある深懐(しんかい)城だ。

 ヘルタジール国へ侵攻するにあたり、足掛かりとなる拠点である。そのためヴァレアス国は国全体のおよそ三分の一にあたる二十万という兵を使って攻め込む事にしたのである。


 対するヘルタジール国としてはたまったものではない。

 こちらも深懐(しんかい)城へ兵力を集めつつ、城外にも十万の兵を展開した。深懐(しんかい)城は平均的な強度の城であるが、小高い丘の上に成り立っており、丘自体も天然の要塞といえるのである。


 ヴァレアス側総大将であるヤゴットはもちろん戦略を練って攻め入ったが、細かい策の内容は末端である壱成まで伝わるはずはない。


「ともかくオレらは第三ポイントから攻めあがって行けば良いんだな」

「そうだ。くれぐれも合図を間違えない様にな」


 壱成の配属された中隊の長である真丸(さだまる)中尉が念を押すように言った。


 今まではガルシア中尉のもと参戦していたのだが、今度は、この真丸中尉という人物の指示で動く事になる。とはいうものの今までと決定的に違うのは、真丸中尉がトップではないと言う事だ。


 中隊は所詮は大隊の中に編成された一部隊である。

 サナダ中佐というのが壱成の配属された大隊のトップであるが、その人物さえも遠目にしか見えない。ここだけで千人も兵がいるのであるから当然と言えば当然なのであるが、更には、この規模の大隊が二百個もあるのだ。


 十や二十ではなく二百である。

 あらためて(いくさ)の規模に驚きを隠せない壱成であった。


「来たぞ! 合図だ。進めぇぇぇぇ!!!」


 中隊長の号令のもと、壱成を含む二百人が丘へ突撃する。

 真丸中隊と時を同じくして残りの四個中隊も同時に進軍した。


 この第三ポイントへの突撃に何の意味があるか全く分からないが、とにかく今は目の前の敵を蹴散らすだけである。


 しかし高低差の優位性を持っている敵が黙っているはずもない。

 第七大隊の進軍と同時に、矢が雨の様に振り注ぐ。


(おおお、矢だよ、弓矢による攻撃だよ。すげえよ)


 初めての体験に壱成の心は更に興奮する。

 まるで戦記物の映画を立体映像で見ているかのように感じていたのである。


 第七大隊の兵は、おそらく壱成と同じように辺境の地から掻き集められた兵士たちなのであろう。ヨロイなんて大層なものは付けてなかった。


 次々と矢を受けて倒れて行く味方兵士たち。

 見ると、正規兵達は皆、NPC兵を盾にして進軍していた。


「いってぇぇぇぇーっ!!」


 壱成のわき腹を一本の矢が貫く。


(忘れてたよ。アバターの身だとは言っても痛みは感じるんだった。とほほ……)


 異世界アバター体験にリアル性を求めるがあまり、痛覚の排除を行わなかった壱成は少しだけ後悔した。そして、この(いくさ)が終わったら痛覚を半分程度まで鈍化させようと決めたのだった。


 敵は天然の砦に更に柵を作り、簡易的に要塞化している。

 柵の向うに居る兵士をまずは仕留めなければならない。


 第七大隊の千人は、その数を七百程まで減らしながらも弓隊へと迫った。

 だが此処で敵の歩兵が柵の後ろから飛び出して来た。


「伏兵だ! 気をつけろ!」


 真丸中尉が叫ぶが、一体どう注意しろというのか。

 よくわからない壱成は、ミシェルと共に足を止めず進軍した。強化された肉体をもつ壱成の前に、敵兵はなす術も無く倒れて行く。それにより、二人だけが突出した形になってしまったのだ。


「あらら、しくったかな」

「そのようです」

「なんだ、冷静なんだなミシェル」

「壱成ならなんとかするかと思いまして」


 生と死の狭間を何度も往復した彼女らしき発言だ。


 ヘルタジール側の歩兵は当然の事ながら突出した二人を取り囲み、攻撃を加える。

 しかし、壱成の敵では無い。


 一瞬で柵の後ろ側まで回り込んだ壱成は、逆に兵士達の背中から斬りかかる。図らずも、壱成とミシェルで挟み撃ちを取った形だ。


「なめるなっ! 二人だけで何が出来ると言うのだ!!」

「何でもできるさ。ミシェル! オレの事はかまわず斬りまくれぇぇっ!!」

「承知!」


 ミシェルも今やEランクNPC兵である。

 Gランク兵数人に囲まれた程度では歩みは止まらない。


 その隙に壱成は、さきほど言葉を発した男の元へ駆け寄った。


 すかさず三名のNPC兵が正規兵の盾となって立ちはだかる。


「どけぃぃっ!!」

「なんだとっ!」


 一瞬で三名のNPC兵が蹴散らされる様を見て、ヘルタジール国の正規兵は恐怖に慄いた。


 身体能力を大幅に強化させた壱成の前に、正規兵と言えど太刀打ちできる人間は居ない。


          ◆


「左翼が少々圧されておるな」


 ヘルタジール国、第七遊撃隊隊長のジルフィ・ジークフリードは、早くも快進撃を続ける壱成の軍に注意を払っていた。


「あそこは目立った敵武将は配置されていないはずですが」

「埋もれた武将なんぞ何処にでも居ると心得よ。いくぞ!」

「はっ!!」


 ジルフィが駆けつけた時には既に、壱成達は丘の中腹まで登って来ていた。


「むむむ、なんという進軍速度だ。天然要塞をこれほどのスピードで突っ切るとは、貴様、只者ではないな」

「ん? なんだおっちゃん。って、めちゃでかいな。身長何センチあるんだよ」

「ぬう……(わし)を見て一切たじろぎもしないとは。やはり貴様は此処で始末せねばなるまい」


 言うが早いかジルフィーが全体重を乗せて大型の剣を振り下ろす。

 彼の持っている剣は斬馬剣と呼ばれ、まさに馬をも切り裂く大剣なのである。


 がきん、という重い金属音と共に壱成の体が吹き飛ばされた。


「おおお、すげえ衝撃だ。おっちゃん、只者じゃないな」

「まだ余裕をかますのかっ!」


 壱成の態度にカチンと来たジルフィーが猛攻に出る。

 最初こそ大きく吹き飛ばされた壱成であったが、二撃目からはちゃんと足を踏ん張って大男の猛攻に耐えた。


 耐えたのは良いが――


(やばいな……こりゃ、剣がもたねぇぞ)


 粒子操作により強化された肉体のお陰で戦えている壱成であるが、肝心な剣のほうが心もとなかった。



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