第3話 実験
ガルシア中尉は、ウカルル村に何故そんなに大量の兵がいるのだ?と大変驚いた。事前に偵察していた情報とまるで違う事に激しく動揺したのだ。
反対に壱成は嬉しさのあまり狂喜した。
NPCのランクを上げるための実践。それが早々に実現し、且つ、大量の敵がいるのだから。
ウカルル村からの大軍を前に、壱成の所属する第三小隊のNPC兵も次々と傷を負い戦闘不能に陥って行く。それはミシェルも同様であった。
しかし、ミシェルが傷つき活動に支障をきたすと、壱成が即座に粒子操作で修復した。そしてまた戦場へと送り出す。この繰り返しだ。
生身の人間なら身体はともかく精神的におかしくなってしまう事だろう。
しかしさすがのNPCである。
軍からの指令を受け、それを遂行するために生成された特殊な人間。その精神は壱成が想像していたよりも遥かに洗練されていた。
おそらく特攻を命ぜらても全く躊躇せず実行に移す事だろう。
それほどまでに命令に対して忠実に動く人間、それがこの世界のNPCという事だと壱成は理解した。
「勝った……だと?」
数倍もの兵力差だったために半分は負けを覚悟していた中尉のガルシアは、壊滅して撤退するウカルル軍を見て不思議な気持ちになっていた。
「中尉、お怪我はありませんか?」
「ダダ曹長よ、貴様ンところの小隊は化け物揃いなのか?」
この快挙が第三小隊の功績によるものは誰の目から見ても明らかだった。
「いえ中尉、化け物揃いではなく若干二名が異常なだけであります」
第三小隊の小隊長であるダダ曹長も、少し口をひきつらせながら答えた。
彼らの戦いを一番近くで見ていた人間なのだから、無理もない。
「もしかすると、どこか大貴族の子息なのかもしれん。ハイレベルポーションを大量に保持しているとしか考えられんからな」
「自分も同じ思いです。ただ、彼らがポーションを使った仕草が無いところがまた不思議なところでありますが……」
「わかった。明日で良いから壱成を俺ンところへよこせ」
「はっ」
ウカルルの兵士が壊滅状態になった事は確認できたので、当面は戦争は起こらないだろうとガルシアは少し安心していた。
とはいうものの、事前に掴んでいたよりも遥かに多い兵士が攻め込んで来たという事実もあり、油断は禁物であった。
「第三小隊、壱成であります」
「入れ」
「はっ」
壱成は、また今度は何を言われるのだろうかとドキドキしていたので挙動が少しおかしかった。それを理解した中尉は「そう固くなるな」と壱成の緊張を解きつつ本題に入る。
「貴様が連れていたNPC兵、ミシェルと言ったか。彼女のランクが一気に上がったな。EランクのNPC兵なんぞ俺も見るのは久し振りだぞ」
「本当ですか? いやぁ良かった! 実はどうやってランクを確認したらよいか分からなくてダダ曹長に相談しようと思っていたんですよ」
「ランクはランク鑑定のスキルか専用の魔道具が必要だ。コレだな」
そう言ってガルシアは左手の指を壱成に見せた。
中指には銀色の指輪が付けられている。壱成はそれが鑑定の魔道具だと理解した。
「それってオレが手に入れる事は可能なのでしょうか?」
「安くは無い魔道具だから簡単ではないが、そのうち手に入るのではないかな。いや、そんな話しをしたかった訳じゃないんだ」
ガルシアは、壱成の身の上を詳しく聞きたかったのだ。
本当に大貴族に関わる人間なのであれば把握しておく必要があるからだ。
もちろん貴族関係の人間がこんな辺境の地に、それもNPC兵にまざって一介の兵士をやっているという事ならそれなりの理由があるのだろうという事は想像に難しくない。
例えば犯罪を犯して追放された、とか。
はたまた跡目争いに巻き込まれて逃げて来た、とか。理由はいくらでもある。世の中には沢山、居るだろう。壱成もその一人だとガルシアは考えたのだ。
「オレの身上は前に話した通りですよ。嘘じゃありません」
「なら、何故瀕死の重傷が瞬時に回復するのだ? ハイレベルポーションを使っているのだろう?」
「これは粒子操作というものです。人体の中身を直接操作して、破壊された部分を修復しているのです」
「聞いた事のないスキルだな、それは」
ガルシアがぽつりと漏らした言葉で壱成の頭にひらめきが走った。
先ほど、ランクを鑑定するスキルがあると彼が言った。
なら、粒子操作のようなスキルがあっても不思議では無い。現に、粒子操作と聞いてガルシアはスキルという言葉を使った。
という流れから、壱成はこの先も粒子操作の事をスキルと言い張る事にしたのだ。
「確かに親父からもそう言われました。ウチの家系は代々変わったスキルを保持するとかいう話しを聞いたような記憶があります」
「なるほどな。初代ヴァレアス国の王も特殊なスキル持ちだったと聞く」
壱成としては単にハッタリをかましただけだったのだが、これは実に上手く行った。この世界は稀に特殊なスキル持ちが生まれるような世界だったのだから。
もし、スキルは何かの魔道具を使わないと身に付かない世界とかであればヤバい所であっただろう。
まあその時はその時で、勝手にスキルが付く家系と言ってごまかそうと壱成は考えていたのだが。
「オレの父親も変わったスキル持ちでした。手から稲妻を出すスキルを持っておりましたので」
「稲妻だと?」
「はい、まるで嵐の日に空から落ちる稲妻のようなものを、自由自在に操るのです。驚きました」
「貴様、それは普通に魔術師が使うスキルじゃねえかよ」
「え……?」
調子に乗った壱成は、今度は墓穴を掘った。
この世界では普通に稲妻を出すスキルが存在しているのである。
「とにかく状況は分かった。どこかの貴族と関わりがある訳ではないのなら問題は無いだろう。これからも頼むぞ」
「は、はい!」
◆
ウカルル村からの侵略を見事に防いだガルシアの軍は、アルル村とテルル村の一層の防御態勢を確立し、今後の侵略に備えた。
一方ウカルル村のウカルール村長は大打撃を受けたにも関わらず、性懲りもなく再度の戦力増強を図っていた。
「ストンジャガス中尉よ。また一人、ホムンクルスを使える冒険者を雇い入れたというのは本当か?」
「はっ。仰せの通りでございます。優秀な冒険者ゆえ、減ってしまった兵も短期間で元通りにすることが出来ましょう」
「うむうむ、そなたは優秀だの。先日の戦では敵の奇策により大打撃を受けてしまったが、責めはせん。むしろ、行動する事無く御託を並べるだけの人間より遥かに良い」
そう言ってウカルールはサラナ=メタモリゼ中尉を見やる。
まるでお前の事だと言わんばかりに。
「ウカルール村長、お言葉ではございますがアレは敵の奇策ではございません。再戦するにしても慎重を期すべきですぞ」
「はぁぁ……また始まりおったか。くどいぞ。確かに倒したはずの兵が蘇ったのは事実であるが、奴らはゾンビ兵を紛れ込ませておったのじゃ」
ストンジャガスからの報告を聞いた村長は、敵はゾンビ兵を紛れ込ませてこちらの兵士達を混乱させたと考えていた。
その対策として本来ならば聖属性魔法を使える兵士を準備するのがセオリーなのであるが、こんな辺境の地ではそもそも魔術師を配備することすら困難である。
かろうじて、火属性魔法を行使する冒険者を雇い入れる事が出来たため、再戦へと踏み切る事にしたのだ。時間が掛かるものの火を以て体自体を焼き尽くしてしまえば復活が出来ないからである。
「しかし雇い入れた冒険者はCランクですぞ。ベロクライナ=ナガタスカル協定により、各国へ報告後一カ月の猶予がないと戦場へ投入できませんが……」
「ええいっ! うるさいわ! こんな田舎町の争いが細かくチェックされる訳はなかろう。いちいち文句を言うでない」
サラナは盛大に溜息を吐いた。
冒険者は戦力として強大なゆえにCランク以上の人間を兵士として使役するには各国への通達が必要なのである。これを無視すれば、下手すると中立国からも敵対されて四面楚歌になる恐れがあるのだ。
「そもそも、報告にあった者がゾンビ兵かどうか確認すら取れていないというのに……」
サラナのほうも、つい愚痴を吐くような言葉を発してしまう。
それは先ほどの溜息と合わさり、村長の機嫌を最大限に損ねてしまった。
「ふっ。はっはっは、そうか。類は友を呼ぶというが、まさにその通りであるな。ゾンビ兵を引き寄せたのは貴様だったのか。ストンジャガス中尉よ、ゾンビ兵はゾンビらしく、醜くただれた顔をしておったのだろう? こ奴のように」
「か、顔までは報告にあがっておりませんが……」
「そうに違いないぞ! はっはっは、こりゃ愉快である」
一度暴言を吐いてしまった村長にとって、もう遠慮する気は無かったようだ。
彼女の容姿の事を、まるでナイフでえぐるかのように責め立てた。
サラナが二十年間仕えて来たヌ・ムベス国を見限る気になったのは、まさにこの瞬間だった。
元々はヌ・ムベス国のなかでも別の村に所属していた。
戦いに敗れ続け、時には心無い言葉に心を痛めて村を転々とするなかで今はウカルル村に流れ着いていた。
そして、この二十年間で学んだ事があった。
この広い世界、隅から隅まで回れば自分を受け入れてくれる場所がきっと何処かに存在するはずだと考えていた。
そんな世界はどこにも無いという事に気が付いた時は既に遅かった。
もう自分は五十歳なのである。
ヌ・ムベス国に存在する村はあらかた回った。次は他国に行くしか無い。だが他国に寝返った所で碌に功績のない人間なら一兵卒からの再スタートだ。年齢から考えてもありえないだろう。
(潮時か……)
どちらにしても、既にウカルル村に自分の居場所は無かった。
なら、最後の相手となったヴァレアス国に引導を渡してもらうのが良いかもしれない。
サラナは身支度を始めると、村長たちに気が付かれない様に村を抜け出した。
相手はヴァレアス国に所属するテルル村。
お世辞にも大国とは言えないが、ヌ・ムベス国とは比べ物にならない程にしっかりとした国だ。最後を飾るにふさわしい相手ではないか。
サラナにとって最初で最後の大一番であった。
◆
テルル村の南東に位置する草原では、壱成とミシェルが大熊相手に剣を振るっていた。ミシェルをランクアップさせる為である。
訓練や対人戦だけではなく、モンスター相手でもランクアップ出来ると聞いて早速狩りに出て来ていたのだ。
「よしっ。一旦休憩だ。お昼にしよう」
「了解した」
そこでサラナ=メタモリゼと鉢合わせになった。
当初、サラナは壱成達の事を唯の冒険者だと思って素通りするつもりであった。
しかし近くまで移動した時に壱成が装着している略式鎧を見て気が付いた。
彼らはテルル村に駐在している兵士だ、と。
(何故、二人だけなのだろうか?)
疑問に思いつつも、テルル村へ攻め込む前の前哨戦として丁度良いと考え、彼らに宣戦布告した。
「ヴァレアス国の兵たちよ! 我は新興国であるサラナの兵である。これよりヴァレアス国へと侵攻する事を宣言する!!」
一応、形だけのものではあるがヌ・ムベス国からの戦争では無い事を宣言する。
勝手に自分で国を興した事にしたのだ。
もちろん正式に認められるものでは無い。
「え?」
「は?」
突然の開戦宣言に壱成とミシェルは二人して呆けた。冗談かと思ったのだ。
NPCであるミシェルですら驚く程、前代未聞の事だったからである。
兵士が一人で攻め込んで来た、などにわかに信じる事ができない。
しかし、確かにウカルル兵の鎧を身に纏っている。ウカルル兵の鎧を来た兵士が宣戦布告と共に襲い掛かって来たのである。どうやら冗談ではなさそうだと二人は理解した。
「ちょっ! ちょっと待ってよ! 一体なんなんだよ、あんたは。いきなり戦争だなんて訳わかんないよ」
「うるさい! 神妙に勝負しなされ」
「うぉっ! うはっ!」
壱成は驚いた。
敵は一見、お婆さんのように高齢の女性であるにも関わらず、腕が立つのだ。ゴブリンの比ではない。
この世界に降り立ち、粒子操作で体を強化した後は敵無しであった。
先の戦いで相手にしたNPC兵などは、雑魚も良いところだった。
だが今、見た目は老婆かとも思われる女兵士は強敵だった。
ミシェルが居たからこそ優位に戦えているが一人なら負けていたかもしれない。
「……っと、おヌシら只者ではないな?」
驚いたのは壱成だけでなく、サラナも同様であった。
ふらっと出会った兵士が、まさかこれほど強者だとは夢にも思わなかったのである。
「な、なぜじゃあ? 何故効かぬ」
容姿が特殊な分、人一倍活躍しなければ上に上がれないと考えたサラナは、必死に体を鍛えた。そして、この年になってなお、Cランク冒険者並みの実力を誇っている。
それが、どうしたことか全く優位に立つ事が出来ない。二人対一人というハンデがあるにせよ。
「とりあえず大人しくしてもらうね。ごめんねおばあちゃん」
壱成が力を込めてボディに一撃を入れる。
鎧に守られているため直接のダメージは少なかったものの、その衝撃によりサラナの意識が一瞬飛ぶ。そして更なる追撃を何度も受け、彼女はついにダウンした。
◆
サラナが目覚めると、縄で縛られている状態だった。
「くっ! 殺せっ!!」
もとより生き延びるつもりは毛頭なかった。
テルル村へ単騎で乗り込み、最後の血の一滴が流れるまで、戦い続けるつもりであったのだ。
まさか村に乗り込む前に負けてしまうとは想定外であったが、それが自分の人生。生まれつき運が無い人間は死の瞬間まで浮かばれる事なんて無いのだと悟った。
更なる悲劇が彼女を襲う。
なんとサラナは殺される事無く村の中へと運ばれていったのだ。
「頼む! 殺してくだされっ! 捕虜なんて嫌じゃぁ!!」
この上更なる生き恥を晒せというのか。
彼女はもう、どうやって自ら命を断てばよいのかを考え始めていたのだ。
一方壱成は、意気揚々と中尉のガルシアに報告を行い、彼女を貰えないかと打診した。
実験してみたかった事があったのだ。