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異世界アバター冒険記  作者: 青ひつじ
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第1話 降臨


 無数に存在する平行世界(パラレルワールド)

 宇宙の広がりが無限であるように、世界の数もまた、無限である。無限の世界に住む人の数は、合計すると、これまた無限である。


 そりゃあ一人や二人くらい異世界転移しても不思議ではないだろう。


 しかし異世界転移する人間のうちの誰もが成功するとは限らない。


 銀河系や太陽系、地球や日本が存在する世界――仮にα(アルファ)世界と呼ぶ――に朽木壱成という男が居た。彼もまた、異世界転移に遭遇した人間である。


 だが彼は転移に失敗した。

 α(アルファ)世界から、隣の世界――こちらはβ(ベータ)世界と呼ぼう――への転移に失敗したのだ。その結果、魂だけが狭間の世界に取り残されてしまった。


 彼は最初、何が起こったのか全く分からなかった。

 当然の事であろう。

 ただ何となく、α(アルファ)世界とβ(ベータ)世界がぼんやりと見えるだけなのだ。魂だけの状態であるため、目で見ているのとは随分違う感覚ではあるが。


 転移してから数時間も魂の状態で彷徨えば、自分の状況が嫌でも分かって来る。

 翌日にはα(アルファ)世界が元々自分の居た世界だと言う事が分かった。


 そしてβ(ベータ)世界は何から何まで構造が全く異なる世界だと理解できるようになった。何故かβ(ベータ)世界の方がより鮮明に状況が見えている。


 という事は、α(アルファ)世界に戻る事はあきらめてβ(ベータ)世界へと移動する方が現実的ではないかと考え始めた。


 三日目になると、β(ベータ)世界にも大気があり大陸があり、動物も住んでいる事がわかった。しかも、ファンタジーな世界らしく魔物も居た。形は分からないが居るのだ。そこに間違いなく。


 壱成は魂だけの状態になってから、ほとほと困り果てていたのだが、この頃から退屈せずに過ごす事が出来るようになってきた。


 あれはきっと女の子だ、とか。

 あれは食料に違いない。これはもしや、恐竜のような大きなモンスターではないか、など。


 十日が過ぎる頃、β(ベータ)世界を形成している分子や原子のような、粒子まで分かるようになって来た。


 粒子の存在を把握すると、次第にβ(ベータ)世界が形成されている仕組みまでもが導き出されてくる。なんと二週間後には、僅かではあるがβ世界の粒子を動かす事が出来るようになったのだ。


 これは楽しい。

 調子に乗って色々と試していると、一カ月が過ぎた。その成果はあった。


 とうとう壱成は、β(ベータ)世界の中に生物を造りだす事に成功したのだ。

 一カ月も掛かったが。

 そして生物と言っても、ミジンコみたいな物だったが。たかがミジンコ、されどミジンコ。鉱物ではなく生物、無機物ではなく有機物である。原理的に言えば、人間も作る事が可能なはずだ。


 ここで壱成は大きな目標を二つ立てた。


 一つ。

 β(ベータ)世界に人間を造りだす。


 そしてもう一つ。

 造りだした人間に自分の魂を憑依させる。


 目標は大きければ大きいほど良いと言うが、これには結構苦労した。


 壱成が世界の狭間に放り出されてから、およそ二か月後。

 それだけ掛けてようやく、β(ベータ)世界に自らの足で立つ事が出来たのだ。


 正確にはアバターの足で、だが。

 自ら作り出した人間を、彼はアバターと呼んだ。


 残念な事に完全な憑依は出来なかった。何度試しても、魂を完全に肉体へと融合させる事が出来ないのだ。


 仕方が無いので、狭間の空間に存在する魂とアバターをリンクさせ、その上で意識をアバターへ移動するという方式を取った。これにより、ほぼ人間だった時と同じように自分の眼で景色を見て、手足で物質を感じる事が出来るようになった。


「あー、あー。うしっ。ちゃんと声もでるな」


 特に違和感は無い。

 アバターだから、どことなく操り人形を操作しているような感じになるのかと思っていたが、まるっきり転移前と変わらない。これなら魂と肉体を融合させる必要性は低いだろう。このままで十分である。


 降り立った地は、森の中であった。

 ひどく空腹である。これはサンプルにした人間が食事前だったから、という訳ではない。人体構造のみサンプリングして構築したから、である。まあしかし、そんな事は些細な事だ。幸いにも森の中であるため、食料には困らない。その辺りに生えている食用の植物を採取すれば良いだけである。


 食しても大丈夫なものかどうか、どのように判別するか?

 簡単だ。魂だけの状態の時と違い、アバターを介する事により、更に詳しく物質の性質を確認する事が出来るようになっていたのだから。


 まさに粒子レベルで確認できるのである。

 壱成は食しても問題ない植物を選び、腹を満たした。


 ……超くそ不味い点を除けば、ちゃんと栄養分もあるし問題ないだろう。残念ながら粒子の解析だけでは味の把握までは出来なかった。

 と、そこへモンスターが現れる。


 背の高さは壱成より少し低いくらいか。人型と言えば人型で、全身の皮膚は少し青色がかっていて気持ち悪い。あの爪で引っ掻かれたらいかにも痛そうだ、と彼は思った。


(ほほう。ゴブリンみたいだな。魂だった時は、こうもハッキリと形が見えなかったからなぁ……。もっと凶暴そうな外見かなと思っていたんだが。おわっと!!!)


 ゴブリンみたいなモンスターは突然飛びかかって来た。

 当然である。モンスターなのだから。のんびりと構えている場合では無い。


 果たして、壱成が造りだした体はどれだけ強いのか。

 狭間の世界からでは良く分からなかったのである。


 戦いは、一分くらいで終わった。

 惨敗だ。

 ボロ負けである。


 何の抵抗も出来ずに殺されてしまった。殺されたあげく、ざんざんに食い荒らされたのである。折角、一カ月も掛けて作ったこの体を。


(これはひどい……)


 死んでいるため、言葉は出なかった。

 だが魂とアバターとのリンクは完全に切断されていない。意識の制御は魂側に戻ってしまっているものの、アバターとの信号のやりとりは出来ている状態だ。


 もしや、と思って試してみたところ、上手く粒子を操って体の修復を開始する事ができた。


 狭間の世界にいる魂から、この世界の粒子を操って人間の体を作るのに、およそ一カ月掛かった。だが、死んでいるとはいえアバターを介する事により驚くほど素早く粒子の操作が出来た。


 僅か3日後、壱成のアバターは生命活動を再開するに至っていた。

 完全に修復が完了したところで、意識をアバターに戻す。


 壱成は、ふたたび異世界の地へと降り立った。


 そして性懲りもなく無警戒に歩き出す。

 しばらく森を彷徨ったところで、またゴブリンに遭遇してしまった。

 先日殺されたばかりだというのに。


 と、嘆くのは早計だ。

 実は、食い荒らされた時に付着したゴブリンの唾液からモンスターの粒子構造を研究し、アバターを強化しておいたのだ。これなら楽勝のはずである。


「うおおっ! あぶねぇ」


 だがしかし、残念ながら効果はそれなりでしかなかった。


「痛っ!!」


 耐久力は少し上がった気がする。


「早くくたばっちまぇっ!」

「ぬおおー」

「ふんぬっ」


 ……大苦戦だった。

 でも先日のように手も足も出ないまま殺されてしまう事もなく、何とか仕留める事が出来た。


(まだまだ研究が足りないな)


 ちょうど、目の前にゴブリンが横たわっているのだ。これを使わない手はない。


 壱成はゴブリンの体に手をあて、瞑想する。

 直接手に触れる事により、粒子構造を更に詳しく確認する事が出来るのだ。


 ゴブリンの粒子構造は、当然、人間とは大きく異なっていた。


 人間の体を構成する時に必要となるHu3という粒子がかなり少ない。なおHuというのは壱成が勝手に名付けた粒子名である。


 代わりにmHE8という粒子の割合が多く、特に体の表面はmHE8の類似体であるmHE2が大量に集結していた。


 これがポイントかもしれない。

 壱成は再度、意識を狭間の世界にある魂に戻し、アバターの改造に取り掛かった。


 改造するためには大量のmHE粒子が必要となる。しかしながら、幸いというか当然というか、アバターの体を介してゴブリンの肉体に触れている状態である。素材は使い放題といったところだ。


 三度(みたび)降り立った壱成の足取りは、力強かった。

 どうやら強靭な肉体を得る事に成功したようだ。すぐにでも、ゴブリンと再戦したいところである。


 もはや怖い物なしとばかりに大股でのしのしと森林を突き進む。


 壱成がしばらく森を歩くと、視界が開けて草原へと出た。

 草原では数百人の人が争っている。


(なんだ? 何かのイベントか?)


 一瞬スポーツでもやっているかのように見えたソレは、ガチの殺し合いであった。


 多くの人間が武器を手に取り、手あたり次第攻撃を仕掛けている。

 しばらく様子を伺っていると、壱成から見て左右の二大勢力が戦争を行っているらしいと把握出来た。


 戦況は互角である。

 生まれて初めて見る他人の死に、次々と死者が出るその光景に、壱成は戦慄を覚え……なかった。


 自分の身がアバターだからなのか、どこかこう、テレビドラマを見ているような感覚に陥っていた。だがしかし、これは間違いなく現実に起こっている出来事なのだ。


 壱成は巻き込まれないように距離を保ったまま行く末を見守る。

 (いくさ)は痛み分けに終わり、両軍が生き残りの兵を退いて終戦となった。


「すげえ……」


 相変わらず、彼にとっては映像の中の世界である。

 動ける人間が誰も居なくなった戦場を歩きながら、壱成は呑気につぶやいていた。


(まだ息のある人間も居るようだ。死んでさえいなければオレの粒子操作で助ける事が出来そうだけど、この数はさすがに無理だよなぁ……)


 現代医学でも治療不可能――

 見るからに手の施しようが無い状態であっても壱成の能力を使えば、おそらく治療可能なのだ。


 完全にゴブリンに破壊された体を粒子操作で修復出来たのだから。

 他人の体であっても原理は同じはずである。


 だがさすがに何十人も治療するのは現実的ではなかった。


(男女比率が五分五分って、すごい世界だな)


 基本は男子が兵士になるという知識しか壱成は持っていなかった。ファンタジーな世界なのだから多少は女も居るかもと思っていたが、この世界ではそれ所ではないらしい。


(ん! あの子、ちょっとオレの好みかも)


 ふと目に留まった女兵士。顔には傷がないものの胴体を始め、両手両足までことごとく重症を負っている。壱成はその兵士を粒子操作で修復する事にした。


 話しを聞くためだ。


 他人の体であるため思ったより手間取ったが、三時間程度で修復は完了した。


「あれ? 私どうしたんだろう」

「よかった目が覚めて」


 女兵士は突然現れた壱成の事を特に怪しむ様子もなく見つめている。

 そして暫くの間、助かった事を不思議に思うような素振りをしていた。

 

 しかし、何かを思い出したかのように立ち上がり、突然歩き出したのだ。

 村へ帰るらしい。


「待ってよ、村に帰るならオレも案内してくれないかな。いいでしょ?」

「あなた、所属軍はどこ?」

「ええっと。オレは別に軍の人間じゃないから……一般人ってやつかな」

「アルル村の人間だったら問題ないけど」


 此処アルル村と東にあるテルル村は戦争中だから、他人は村に入れないわよ、と女兵士は言った。


 彼女の名はミシェル。

 アルル村、第三小隊の兵士である。


 壱成が適当に上手く誤魔化して彼女と一緒にアルルの村へ入ると、ミシェルは直ぐに駐屯地へと向かった。


「失礼します。第三小隊ミシェル、ただいま戻りました」

「なんだって? 第三小隊の人間? 生きていたのか」

「帰還が遅れ申し訳ございません」

「いや良い。第三小隊は全滅したと報告を受けていたのでな。ん? 後ろの男は誰だ」

「はっ。瀕死の重傷だった自分を助けてくれた男であります」

「なんと……お前を助けただと? おい、貴様! 一体何者だ!」


 ミシェルの上官であるガルシア中尉が壱成を見て怪しむ。


「た、旅の人間です。彼女が死にそうになっていたので助けました」

「NPC兵を助けるなんて怪しい奴め。引っ捕らえろっ!」


 壱成が状況を掴めず茫然としている間に縄を掛けられて檻へと閉じ込められてしまった。


 檻のなかで激しい尋問が始まる。


「貴様は何者だ」

「なぜNPC兵なんかを助ける?」

「どうせテルル村の兵なのだろう。見え透いた策略を使いやがって、バカにしてるのか」


 等々……。


 だが何も分からない壱成にとって答える事の出来る質問は少なく、ますます怪しまれてしまった。


「ね、ねぇおじさん――」

「中尉のガルシアだ!」

「は、はい……ガルシアさん」

「なんだ。話す気になったのか」

「NPC兵って何のことでしょう? さっき、ミシェルがNPC兵だとか」


 壱成にとってNPCという言葉はゲーム用語として頭にインプットされていた。だからミシェルがNPC兵と聞いて疑問が頭を離れなかったのである。


「まさか山奥で生まれ育って一切常識が分からないというのは本当なのか? ……いや、騙されんぞ」


 壱成は自分が異世界の常識に疎い事を想定し、超が付くほどの田舎者であると説明していた。


(だがこの男、本当に嘘を付いているようにも見えないのだが)


 ガルシアは怪しみながらもNPC兵の説明をする。


 壱成にとっては到底信じられない事であったが、この世界では戦争のための兵士を魔石から造りだす事が出来るのだ。


 冒険者がモンスターから採取する魔石。

 これを触媒にホムンクルスのスキルを使い、人間を造りだす事が出来る。


「嘘だっ! ミシェルが作られた人間だなんて……」


 壱成は驚きを通り越して茫然としていた。



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