第5話 新発見
彼女の眼力は正しかった。
ガルシア率いる中隊は、あっという間にウカルル村を飲み込んだ。
新アルテリウス歴4337年9月3日、テルル村に端を発した戦役は、アルル村による統一という形で僅か一カ月足らずで幕を閉じる事になる。
国で言うならヴァレアス国、ヘルタジール国、ヌ・ムベス国の三国が絡む戦争であったものの、各国ともに中央より程遠い辺境の小さな村での出来事である。各国の記録には、単なる国境付近のいざこざという形で処理された。
「さて、壱成にはちょっとした仕事を頼みてぇんだが」
終戦翌日にガルシアに呼ばれた壱成は、新たな仕事を受ける事になった。
なんと、ダンジョンに入れと言われたのだ。
「あの……全く勝手が分からないのですが」
「心配するな。紹介状を書いてやるから、ウカルル村のギルドでCランクの冒険者を一人付けてもらえ。俗に言うパーティって奴だ。そいつに色々と教えてもらえば問題ない」
壱成のミッションは魔石の収集だ。
今回の戦いで魔石を使い切ったガルシアの軍は、今後のために蓄えが必要となった。
国から支給される資金で魔石を購入するだけでは足りないのだ。
ガルシアは方々に手を回し、減った兵の拡充を行う事にした。その一つが冒険者のようにダンジョンにいるモンスターからの魔石入手である。この世界では一般的な入手方法の一つである。
特に辺境の地には資金がなかなか回ってこない事もあり、主要な入手方法と言っても過言では無い。
「ウカルル村のギルドですか……戦争に勝ったから今はヴァレアス領だという事は理解できますが、なんか変な感じですね。敵国のギルドから応援を貰うなんて」
「そうでも無いぞ。お前は知らねぇと思うがもともとギルドは国に縛られちゃいない、完全に独立した組織だからな。奴らにしてみれば、統治者がすげ変わっただけだ」
例のベロクライナ=ナガタスカル協定と言う奴だ、とガルシアは説明した。
協定により、国とギルドはお互い、政治的に全く関与しないという決まりになっている。だから国同士の戦争が起きても国は決してギルドには手を出さないのだ。
「へぇぇ。それはすごいですね」
「ギルドだけじゃねぇ。町や村も一緒だぞ。今回の戦いでも、村人への被害は無かっただろ? あくまで戦争は国と国、兵士と兵士が戦うだけのものだ。一般人に被害は与えない。それがベロクライナ=ナガタスカル協定なんだよ」
この話を聞いて、壱成は協定の事をあらためて強く認識した。
単なる捕虜の扱いに関する取り決めなどというレベルでは無いようだ、と。
「元々ウカルル村にいたラーナが居るから問題はないか……」
「いや彼女は行かねぇ。念のため腕の立つ奴も少しは残して置きてぇからな」
ラーナの助けも無いらしい。
何にせよ指令は指令であるから、壱成はミシェルと二人だけでギルドへと向かった。
(ほえぇ……めっちゃ予想通りの景色だよ)
扉を開けると複数の冒険者らしき人間の姿が見える。
奥にはカウンターがあり、ギルド職員が応対している。依頼の張り紙が貼られた掲示板もちゃんと存在していた。
顔がニヤニヤするのを我慢しながら、カウンターへと向かう。
「オレは冒険者ではなくてヴァレアス国の兵士なんだけど、上からの指示で来たんだ」
そう言いながら紹介状を手渡した。
軽く目を通した職員は「畏まりました、七番テーブルにてお待ちください」と言って奥へ向かう。
五分くらい待たされただろうか。
先ほどのギルド職員がテーブルに着いた。
「お待たせしました。ご所望のCランク冒険者ですが、本日は手配が難しいようです。明日、またお越し願えますでしょうか」
壱成としても即日手配してもらえるとは思っていなかったため、快く返事をしてギルドを後にした。むしろ翌日に手配できた事に驚きながら。
宿の費用もガルシアから受け取っていたため、その日は適当な宿に泊まる。
もう今更なので、ミシェルとは同室にした。
翌日またギルドへ向かうと、既にパーティメンバとなるCランク冒険者が待ってくれていた。
「すいません、待たせてしまいましたか」
「いえ」
冒険者達は一つも嫌な顔せず自己紹介をしてくれた。
パーティメンバを数時間待つなんて事は日常茶飯事だという感じで。
魔術師風の女性がミルテイシア、戦士風の男がラシルドと名乗る。
「よろしくお願いします。……えっと、そのう。依頼は一人だったのですが」
待たせた上に、依頼よりも一人多いなんてゴネるのも気が引けた壱成は、申し訳なさそうに言った。
「ああすみません。ギルドにお願いして二人にさせてもらいました。もちろん、こちらが勝手にした事ですので分け前は一人分で結構です」
報酬が一人分で良いのなら、もちろん壱成側に不服なんて無い。
お得なだけである。
「私たちは姉弟なのですよ」
「そうなんですねぇ。それはまたカッコいい」
「弟がどうしても冒険者になりたいと言うので私まで引き込まれてしまいました」
「はは。オレは紹介状にあったと思いますがヴァレアス国の兵士です。コイツもね」
ダンジョンまでの道すがら、他愛も無い話しをしながらお互いの情報を交換する。
と言っても見た目どおり、ラシルドが敵を引き付けて置き後ろからミルテイシアが敵を殲滅するというオーソドックスな型だったので壱成側に大した収穫はなかったが。
逆にミルテイシアはミシェルに興味を示した。
NPC兵が正規兵や冒険者とパーティを組んでダンジョンに挑む事自体は、そう多くある事ではないものの皆無ではない。
しかし注目すべきは彼女のランクだ。
此処は辺境の地。GランクNPC兵が主流な中で、Fランクでも数が少ないというのにまさかのEランク兵である。
「ん? どうかしましたか」
「いえ……そのう。ミシェル殿は中央から派遣された兵士か何かでしょうか。失礼とは思いましたがランクを確認させてもらいました」
かなり気を使いながら質問するミルテイシアに、壱成は「ああ、そうか……」と納得した。ガルシアからも、この辺りでEランクなんてまず見かける事が無いと言われていたのだ。
「ついこの間まではGランクだったんですけどね。先の戦いでヌ・ムベス国の兵が大量に攻めて来たんですよ。それはもう、波のように、ね。倒しまくったらランクが随分と上がりましたですわ。ははは」
「なんと……」
ミルテイシアは絶句する。
NPC兵同士の力量差なんてたかが知れている。間違っても一人の兵が倒しまくるなんて状況が起こるはずは無い。
不思議に思って更に確かめようとするも、ダンジョンに到着してしまった。
「ここから入ります。我々は既に五階に潜った事がありますので、五階からスタートも可能ですが。一旦は一階で様子をみますか?」
「ですね。初めてなんで、それでお願いします」
ミルテイシアの問いに一階からと答える壱成。
安全のためではなく、単に生まれて初めてのダンジョンを一階からちゃんと楽しんで見たかったという砕けた理由であった。
内部は壱成が頭の中に描いていたようなファンタジックなダンジョンそのものであった。彼が予想していた通り、一階には大して強いモンスターなんて居なくて、どれもこれも一振りで消滅していく。
「さすがに一階だと手ごたえが無さそうですね。二階へ進みますか?」
「そうですね。大体雰囲気は分かったので、どんどん進んでいきましょう」
「了解です」
壱成にとってはおなじみのゴブリンは三階に出現した。
冒険者でいう所のEランクに相当するモンスターらしい。
(そりゃあ転生直後にぶち当たりゃあ、死ぬわな)
アバターで降り立った直後に瞬殺された事を思い返す壱成であった。
強化済みの身体から繰り出される一撃は、もちろんゴブリンを一刀のもとに葬った。
「ゴブリン相手に一撃ですか。Cランク相当という話は本当のようですね」
「あれ? ゴブリンってEランクと言ってなかったっけ」
「Eランク冒険者複数人パーティで倒せる敵という事ですよ。一撃なんて、よほど力量差が無いと出来ません」
「そっかぁ。ゴブリンって言えばオレが元居た世界だとザコモンスターだったんだけどなぁ」
三階を中ほどまで進んだ時、それまで寡黙だった男、ラシルドが突然言葉を発した。
「姉さん、グールが居る」
「そうみたいね。壱成殿、ヤツはアンデットなので私の魔法で焼き払いますね」
壱成の返事を聞く前に、ラシルドは既に走り出していた。
グールが薄気味悪い声を発しながらラシルドへと襲い掛かる。それを彼は上手く躱し、足首を剣で薙ぎ払う。まずは機動力を削ぐために。
片足を失ったグールはたちまちバランスを崩してもんどり打った。
そこへミルテイシアの発したファイヤボールが襲い掛かる。
唸るような音を立ててグールの体が炎に包まれた。
「すげえ……」
魔法を初めて見た壱成は純粋に感激していた。
「すげえよ、ミルテイシアさん。いいなぁ。オレも使いたいなあ」
「あはは。それほど驚かれたのは初めてですよ。確かにこの辺りでは魔術師は少ないかもしれませんね」
「確か、スキル習得の魔石を購入すれば魔法を使えるようになるんだっけ?」
「そうですねぇ。金貨数枚くらいはしますけど……」
金貨数枚というのは結構大金である。
壱成がウカルル村の冒険者向け酒場で食事をした際、大銅貨五枚程度だった。
(晩メシの費用から換算するに、金貨一枚はおよそ十万円くらいだなぁ)
当面、手が出なさそうな費用だった。
「高いっす……。手がでないっす」
「運が良ければモンスターからもドロップしますけど」
「マジっすか?」
「一年くらい狩り続ければ一個くらいでますよ」
「ううう」
ところがその後、二体目のグールが出現した時の事である。
二体目という事もあり気持ちに余裕のあった壱成は、ミルテイシアが魔法を放つ瞬間を何気なく見ていた。
彼女の手から靄のようなものが出現する。
(なんだ? あれ)
やがてそれは筒のような形となり、まるで砲台になったかのように筒の中から火の球が飛び出した。
(おおお! あれは粒子じゃねえか!!)
余りにも密度が少なかったために最初、壱成もそれが粒子だとは気が付かなかった。
TS系の何処にでもある粒子で筒が形成されていた事は確認が出来たため、壱成にも真似が出来るかもしれない。
(他にRbl系の粒子も少しあったような……もう一度、ちゃんと見てみないと分かんないや)
新たな発見に壱成の胸は期待に膨らむ。
「次はゴブリンだ。どうする? 姉さん」
「壱成どの、お譲りしようか?」
「……うーん。あ、そうだ。ミシェルとの連携も練習しておきたいんで、さっきみたいに後ろから魔法を撃ってもらえないでしょうか」
壱成は適当に理由を付けて、再度魔法の確認をするチャンスを作る。
その言葉を受けてミシェルが前に飛び出した。
彼女だけでもゴブリンを倒す事は可能ではあるが、連携のためと言う事でミルテイシアがファイヤボールを放つ。
(おおっ!! やった! バッチリ確認できたぞ)
目を皿のようにして観察していた壱成は、完全に彼女が放った粒子を把握する事が出来た。
(ええっと、確かこう……で、これで、こんな感じ?)
TS12やTS9等のTS系粒子で筒を作成し、Rbl系の粒子を混ぜ合わせてRaF3で着火するイメージだった。
どうやら正確に再現できたらしく、壱成の掌から飛び出した火の玉は、ミシェルを掠めて闇の中へと消えて行った。
「え?」
「は?」
「うぉっ! あぶねっ。ミシェルすまん」
あわやミシェルに当たって大変な事になりかけたので、壱成は慌てた。
しかしラシルドとミルテイシアは更に驚いている。
「壱成どの……あなた魔法が使えたのですか。ってさっきはあんなに驚いていたのに?」
国に仕える兵士でも、もちろん魔術を使える人間は居る。
NPC兵の中にも魔術師がいるくらいだから決して珍しくはないのだが、今までの壱成の言動と状況が一致していなかった。
「う……ん、そうみたい」
「……」
四人の中に不思議な空気が流れた。