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異世界アバター冒険記  作者: 青ひつじ
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第2話 初陣


「驚くのはこっちだぜ。こんな事すら知らないとはな。まぁ貴様の事は信じても良かろう」


 数時間にわたる拘束の末、壱成は漸く開放された。


「で、貴様はこれからどうするのだ? 山奥から出て来たと言う事は、住む場所もなかろう」

「そんな事まで心配してくれるなんて。もしかして宿の手当てでもしてくれるとか?」

「ふざけるな。貴様が怪しい事には変わりない。念のため動向は掴んで置く必要があるのだ。居場所は知らせておいてもらう必要があるが世話はせん」


 しばらく考えた後、壱成はミシェルを頼りたいと持ちかけて見た。


「ふっ。NPC兵相手に恋心でも芽生えたのか。まあ止めはせんが、こちらもタダ飯はやれんから食いぶちは自分で何とかするんだな」

「えええっ。そんなぁ」

「ミシェルにも食料は一人分しか配給しておらぬ。彼女の分を横取りなんてするなよ。NPC兵といえど人間と何ら変わりはせん。食しなければ飢えるのだ」


 特別な便宜を図ってくれそうもなかったので、壱成は妥協案としてNPC兵に加わる事を条件に配給の約束を取り付けた。一兵卒として戦争に参加するなら食事が与えられるという言葉を信じて。


「よっ、ミシェル。此処が兵の宿舎かぁ。なんで男女混合なんだ?」

「壱成。この第三小隊に加わるって本当?」

「ああ本当だ。よろしくな」


 現在はテルル村との戦争中だ。

 僅か二日後にはテルルの町に向けて出兵する事になった。


「お前が人間のクセにNPC兵に加わったという壱成か」

「はい。よろしくです」

「俺は新しくここの隊長を任された曹長のダダである」


 前回の戦争で第三小隊は全滅した。小隊長も含めて全滅したため、新しい隊長が就任したのだ。兵士はもちろん全員NPC兵であるが、隊長は生身の人間だった。


 前回は痛み分けとなってしまったため、今度はこちらから仕掛けるらしい。


「行くぞ! 目的地はテルルの町だ」

「はいっ!」


 第三小隊を含む、約二百五十名の中隊がテルルの町に向けて進軍を開始した。


「ミシェル。今から行く町って二日前に戦った相手だよね」

「そうよ。前回は不意を突かれてかなりの被害が出たのよ」

「オレも見ていたから少しは分かってるよ。あんなに沢山の人が死んだのに、まだこうやって攻め込む余裕があるの?」


 壱成の言葉を小隊長が拾う。


「被害が出たのは相手も同じだ。だからこそ、今がチャンスなんだ。敵が態勢を整える前に攻める。ちなみに第三小隊は今回、先陣を切る役目をいただいておる。臆するんじゃねぇぞ」


 壱成は知っている。


 ホムンクルスのスキルで兵は造れるが、造りたての兵は弱いと聞いた。少なくとも一カ月は訓練に費やさなければまともな戦力にならないと。

 第三小隊は前回の戦いで全滅したので、今居る兵士は全て造りたてである。訓練したのもせいぜい一日だ。


 これで先陣を切るなんて無謀なのではないかとの言葉をぐっと堪える壱成であった。


 テルルの町に着くと休む間もなく一気に突撃命令が下る。

 相手に態勢を整える時間を与えるなという指令であった。


「うおおおおおお!!」


 仲間たちの掛け声に乗って壱成も敵兵へと雪崩れ込む。

 若干の心配はあったが、思ったとおり今はアバターの身体であるために敵兵を切り捨てる事について何のためらいも出なかった。


 相手も生身の人間ではなく、ほとんどNPC兵と分かった事も大きいだろう。

 稀に人間もいるかもしれないが。

 ゲームキャラを倒している感じだ。


 この二日間ミシェルと会話したが、確かに人間と何ら変わりがないとはいえ何処となくNPC臭さがぬぐいきれない事も事実であった。


「壱成、素人と聞いていたがやるじゃねぇか」


 総大将として出陣していたガルシアも、遠くから壱成の闘う姿を見て笑みをこぼす。

 これは掘り出し物だったかもしれない、と。


 だが同時に注意も必要だ。

 NPCは絶対に裏切らないが、生身の人間は裏切る事がある。ガルシアはあらためて肝に命じたのだった。


「ぐっ!」

「大丈夫か、ミシェル。一旦退けっ」


 怪我した彼女を気遣って壱成が声を掛ける。


「ダメよ、このくらいで退けないわ――ぎゃっ!!」

「ミシェル! コイツッ! くらええっ!! ぐふっ」


 窮地に陥ったミシェルを助けようとして無理に割り込んだ壱成の腹を、敵兵の槍が貫く。

 高価な鎧なんて身に纏ってないので、簡単に貫かれてしまうのだ。


 しかし壱成は更に前進する。

 NPCと言えど、基本は人間と変わらない。だから腹を貫かれた人間が怯む事なくそのまま突き進むなど想定外だったため、敵兵は驚いて固まってしまったのだ。


 その隙を見逃さず踏み込んで振り払った壱成の剣が、敵兵の首を()ねる。


「やるな、壱成。だがこんな奴と相打ちなんて勿体ねぇ」


 闘いを見ていた小隊長が惜しそうに壱成へ声を掛けた。

 腹のど真ん中を貫かれたから、おそらくもう助からない。せっかく自分の隊に有能な人間が入ったというのに、この戦限りで終わってしまうのだ。なんとも勿体ない事だと小隊長のダダは思った。


「大丈夫ですよ、オレはこのくらいで死にませんから」

「よくぞ言った。皆っ! 奮い立てぇぇっ!」


 NPC兵に向かって叫んだところで効果はあまりない。だが全くのゼロでもなかったようでガルシア率いる中隊は勝利を収める事に成功した。


 敵味方合わせて五百人程度の規模では、一人の飛び抜けた逸材が戦局を大きく動かす事も大いにある。


 今回は壱成の戦果が大きかったようだ。

 腹を槍で貫かれたまま鬼の様に向かってくる壱成の姿に、NPCといえど戸惑いを隠せなかった。


 粒子改造によって大幅に強化された肉体は、立ちはばかる敵を一刀のもとに切り捨てた。

 敵の剣で切り付けられて自らの鮮血が(ほとばし)っても気にせず突進した。


 その姿に敵軍は大混乱となり、ガルシア率いる中隊は敵兵二百五十名をあっという間に飲み込んだのであった。


          ◆


「いやあ壱成。貴様、一体何者なんだ。まさか、あれほどまでとは思わなかったぞ」

「幼少より山奥で修行に明け暮れてましたゆえ……」


「そもそもあれだけのケガで何故助かるのだ。いや、待て。なんで既にケガが治っているのだ。相当ハイレベルな治療薬でも使わんと直ぐには治らないだろ」

「山奥では大変強力なモンスターも出現し、頻繁に重症を負っていましたゆえ……」


 ちょっとやり過ぎた感があった壱成は、いくぶんしおらしくなっていた。

 まるで化け物扱いである。


 対照的にガルシア中尉の表情は明るかった。

 戦場で拾った兵が掘り出し物だったのだから当然であろう。


「まぁ良い。戦争は結果が全てだ。無事にテルル村を奪取したとは言え油断は出来ん。東にはウカルルの村が控えておる事だしな。またいつ出撃命令が下るかわからん。少しでも体を休めておけ」

「はっ」


 テルル村はアルル村より規模は小さかったが、功労者である壱成には特別に個室が与えられた。もちろん、次の戦も存分に活躍しろとの意味合いが含まれている事は想像に難しくない。


「で、キミは何故この部屋へ?」


 驚いた事に特別対応は個室(・・)だけでは無かった。

 ポカンと佇む壱成の前にはミシェルが立っている。


「中尉からの命令だ。滞在中はこの部屋で過ごし、壱成の指示には全て従うように、と」


 ミシェルは何でもないかのように言う。


「うむむむむ……なんという事だ。食料だけならまだしも、女の子まで与えられるとは。っていうか、キミ。意味分かって此処に居るの?」

「分かっている。逆に壱成が分かってないようだったら教えてやれ、と中尉から命令された」


 この世界では良くある事なのだ、とミシェルは説明する。

 とはいえNPC兵を相手に男女の行為を行う事に対し、『良し』としない人間が居る事もまた事実なのである。理由は道徳的な事であったり、プライドであったり、人それぞれだ。


「そうか……オレが世間知らずな事を知ってるからな。ご丁寧に説明までミシェル自身に任せるって、すごい世界だな此処は」


 結局その夜、壱成は彼女を抱かなかった。

 NPCだから嫌だとか、逆に彼女の人権を尊重して我慢する、などと崇高な考えがあった訳ではない。


 ミシェルは言わば、ゲームで言うところのお気に入りキャラクターなのである。


 今は一介の兵士かもしれないが、頑張って育ててみようという身も蓋も無い理由だったのだ。


          ◆


 テルル村より東にはウカルルの村がある。

 ウカルルの村長であるウカルールは怒っていた。


「一体、何時になったらテルルを攻めるのだ!」


 それに対し、ウカルル村に所属するサラナ=メタモリゼ中尉が毅然と答える。


「ウカルール村長、テルルの村は争いに敗れ、今や、ヴァレアス国の属領となっております」

「そんな事は分かっておるわ! その属領となったテルルを攻めろと言っておる」

「しかし当然の事ながら、アルルの村から派遣された兵が配備されておりますぞ」


 それも分かっておる、とウカルールは更に声を荒げた。


 そもそも、アルル村とテルル村を争うように仕向けたのはウカルールなのである。

 見事、策略は成功して二つの村は戦争となった。


 お互い、兵が消耗し切った所をねらってどちらの村も手に入れてしまおう、という算段だったのだ。


「村長、敵は思ったより疲弊しておりません。依然として二百以上の兵がテルルに駐在しております」

「ばかな! 奴らは立て続けに全力でぶつかり合ったではないか」

「はい。しかし、どういう訳かアルル村の奴らが圧勝したのであります。ですからアルル村の兵はせいぜい半分程度までしか消耗していないのです」

「うぬぬぬぬ……」


 ウカルル村の兵は現在四百ほど。

 数で押せば勝てる見込みは十分にある。だが、消耗も激しいだろう。


 確かにサラナ中尉の言う通り、攻めるには未だ早いかもしれないとウカルールは思いとどまった。


「くそっ」


 思いとどまったは良いものの、気持ちは収まらない。

 もうあと一息という所まで来ていたのだから。


 ウカルールはいまいましい気持ちでサラナ=メタモリゼ中尉を睨みつける。

 彼女は既に五十歳を超えているはずだ。ウカルールよりも年上である。


 しかし未だに中尉止まりなのは、その容姿にあった。


 彼女は生まれつき特殊な容姿であった。全身の皮膚はただれており大小様々なイボも出来ている。顔にある各パーツもかなり歪んだ形をしていた。成長と共に良くなるどころか酷くなった。心無い人間は、彼女を見て化け物と叫ぶだろう。


 まさに今、ウカルールも「この化け物め」と叫びたい気分だった。

 完全な八つ当たりである。


 そんな中、最近新たに配属されたストンジャガス中尉が横から口を出して来た。


「ウカルール村長! もし宜しければ私が懇意にしている冒険者を使ってくださらんか? 実は以前より魔石集めを命じておりましてな、昨日、運よく黄魔石を入手したのですじゃ」


 黄魔石はレア魔石の一種で、ホムンクルスのスキルを使う際に媒体として組み込めば、数倍ものスピードで兵を造りだす事が出来る。


「なんじゃと?」

「今からでも生産すれば、三日後にはおよそ三百体の生産が可能ですじゃ」


 一旦は踏みとどまろうとしたウカルールであったが、この言葉で再度やる気に火が着いた。というより、激しい炎となって燃え上がった。


「でかした! すぐ取り掛かるがよい! 出陣は四日後じゃ」

「なりませぬ、村長! せめて訓練してからの出陣にするべきです」

「サラナ=メタモリゼよ、そなたはどうして毎回、消極的な戦法ばかり取るのだ? 奴らがお互いに潰し合った今こそ我らが勝利するチャンスであるぞ」


 実際には潰し合うほどになっていないのだが、ウカルールは焦りの余り現実が見えなくなっていた。


「そもそも黄魔石など滅多に手に入るものではございません。せっかくですから、ここは魔石を売り払った収入で戦力を整えるのが良策かと」

「うぬぬぬぬ、もう良い。貴様には頼まんわ! ストンジャガス中尉よ、此度の戦はおヌシが指揮を取るのじゃ」

「はっ、有り難き幸せ」


 ――化け物は引っ込んでおれ。


 ついに村長は言ってはならない言葉を発してしまった。

 小声ではあったが残念ながら部屋に居た二人の中尉には十分に聞き取れる大きさであった。


 唖然とした表情を見せるサラナを、ウカルールは完全に無視する。


 しまった、という思い。

 一度言ってしまったからにはもう、どうでも良いという開き直る思い。


 どちらの思いも彼の頭の中でしっかりと存在を主張していた。


          ◆


「ダダ曹長、少しお話があります」

「なんだ、壱成」


 壱成は兵の育成について思う所があり、曹長に話を聞く事にした。


「NPC兵は訓練によってレベルアップすると以前お伺いしました」

「その通りだ。訓練だけでなく、実践を重ねてもレベルアップするぞ。いやむしろ、ランクE以上は実践でないと上がらん」


 壱成のお気に入りキャラであるミシェルは、現在Gランクらしい。

 下から二つ目のランクだそうだ。


 これは育て甲斐がある、と壱成は思った。

 彼女の体を粒子操作によって壱成と同じくらいまで強化する事は不可能ではないだろう。だが敢えてそれをせずにレベルアップさせる事に楽しみを見出していた。


(ふっふっふ。縛りプレイだぜぇ)


 何とも緩い縛りなのであるが、世界の狭間に魂を放り出されて彷徨う壱成にとって、数少ない楽しみがまた一つ増えた瞬間であった。


「うしっ。そうと決まれば戦争だ! 曹長! 次の(いくさ)はいつ始まりますかねっ?」

「……なんだか嬉しそうだな」


 四日後、壱成が待ち望んだ(いくさ)が始まった。ウカルル村の兵士が攻め込んで来たのである。



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